第20話 ゴブリンの大群と罠
俺達は今、一体のゴブリンを仕留めたところだ。
だがゴブリンは集団行動が得意な、狡猾で残忍な魔物だ。
俺はそう考え、新手の出現を待ち構える。
──が、目の前にあるT字路から、他のゴブリンたちが飛び出してくる気配がない。
「クロード、私が前に出ます!」
「いえ、レティシアさんは後ろを見張っていてください。ゴブリンたちは恐らく、罠のある地点まで俺たちをおびき寄せようとしています」
俺は慎重にT字路を確認する。
ゴブリン──いない。
罠──あり。
構造から察するに、恐らくは床面のスイッチを踏むと魔術が飛んでくるはずだ。
「二人はそこで待っていてください」
俺はエレーヌとレティシアさんに指示を出したあと、スイッチを踏む。
すると天井や壁から、雷の矢が大量に発射された。
エレーヌやレティシアさんは驚いたように言う。
「クロードくん! 大丈夫!?」
「なんてことを! 罠はきちんと確認するものでしょ──って……え!? 魔術が……消えてる……!」
俺は放たれた雷の矢を、すべて無効化している。
それを可能にしているのが、《回復術師》の魔術耐性だ。
この天職に対しては、ほとんどの黒魔術や妨害魔術は通用しない。
その上で魔術障壁も展開しているので、何十何百もの矢を受けても、俺は痛くもかゆくもない。
「──ギャハハッ!」
「──ガルル……」
突如、数十体ものゴブリンが現れた。
恐らく罠の発動を感知し、掃討作戦に打って出たのだろう。
俺はゴブリンを軽く挑発したあと、逃げるように後ろに下がる。
ゴブリンは案の定、俺を追ってきた。
だが──
「ギャアアアアアッ!」
「アアアアアアアッ!」
ゴブリンたちは天井や壁から発射された電撃を受け、すべてがあっけなく死に絶えた。
その光景を見て、レティシアさんが震え声で問う。
「わ、罠は先程発動したはず……! ど、どうして再び作動したのですか!?」
罠は基本的に、一度発動すればしばらくは動作が停止される。
また、一度発動してしまえば二度と使えなくなるものも存在する。
どうやらレティシアさんは、ダンジョンについてしっかりと勉強していたようだ。
そんな彼女に、俺の代わりにエレーヌが答えてくれた。
「クロードくんは罠をリサイクルしたんですよ」
「リサイクル……つまり、もう一度使えるように魔術をかけた……ということですね。でもそれは、国王直属の宮廷魔術師クラスの魔術ですよ……?」
「クロードくんは最強の冒険者になるために、とても努力をしていたんですよ」
エレーヌはレティシアさんにそう言うが、実際には違う。
俺は《剣聖》を父に持つと同時に、優秀な魔術師を母に持っている。
才能と努力──俺にあるのはその両方だ。
エレーヌの言葉を聞いたレティシアさんは、真剣な表情で問うてきた。
「クロード……それだけの能力があるのなら、ぜひ公爵家の騎士として仕えてください。ずっと私の傍にいてください。望みは何でも叶えて差し上げます」
「申し訳ありません──前にも言いましたが、俺は世界最強の冒険者になることだけを目標にしています。それは受けられません」
「分かりました……つまらないことを言ってしまい申し訳ありません。ですがそのひたむきな姿勢、余計に欲しくなっちゃいますね……うふふ」
レティシアさんはなぜか、うっとりとした目で俺を見ていた。
俺の実力を認め、期待をしてくれているということなのだろう。
一方のエレーヌは「あ、あれ? レティシアさま、なんか今すごいこと言わなかった? でもクロードくんは平気な顔してるし、わたしの気のせいかな?」と困惑していた。
俺は気を取り直し、エレーヌとレティシアさんに呼びかける
「さあ、もうそろそろ地上に戻りましょう」
「うん、そうだね。少しずつ攻略しなきゃ」
「やはりダンジョンでは、時間をかけてでも慎重に動くべきなのですね……分かりました」
俺たちは踵を返し、出口へ向かう。
『──まずい、隠れるぞっ……』
『──はいっ……』
「ん?」
突如として、二人の男女が物陰に隠れる様子が見えた。
薄暗くてよく見えないので確証はないが、男が持っていた剣は《勇者》ガブリエルの聖剣に酷似していた。
もっともその剣は本来の聖剣とは違い、光り輝いてはいなかったのだが。
恐らくはレプリカかもしれない。
女の方は白っぽい服装をしており、《聖女》ジャンヌを連想させる。
だが、《聖女》や《回復術師》といった白魔術を扱う魔術師は、たいてい白っぽい服装をしている。
別人の可能性は否定できない。
レティシアさんは考え込む俺に問うてきた。
「どうしたのですか?」
「あの物陰に誰かが隠れ潜んでいます。ですがこちらから手を出して、いたずらに殺し合う必要はありません。彼らの所在はもう分かっているのですから」
俺は奇襲を警戒するべく、その物陰をチラチラと伺いながら歩く。
そして物陰を通り過ぎたあとも、ずっと後ろを警戒し続けた。




