第13話 支援魔術と剣術
街から少し離れた平原。
俺・エレーヌ・レティシアさんの三人は、魔物を求めて歩きまわっている。
今回のノルマは「ライオンの魔物を5体以上討伐する」ことだ。
これはBランク相当の依頼であり、俺とエレーヌだけでも比較的安全に攻略することは可能だ。
だが今回は、三人での連携の確認も兼ねてライオンを狩るつもりである。
いきなりダンジョンに潜ったりSランクの依頼を受けたりするのではなく、慎重を期すべきだ。
「──グルル……」
「ライオンが来ました! 気をつけてください!」
「はい!」
目の前には、立派なたてがみをしているライオンの魔物。
先導してくれていたレティシアさんは前衛として、俺たちに注意を促しつつ抜剣する。
俺は中衛として、抜剣しつつ様子を伺う。
レティシアさんかエレーヌに何かあったとき、すぐに対応できるように。
「《光よ!》」
その上でレティシアさんに自動回復魔術をかける。
これで、彼女が万が一傷を負っても致命傷は避けられる。
一方のエレーヌは腰を低くし、いつでも走って逃げられるように構えた。
彼女の武器は黒魔術であり、得意とする間合いは中・遠距離である。
「さあ、こっちです!」
「ガルルッ!」
レティシアさんが叫んだ途端、ライオンがいきり立って突進してきた。
オスのライオンは体重が150キロ以上とされている。
瞬間最高速度80キロで飛びかかられれば、ひとたまりもないはずだ。
だが──
「はあっ!」
ライオンの突進を意に介することなく、レティシアさんは両手剣で受け止めた。
彼女の天職は《聖騎士》、武術に優れる上に仲間を守ることに特化した戦闘職だ。
さらに、敵意を自分に引きつけることが得意な天職でもある。
レティシアさんは剣でライオンをいなす。
ライオンは武器を持たないエレーヌに向けて、突進してきた。
だが──
「グアアアアアアアッ!」
エレーヌが発射した雷の矢が、ライオンの頭蓋に命中する。
ライオンは一瞬だけビクッと動いたあと、地面に突っ伏した。
俺は念のため、ライオンの死体に何度も剣を突き立てる。
その後、ダガーを使ってたてがみを綺麗に切除した。
これは冒険者ギルドにて、戦果となる素材だ。
「これでまずは一体目ですね」
レティシアさんが俺とエレーヌの近くに戻ってきた。
天職由来の打たれ強さと、そして俺の自動回復魔術により、痛がる素振りをまったく見せていない。
「クロード、あなたの魔術は素晴らしいですね。少しくらいは痛みを覚悟していましたが、立ちどころに治っていくので驚きました。ありがとうございます」
「いえ。レティシアさんはこのパーティで唯一の前衛職、がんばってもらえるように応援しただけのことです」
「それでもです。ありがとうございます……ふふ」
レティシアさんはとても気持ちのいい笑顔で感謝してくれる。
俺はそれを受けて、とてもうれしく思った。
かつて俺が勇者パーティにいた頃、唯一の前衛職である《勇者》ガブリエルに、今日と同じように魔術をかけていた。
しかし彼はあまり感謝の気持ちを示してくれなかった。
あの回復魔術のおかげで、致命傷を避けられたというのに……
まあ、昔の話は忘れるべきだ。
今はエレーヌとレティシアさん、そして俺の三人でがんばると決めたんだ。
一方で、エレーヌはとても心配そうな表情をしていた。
「レ、レティシアさま……その、ほんとに痛くないんですか……?」
「心配しなくても大丈夫です。敵の攻撃を受け流すのも、《聖騎士》の特技ですから」
「で、でもっ……」
「えっと、困りましたね……──あっ、それでは回復魔術をかけてください。本当に少しでいいので」
「はいっ! 《光よ!》」
レティシアさんは恐らく、怪我を心配するエレーヌに気遣って、あえて回復魔術を使うように頼んだのだろう。
レティシアさんに回復魔術をかけたエレーヌは、とても満足気にしていた。
「ありがとうございます。疲れが取れました」
「い、いえ! こちらこそ、前に出て戦ってくださりありがとうございます……」
レティシアさんとエレーヌは、互いに感謝し合う。
もしかしたら彼女たちは、案外早めに距離を縮めることになるかもしれない。
「──グルル……」
「──ガルル……」
「これは数が多いですね……」
突如、前方に5体のライオンが現れた。
いかに《聖騎士》たるレティシアさんでも、一人でさばききれる数ではない。
ここは俺・エレーヌ・レティシアさんの三人による連携が重要だ。
こんなに早く実力を試す機会が来るとは思わなかったが、よしとしよう。
先程と同じように、レティシアさんは前衛、俺は中衛、エレーヌは後衛を務める。
まずはレティシアさんが身振り手振りで挑発し、ライオンに突撃させる。
「ガルウウウウウッ!」
「《雷よ!》」
エレーヌは後方から、雷の矢を2本生成して射出する。
彼女の攻撃により、2体のライオンが黒焦げとなった。
残るは3体。
まずそのうちの1体がレティシアさんに襲いかかる。
だが彼女は後ずさりしつつも、剣でしっかりと受け止める。
「《光よ、彼の者を癒し続けよ!》」
《回復術師》である俺はレティシアさんに、またしても自動回復魔術をかける。
しかも今回は詠唱を省略しなかったので、かなりの効果が期待できる。
レティシアさんはまず、1体のライオンを大剣で叩き潰す。
2体目のライオンが突進してくるが、なんとかこれを受け止めた。
しかし──
「きゃっ!?」
3体目のライオンが勢いよくジャンプし、レティシアさんの顔面にへばりついた。
彼女はバランスを崩し、後ろに倒れてしまう。
前衛の数に対し、魔物の数と強さが釣り合っていなかったのか。
俺はレティシアさんを助けるべく、わざと音を立てながら彼女に近づく。
彼女にへばりつく3体目のライオンに、蹴りを入れて引き剥がす。
その上で、剣で斬り裂いた。
そして2体目のライオンを軽く剣で斬りつけ、注意をこちらに引きつけつつ後ろに下がる。
ライオンは唸り声を上げながら、俺に向かって突進してきた。
「逃げて! 《回復術師》が直接戦っていい相手ではありません!」
レティシアさんは俺に向かって叫ぶ。
確かに《回復術師》は戦闘職の中でも特に打たれ弱い天職。
しかも俺は、最小限の防具しかつけていない。
レティシアさんが心配するのも無理はない。
だが──
「ギャアアアアアアッ!」
俺は左にステップして突進をかわしつつ、ライオンの右側面に剣で切込みを入れる。
それと同時にライオンの体が裂け、大量出血しながら息絶えた。
「レティシアさん、大丈夫ですか!?」
「あ、あの……ごめんなさい! わたしが敵の数をもっと減らしていたら……!」
俺とエレーヌは、レティシアさんのもとに駆け寄る。
レティシアさんは何故か、呆然とした表情を見せていた。
「私は大丈夫です……助けてくださりありがとうございます……ですがクロード、今のは一体……? 《回復術師》とは思えないほどの剣さばきでしたが……」
「《剣聖》の父親に憧れて、《剣聖》になるために修練に励んでいました。まあ、《回復術師》になってしまったんですけどね……」
レティシアさんは俺の回答に、驚きの表情を見せる。
一方のエレーヌは、うんうんと大きくうなずいていた。
「そうですか……あなたも苦労したのですね──あっ、ごめんなさい。つまらないことを聞いてしまって」
「いえ、大丈夫です。せっかく仲間になったんですし。それに、俺の実力を素直に認めてくださる人は、貴重な存在ですから」
レティシアさんは少しだけ頬を緩ませ、少しだけ頬が赤くなった。
すると突然、エレーヌが慌てた様子で俺にすがってきた。
「あ、あのっ……わたしだってちゃんと分かってるよ! クロードくんは世界で一番強いって!」
「分かってる。だって小さい頃からずっと、俺を見守ってくれてたもんな。いつもありがとう。おかげで励みになった」
「う、うん! えへへ……」
先程まで慌てていたエレーヌは一転して、表情が緩みきった。
とりあえず話が終わったところで、俺はエレーヌとレティシアさんに呼びかける。
「さあ、もうひと頑張りです。とりあえず、素材回収はしておきましょう」
「うん!」
「はい!」
俺たちは倒したライオンから素材を回収したあと、さらなる魔物を求めて平原を進んだ。




