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人生は、小説よりも  作者: 聖沢 雅
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いいとこどりの夢

 久々に帰ってきた実家は、やはり広大で、日本家屋の出来損ないのような300坪ほどの家と、表には竹垣に柿の木の庭、裏に松の木の庭、重い扉の(くら)がある。


 ボンボン、と言われれば否定もできないが、田舎の家といえば大抵こういうものだ。


 私は適当な挨拶を済ませてから、薄暗い二階廊下を抜け、以前は物置だった部屋へと向かった。


 この部屋は来客から最も遠い、我が中川(なかがわ)家の最奥に位置しており、面積としては20畳くらいだろうか。もう少し広いかも知れない。


 先ほど、家を出来損ないと言ったのは謙遜でもない。ド田舎ゆえ、身内の業者ばかりに頼らざるを得なかった結果、支払い額の割には質の悪い家が建ってしまったのだった。


 最奥の物置部屋も、壁紙すら貼らないまま、祖父母がわけのわからない置物や着物やマッサージ機、諸々を押し込めて放置。長年、開かずの間となってしまっていたのを、どうも弟が使うようになったらしい。


 埃まみれの物だらけを想像したまま、私はドアを開く。しかし、そこは驚くほどに別世界であった。


 真新しい壁紙、整然とした模型の数々、中央の大きな水槽の青には何かが生きている。狭苦しかった物置の印象は霧消し、天井さえ高く見えた。


 洒落たカーテンの掛かった右手ベランダから陽光が射し、左手の奥、仕事机には弟が居た。二言、三言、言葉を交わす。そして趣味に染まった部屋を眺めつつ、私は尋ねた。


 父の許可はとったのか、と。弟は平静に、大丈夫、使っていいと言われた、と答えた。


 そこで(ようや)く、私はこれが夢なのだと知る。


 父はとうの昔に亡くなっているのだ。そう思い出した刹那、雪崩のように現実の記憶が、淡い夢の世界を塗りつぶしていく。


 父の死は私が15歳の時、それから数年後、私たちは残された莫大な借金に追われ、中川の家も、名字も手放すことになった。


 遺族は皆それぞれに、壊れかけた心を抱えながら、相続放棄の手続が終わるまで耐えた。広大だった田畑も竹藪も手放した。母方、聖沢(ひじりさわ)の祖父母と伯父には本当に助けられた。


 三きょうだいも、それぞれの絶望を知る大人になり、強くなった。


 だから、この夢は所詮「いいとこどり」であって、if(もしも)の世界ですらないのだ。


 もし父が健在であれば、私たちは崩れることも迷うこともなく、おそらく私か弟が会社の後継として、ボンボンとして温く、安定した幸せを得ていたはず。


 それなら、私は実家へ「久々に帰ってくる」こともなく、また利発な弟は積極的で有り得ず、この部屋の随所にみられるような創造性を発揮することもなかったのだろう。


 環境が我々を強くした。しかしそれは、父がいない世界の話なのだ。私も弟もそんなふうに育った現実、ここに父は存在できない。


 容姿は30代のままで止まっている。生きていれば、同い年の母と共に老いているはずなのに、私はその顔を想像することもできず、いつも夢はその辺りで途切れる。


 たぶん、私は甘美な夢を見たいのではない。あの頃の裕福な暮らしを望むのでもない。


 ただ伝えたいのだ。私は、私たちは、あなたがいなくても、もう大丈夫なのだと。


 止まったままの父の年齢に並ぶまで、あと数年。父が生きていてくれた頃の私は、本当に弱かった。


 もう永久に届かなくなった、その無敵の背中を、私は今でも追いかけているのだろう。

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