第11話 Sランク昇格と新たな仲間
翌朝のギルドホール。
俺とエレーヌは担当職員のもとに向かった。
「ク、クロードさんとエレーヌさんじゃないですか! おはようございますっ!」
「おはようございます」
女性職員は俺たちを見て、何故かとても驚いた表情を見せていた。
俺は何が何やら分からないでいる。
エレーヌも困惑している様子だ。
「お二人とも、冒険者ランクがAからSランクに昇格しましたよ! おめでとうございます!」
「──え?」
それは、あまりにも唐突だった。
冒険者ランクは厳正な審査のもと、昇格・降格が決定される。
その点で言えば、昇格はもう少し先の話だと思っていたのだが……
「ど、どういうことですか……?」
「昨日、公爵閣下を助けましたよね?」
公爵は、貴族の中でも一番地位が高い称号だ。
そしてそれと同時に、公爵はこの都市の領主として君臨している。
「公爵? ちょっと分からないですね……」
「おかしいですね……《回復術師》クロードと《賢者》エレーヌが、馬車を襲っていたオーガを倒したって聞いたのですが……その上、傷ついた兵士を癒したとか……」
俺は女性職員の言葉を聞いて、耳を疑った。
だが彼女の発言には、心当たりがある単語があまりにも多すぎる。
エレーヌは少しだけ嬉しそうな表情をしながら言う。
「クロードくん、わたしはお姉さんの言うとおりだと思うよ?」
「ああ……──あの、やっぱり俺たちかもしれません……」
「そうですよねっ! おめでとうございます! さ、お受け取りください」
俺とエレーヌはそれぞれ、女性職員から1つのバッジをもらう。
これは持ち主がSランク冒険者であることを示すもので、全国どこのギルドでもそれ相応の権限を行使できる。
バッジの重量はとても軽いが、Sランクの重みはとてつもない。
なぜならSランクは、王国内では100人もいないとされている最高位だからだ。
「私が担当している方からSランク昇格者が出るなんて、とても誇らしいです!」
「え、ええ……」
俺は職員の言葉に、むしろ呆れ返ってしまった。
公爵による作為的な何かを感じざるを得ない。
順当にランクが上がるのなら当然喜ばしいが、もし裏で政治的な何かが行われていたとしたら、むしろ残念だ。
だが俺は、使えるものなら何でも使う。
それにどういう形であれ、実力を認められたのなら嬉しい。
決意を胸に、俺は依頼を探し求めた。
◇ ◇ ◇
「Sランクの依頼、早速受けるの……? やめといたほうがいいんじゃないかな……?」
ギルド内にある、Sランクの依頼ばかりが貼り付けられている掲示板。
俺がチェックしている最中、エレーヌはとても心配そうな表情で尋ねてきた。
Sランクの依頼となってくると、内容がとても物騒なものとなっていく。
いきなり昇格してしまった俺たちには、とてもじゃないが荷が重い。
「いや、どんな依頼があるかを確認してただけだよ──でもこの分じゃ、今はBかAランクの依頼のほうがいいかもしれないな」
ランクが上がれば上がるほど、それだけ危険度が増す。
依頼の失敗は死に直結するので、確実かつ効率のいい手段を取るべきだ。
結局俺たちはBランクの依頼を受けることにした。
依頼書を掲示板から剥ぎ取り、ギルドの窓口に持っていった。
◇ ◇ ◇
手続きが終わった俺たちはギルドホールから出る。
朝の日差しは少しだけ眩しかった。
「──あっ、やっとお出ましですね! クロード! エレーヌ!」
突如俺たちのもとに、白銀の鎧をまとった一人の美少女が駆け寄ってきた。
彼女は昨日助けた馬車の乗客の一人で、豪華なドレスを着ていたプラチナブロンドの少女だ。
ということは公爵の関係者なのかもしれない。
彼女は勢いよく俺たちに頭を下げた。
「昨日は助けていただき、本当にありがとうございました!」
「いえ、どういたしまして」
「こ、困っている人を助けるのは当たり前ですから……」
もう済んだことなのに、こうしてお礼をしてくれるとは。
俺はそれを嬉しく思いつつ返事をする。
一方のエレーヌはとても恥ずかしそうに、あるいは控えめに返事をしていた。
「──申し遅れました。私はレティシアと申します。一応公爵の娘ですが、気にしないでくださいね」
「そうでしたか……分かりました。俺はクロードです」
「エ、エレーヌです……」
レティシアと名乗った公爵令嬢は、にこやかに微笑んだ。
毛先だけ軽くウェーブがかかったプラチナブロンドの髪は、とても長くしっかり手入れされていて美しい。
体格は平均的な女性のそれで、鎧から察するに胸はやや大きめだと思われる。
年齢は18歳前後で、とても綺麗な顔立ちをしている。
だがそれとは裏腹に、笑顔がとても可愛くて物腰が柔らかく、ドキドキ感よりも安心感のほうが勝っている。
レティシアさんは突如、何かを期待するような目をしながらグイグイと近づいてきた。
「それで、冒険者ギルドのランクがSに昇格しましたよね? 早速Sランクの依頼を受けましたか!?」
「いえ、今日はBランクの依頼を受けることにしました」
「えええっ!? 信じられない! どうして!?」
わくわくするような表情で俺たちを見つめていたレティシアさんは一変、とても意外そうな表情を見せた。
しかし何故、彼女は俺たちの昇格を気にしているのだろうか。
そもそも何故、昇格したことを知っているのだろうか。
やはり公爵一家が、昇格に関わっているとでも言うのか。
聞きたいことは色々あるが、まずは聞かれた質問に答えることにした。
「ランクだけ上がっても、俺たち自身が強くなったわけじゃありませんから……パーティメンバーはエレーヌ──えっと、この子だけですし」
「えへへ……」
「やはり追放は本当だったのですね……」
レティシアさんから、思いも寄らない言葉が返ってきた。
なぜそこで「追放」という単語が出てくるのか。
「俺たちを……知ってるんですか?」
「はい。実は私、近々勇者パーティに入れてもらうつもりでした。それで極秘調査をさせていたのですが……まさか私が留守の間に、パーティが分裂しているなんて思いませんでした」
レティシアさんは残念そうにつぶやく。
俺はとりあえず、彼女を説得することにした。
人の悪口を言うのは気が進まないが、被害者をこれ以上増やしてはならない。
「あのパーティには入らないほうがいいですよ。《勇者》の男は無類の女好き──いかに公爵令嬢といえどもセクハラされるのがオチです」
「そ、そうですっ……! わたし……つ、連れ込まれそうになったし、新入りの女の子もすぐにいなくなっちゃうし……オススメしませんよっ……!」
「お気遣いありがとうございます──でも大丈夫です。私、もうあの男──ガブリエルを《勇者》だなんて認めませんから」
レティシアさんは怒りに震えるような声で、そう言った。
勇者パーティの話題がもうそろそろ終わりそうなので、今度はこっちが質問する番だ。
「話はもとに戻りますが、今回の冒険者ランク昇格には、公爵家が関わっていたのですか?」
「そうです! 昨日のお礼ができなかったので、せめて冒険者ランクだけでも上げるように、私達が進言したのです!」
「事件から一晩しか経ってないのに、いつ審査したんですか!?」
「まあそこはお察しください……ギルドの方々にはご迷惑をおかけしてしまいましたが……」
恐らく公爵たちが街に戻った直後、ギルドに立ち寄って命じたのだろう。
「何もそこまでしなくても」と思う一方、俺たちが認められたというのは純粋に嬉しい。
「そうでしたか。ありがとうございました。正直ビックリしましたけど……でも、嬉しかったです」
「あ、ありがとうございましたっ……!」
「お気に召したのなら、こちらも嬉しいですっ!」
俺とエレーヌが感謝の気持ちを伝えた途端、レティシアさんは眩しいほどの笑顔を見せた。
その笑顔を見ていると、なんだかこっちまで気分が晴れやかになる。
レティシアさんは、真剣な表情で俺たちに言った。
「ところで、昨日密偵から聞いたのですが、パーティメンバーに困っている様子ですね」
「そうなんです。ずっと探しているんですけど、いつも断られてしまって……」
「もしよければ、私と組みませんか? これでもSランクですし、天職は《聖騎士》なので戦いには自信があります」
「本当ですか!?」
俺にとって、レティシアさんの提案はとてもありがたいものだった。
俺はダンジョン攻略を一つの目標としているが、それにはあと1人は仲間が欲しかった。
そのために回復ビジネスをして金と信頼は手に入れたが、仲間だけは手に入らなかった。
だがSランク冒険者のレティシアさんが仲間になってくれれば心強い。
さらに彼女の天職《聖騎士》は、剣・槍・弓といった武器の扱いに長けている。
また、仲間を守ることにも特化している天職だ。
──そういえば、昨日のオーガ戦のときは何故戦わなかったのだろうか。
俺はそう思ったがすぐに、レティシアさんがドレス姿だった事を思い出す。
恐らく、武器もなにも持たされていなかったのかもしれない。
公爵令嬢であることが気になるが、本人が協力してくれるというのなら異存はない。
差し出された手を握ろうと、手を伸ばす。
「ありが──」
「そ、そういうの、ダメなんじゃないかなっ!?」
だが突如、エレーヌが俺とレティシアさんの間に立ちふさがってきた。
エレーヌは何故か、とても慌てた様子である。
「ほ、ほら! レティシアさまって公爵令嬢でしょ!? もし怪我させちゃったらどうするの!?」
「それは大丈夫です。怪我が問題になるのであれば、最初から冒険者なんてしていません」
「う……で、でもおっ……!」
「それにエレーヌ、あなたは《賢者》でしょう? もし私が怪我をしてしまったときは、あなたが回復魔術で癒してください」
「あ、あのー……回復なら俺がやりますけど……」
「クロード、今はお静かに──エレーヌ、あなたにはとても期待しているんです。一緒にがんばりましょう……ね?」
「わ、わかりました……よろしくお願いします……」
「頼りにしています、エレーヌ……ふふ」
レティシアさんはエレーヌに手を差し出した。
エレーヌはおずおずと手を取り、握手をする。
二人が仲良くやっていけそうで、俺は安心している。
だが、レティシアさんの回復魔術についての発言は、何故か釈然としない。
一体どういう意味で言ったのか問いただしたいが、まあよしとしよう。
「でもレティシアさま、どうしてわたし達に力を貸してくださるんですか?」
「あなた達がいつもパーティ申請を断られていると聞いて、助けてあげたいと思ったからです。それに、昨日の恩返しがしたくて……」
「ほんとにそれだけなんですね? ──それなら、いいです……わたし一人だけだったら、クロードくんが心配だから……」
エレーヌはどこか遠い目をしていた。
「自分は力不足だ」などと考えていたのだろう。
確かに彼女は近接戦闘が苦手だが、俺とは違って黒魔術が使えるのだから、そこはあまり問題にはなっていない。
「クロード、まだあなたの返事を聞いていません。エレーヌは了承してくれましたが、どうですか?」
「これからよろしくお願いします、レティシアさん」
「はい、こちらこそ!」
レティシアさんは綺麗な碧眼で俺を見つめつつ、両手で俺の手を包み込んできた。
すべすべした感触に、俺は思わずドキッとした。
「ん?」
ふと、《勇者》ガブリエルと《聖女》ジャンヌが俺の視界に入ってきた。
彼らは俺を追放した張本人なのだが、俺にはもう未練はない。
もはやただの他人だ。
「どうされたのですか?」
「いや……なんでもありません。行きましょう」
俺たちは街の外へ向かう。
その時「くそおっ!」というガブリエルの声が聞こえてきたが、そのまま立ち去った。
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