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人生は、小説よりも  作者: 聖沢 雅
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やさしいひと

聖沢(ひじり)さんは、最後まで、やさしいひとですね」




 朱里(あかり)ちゃんという大学一回生の女の子が、フロントスタッフに採用され入ってきた。私がスポーツクラブでトレーナーのアルバイトをしていた頃の話。


 小柄で華奢(きゃしゃ)な身体、(つや)と重みのあるショートボブの黒髪、二重瞼(ふたえまぶた)から開けた大きな瞳。


 第一印象で、皆が彼女を好きになった。小さく震えるような声で、フロントの仕事は大丈夫かと心配されていた。


 そして実際、大丈夫ではなかった。


 働き始めて直ぐに、朱里ちゃんが通勤してくる時の私服はゴシック・アンド・ロリータ調になった。


 私も昔そういう思想の女子と交際していたことはあるが、恋愛感情があっても最初はなかなか受け容れがたいものだった。我々のような凡人は、どうしても結局「普通が一番」という結論に至ってしまうらしい。


 朱里ちゃんの眼はメイクによってさらに倍ほどの大きさとなり、唇は血のような真紅に塗られていた。スポーツクラブの上司、先輩方からはいつも注意を受けていた。


 それでも彼女は、自身の「好き」を貫こうとしていた。


 髪色まで真っ赤にして出勤してきた時、彼女は強く(とが)められ、勤務せずに帰ることとなった。それが最後の出勤日だった。


「普通にしていれば可愛いのに。残念」


 周囲は大方、そういう感想だったようだ。




 数ヶ月後、私が職場の事務所で作業をしていると不意に、朱里ちゃんが入ってきた。ユニフォームを返却するため立ち寄ったらしい。


「聖沢さんとは、少しだけだったけど、お世話になりました」


 彼女の声は相変わらず、夢の中から話しているように(かす)れていて(はかな)く、その時の髪は不自然なほどの黒に染められていた。彼女の表情は、晴れやかだった。


 結局まともに働かなかったので、店側は彼女に冷たかった。でも私は「店側」の人間ではない。


「おつかれさん。別に仕事なんていくらでもあるよ。合う合わないの問題だし、またこれから居心地の良い場所を見つけたらいい」


 不釣り合いなほど(おごそ)かなジャケットを着た女の子は少し(うつむ)き、眼を細め、笑った。


「聖沢さんは、最後まで、やさしいひとですね」


 それが私の記憶にある、彼女との最後。




 私が当時スポーツクラブにいたのは、新卒で入った会社の理不尽に嫌気が差して直ぐに辞めてしまってから、何となく「好きなこと」を探すためだった。


 トレーナーの仕事はそれなりに、私と相性の良いものだったらしい。でも朱里ちゃんにとっては、そうではなかった。それだけの話だと思う。


 だから私があの時に話した言葉は、「また何処(どこ)か、君のキラキラした笑顔を保ってくれる場所で、再会できたらいいな」という意味だったのだ。


「聖沢さんは、最後まで、やさしいひとですね」


 でも朱里ちゃんにとっては、あの時が私との「最後」だった。それだけの話。




 最後に聞いた言葉を、今でも考える。たぶん君がいたあの世界は、ちっともやさしくなかったんだろう。今はどうかな。


(終)

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