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人生は、小説よりも  作者: 聖沢 雅
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ピッチャー洗平

 私が初めてプロ野球を観戦したのは、西京極球場の阪神タイガース対中日ドラゴンズ、二軍戦だった。弟と二人、伯父に連れられ出掛けた。二軍戦とは言えども、当時のタイガースには一軍半というような立場の選手が多く在籍しており、その何人かは私でも知っていた。


 客も(まば)らな西京極の内野スタンド、三塁側に陣取った我々。タイガースの守備練習が何とも気力に欠けているように見えて、もっとしっかりせえよ、などと思っていた。

 ドラゴンズの先発は矢口(やぐち)。フェンス越しのすぐ近くに投球練習場(ブルペン)が位置しているので、この回想そのものは遠く曖昧な記憶であるけれども、中日の投手陣だけ強く印象に残っている。

 互いに決定打が出ぬまま試合は淡々と進行。その間、斜め後方に座ってる太ったオタクみたいなオッサンだけが延々ヤジを飛ばしており、内容も野球を知らんような下らないものばかりだったので、私たちは眉を(ひそ)めた。しかしまあ確かに、試合展開としては面白いとも言えず、観戦に来ていた少年野球チームのガキ共も選手へ向けて「ボールください」などと試合そっちのけで物乞いを始める有様。


 そんな中、間近な中日側のブルペンにひとりの投手が入った。テレビで見たことのない背番号32だった。彼の名は、洗平(あらいだい)竜也。

 それほど本気を出しているようには見えない投球が唸りをあげ、とんでもないスピードで捕手のミットへ消え、破裂音を生じる。おい、すげえのが出てきたぞ。私と弟は沸き立った。次はフォークボールか、いやスライダーか、また速球が見たいな。試合よりも目を奪われる投球だった。

 そんな間近の現実を見ることもせず、ガキ連中は試合中の選手達にボールくれだの延々叫んでいる。アホかこいつら。自分が野球やってるくせにこの凄さが見えんのか。しかしそんなものに構っている暇など無く、私と弟は低めに決まった豪速球に歓声を上げていた。


 チェンジとなり、ブルペンでの投球を切り上げた洗平が帽子を被り直し、本日初のマウンドへ向かう。私のほうは、攻守交代で流れていくグラウンドの選手全体を見ていた。

「イーエーイ!」

 突如、隣で立ち上がった弟がデカい声を出したものだから、私はびびった。は? と思って見上げると、ボールを掲げて喜びを誇示している。

 どうやら洗平選手に、我々が投球をまじまじと見ていたことが伝わっていたらしい。それだから弟に目で合図して、今の今までその左腕が投げていたボールをやさしく投げてくれた。私も弟に借りてみる。どう見ても高品質な革と縫い目に、日本プロ野球機構の刻印があった。

 試合のマウンドではブルペンほどの豪速球は見られなかったものの、我々にとって忘られぬ一日となった。プロへの憧れを思い知った瞬間だった。


 家に帰って選手名鑑を引っ張り出し、洗平の名を探す。彼は確かにそこにいた。しかしその後、テレビの一軍戦で彼を見ることは一度もなかった。

 実のところ、洗平はドラフト2位の入団当初からひどい制球難に苦しみ、その力を輝かせることなく戦力外通告を受け、3年で退団。決して納得のいく野球人生ではなかったのだと思う。後にアマチュア野球も数年で引退、指導者の道へと進んだようだ。


 世間の評価を借りて言うなら、洗平は決してスーパースターではなかった。高校野球時代からいつも「あと一歩」に泣いてきた選手だった。しかし、あの瞬間、あの西京極球場の三塁側で魅せられた豪速球の感動を、私はきっと忘れない。あのボールは今も実家のクローゼットに眠っている。




 これを書いた2021年現在、洗平竜也さんの愛息・洗平歩人(あると)君が、父と同じ八戸学院光星高校で投手をしている。父の左投に対し息子は右投、身長は既に歩人君が追い抜いている。

 いつまでも夢を見てていいんだ、人生は。

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