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人生は、小説よりも  作者: 聖沢 雅
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道を別つ時

 田舎(いなか)の裕福な家庭に生まれて、いわゆる金持ちならではの苦労というものを知った。その日も玄関の戸を開ける音と大声が響く。

(みい)ちゃん、遊ぼ」

 私が小学校に上がる前から、年の離れた近所の子供達は連れ立って襲来、広大な家の内外を荒らし回り、出された果物やスナック菓子を食い尽くしていく、といった有様だった。

 若かった母は、田舎特有の仕来(しきた)りもよくわからないまま、ご近所に失礼があってはいけない、と一生懸命持て成すものだから、増長したガキ共は(たか)りのように毎日遊びに来る。そのうちで私が最年少なものだから、母が部屋から顔を引っ込める度にいじめられていた。まあ母もそれを把握していたとは思うが、黙認するしか方法が無かったのだろう。

 小学校に入って同年代の友達ができるまでは、そんな感じの緩やかないじめが続いていった。うちの敷地には板金の工場があり、駐車場に父や祖父が所有する高級車もたくさん置いていたので、そういうのを見ていた親世代からの妬み嫉みが結果として、私へのいじめに繋がっていたのかも知れない。


 そんな子供達のなか、マサフミ君という子がいた。私の三つ上だった。彼は名前に私と同じ雅の字が入っているし、どちらかと言えば物静かで、私がいじめられている時も加担には消極的だったように思う。そんなこともあり、入学以降も時々一緒に遊んでいた。私は彼をいい奴だと認識していた。

「平屋の子供なんかと遊ばせるな。アホが感染(うつ)る」

 父方の祖父は、生前そんなことを母に言いつけていたらしい。祖父が亡くなり数年経ってから母は私に愚痴ってきた。もとより(とつ)いできた外様の身であるから、こんな旧来の悪習は息子に継がせまい、と頑張ってくれていたのだろう。誰が金持ちだとか貧乏だとか、考えることもなく私は育っていった。


 私が「ドラゴンクエスト1.2」というリメイク版のゲームソフトを買ってもらった時、マサフミ君は旧作を経験していたらしく、隣に座って画面を眺めつつ色々教えてくれた。特に「ドラクエ2」はとても難しく、私が何の考えも無しに歩いていってマンドリルの群れに惨殺されたところで、彼は私にレベル上げという努力の大切さを説いたものだ。

 学校では三学年も離れているし、校舎が広大なのでマサフミ君とは殆ど会うことも無かった。しかしある日の昼休み、中庭の池の前で、彼が友達らしき男子と遊んでいるのを見掛けたのだった。私はドラクエ2の話、ベラヌールの町まで辿り着いたことを報告しようと思い、彼に駆け寄った。

「マサフミ君!」

 呼び止められた彼は、何だかいつもと違っていた。口調も荒っぽいし、私が話しかけたことを良く思っていない様子だった。いじめには慣れているので、そんなことは大して気にもせず、私はマサフミ君のお陰で旅を進められた、と喜びと感謝の意を示した。

「で、今のレベルは?」

「16くらいになった!」

「だっさ」

 そのあたりで、流石にこれは平常ではないと気付く。彼がこのような態度を見せたのは初めてのこと。

 瞬間的に出した答えが、マサフミ君は同級生の前で格好をつけたいものだから、年下の私と遊んでいることを知られたくないのだ、というものだった。

 子供の社会にも面子(メンツ)のような概念は存在しており、なめられたら負け、などという動物的な危機感がおそらく彼を突き動かしていたのだろう。私はいじめられっ子であるが故に、当時からそういう空気を読むことが出来ていたのかも知れない。

「また頑張ってレベル上げとくわ」

 なんとか笑顔を維持したまま、私は早々に退散した。こちらも心に刺さる痛みは少しあったが、マサフミ君の心情はちゃんと理解していたつもりだし、それを相互注視(アイコンタクト)によって伝えられたとも感じた。私の去り際、彼はとても苦いような渋いような表情をしていたから。


 そして、その日からマサフミ君は遊びに来なくなった。私がドラクエをクリアしても、小学校を卒業しても、それは変わらなかった。

 なんでだろう。うちに来てしまえば、外から知られるようなことも無く二人で遊べるし、私は彼に怒ったりもしていない。それが上手く伝わっていなかったのだろうか。あの頃の私は、彼が最後に見せたあの顔を、ずっと心に留めていた。


 社会人になって独立した私は、同業の先輩に勧められFacebook(フェイスブック)を始めた。このアプリケーションは自分の年齢、出身校などの情報を入力すると自動的に「知り合いかも」などと次々に同級生や実際の知人を出してくる。

 そのなかに、マサフミ君の名前を見つけた。

 時間にすれば十数年だったけれども、中学高校大学社会人を(また)いでしまって、もはや思い出す機会すら失っていた。顔すらあやふやだった。瞬間的に、あの時の痛みや楽しかった記憶が(いろどり)をもって(よみがえ)る。

 彼は地元で独立し、高級車のカスタム等を行う店の経営をしているらしかった。

 今更になって、私はマサフミ君が抱いていた感情の一端を知ったような気がした。もともと私の一家は、彼にとって嫉妬と羨望の対象だったのだ。


 なあマサフミ君、あの板金屋はつぶれたし、親父は死んで、バカでかかった家も工場も今は誰かの手に渡ったよ。白いクーガーも、黄色いマスタングも、マッサージ機がついたセンチュリーも何処かへ行っちまった。金持ちなんて、こんなもんだよ。

 でも俺はあんな時代より今の暮らしのほうがよっぽど幸せだと思ってる。いじめられることも無いし、進む道を自分で決められるからさ。マサフミ君にはどう映っていたんだろう。今の俺はどう映るんだろう。

 ドラクエ2を無事クリア出来たし、そのあと発売されたドラクエ6は自分だけの力で何とかやっていけたよ。仕事も独立したし、君に最後に言っておいた「また頑張ってレベル上げとくわ」ってやつ、今でも続けてる。考えたら人生ってドラクエみたいなもんだな。レベルを上げなきゃ先へ進めない。


 あの時、二人は道を別つ。交わらぬ道、マサフミ君とはもう会うことも無いだろう。だって私のほうはガキの頃から今に至るまで、自動車なんか動けば何だっていいんだ、と思ってるもんだから。

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