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人生は、小説よりも  作者: 聖沢 雅
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二人歩記

 振り返ってみれば我が家の面々は結構めちゃくちゃな人生を歩んでいるようで、父もそのひとりだと思うのだけれども、私が高校一年生、15歳の時に、彼は20億円ほど借金を遺して死んだ。医師は病死の診断を出し、警察も来たが、実のところはわからない。


 さて、それより少し過去のこと。私が中三になったばかりの頃、滋賀県に引越す計画を母の口から知らされた。

 隣県とは言えど、人生経験も無ければ携帯電話やインターネット等の通信手段も手にしていない時代に言い渡される「引越し」とは、私が今まで見てきた世界の全てへの別離を意味していた。

「それは、困るなあ」私は絞り出すように言った。

「あんたが何ぼ困るかて、 もう決まったことや」母が強く返した。


 父のほうから直接には、最後まで何の言葉も聞かなかったが、彼は何度か三きょうだいの長男である私だけを連れてドライブに出掛けたことがあった。その度、行先には違う職場の事務所があり、私にはそれが何処なのかもわからないまま、ただぼんやりとそこに居た。

 乗ったのは毎回違う車種だった記憶がある。ある時には「音楽でも聴いとけ」と助手席で小一時間待たされることもあった。カセットテープだったと思うが、父は曲を指定してから出て行った。

 澄んだ歌声のフォークソングが流れる。


「住み慣れた部屋を、今日限りひきはらい、また次の場所へ行こうと思うんだ……」


 おそらくは恋人と二人、未来への希望があるはずなのに、哀しい歌だと私は感じた。

 5分ほどして音楽は途切れ、その後いくつも曲は切り替わり、子供心には十分な退屈を覚えた頃に、父は戻ってきた。そして再度、さっきの曲を流した。

「雅。この歌の、意味がわかるか」

 私は、曖昧に返事をしたと思う。今思えば父は、歌に自身を重ねていたのだろう。


 結果としては、マンションの契約も終えたところで母が急病のため歩けなくなり入院、我が家は引越し自体を取り止めることになった。しかし私は既に滋賀の高校を受験、何とか合格してしまっており、そこからまた京都の、いくらかレベルを下げた高校へ編入することになる。

 しかも、家業を継ぐといった体で工業科に進学したのだが、それから1年足らずで父と会社は無くなり、宙ぶらりんになった私を、真っ暗な闇が覆うのだ。幾重にも()し掛かる絶望から、やがて自分の脚で歩けるようになるまで、期間を要した。

 父もまた、亡くなった祖父の後継として、30代前半で社長就任、世間を知らぬまま周囲に流され、増長しては負債を重ねるという悪循環のなかで、言葉通り必死にもがいていたのだと思う。相当な額の生命保険を自身に掛けていたそうだ。


 ずいぶん後でわかったことだが、その曲を歌っていたのは若き日の長渕剛だった。元より抱いていた粗暴な印象とまるで違う、繊細で儚い音楽。

 初めて聴いた時、それは父の性分と合っていないような気がしていた。私は父をほとんど知らなかった。知らないまま、全て終わってしまった。


 それでも我々は生きる。何の因果か、私の今の職場は滋賀の中心部。この地でひとり生きている。そしてそれは、紛う方無き幸せだ。


「……時の(はざま)の想い出は、置いて行こう」

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