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人生は、小説よりも  作者: 聖沢 雅
22/53

修羅が往く道

 珍しく、今回の主役は私や私の家族ではなく「M選手」。


(さすがに怒られそうなので実名は伏せました)





 とりあえず強くなりたい。という行動原理のために、走ったり殴ったり鍛えたりは10代の頃からずっと、私の一部だった。


 しかし格闘技は顔を()らして出勤せねばならず、脳へのダメージも蓄積していく実感がある。


 あとは何故、男同士でもつれ合っているのだという(むな)しさも確実にある。


 ある日、私は通っていたキックボクシングジムの会長に「ベストボディ・ジャパンというボディビルみたいな大会に出るので、しばらく休みます」と言って、ばっくれた。




 当時はとにかく貧しかった。ジムの月会費を払うのだってギリギリだった。


 1回200円で利用可能な市民体育館で筋トレを続け、結果的にはスタートしたばかりの「ベストボディ」大会で勝ち残り、1年目から全国大会まで進むことができた。


 しかし当時のベストボディは所謂(いわゆる)イケメンオーディション的な側面が強く、決勝ラウンドでスピーチ審査があったりして、私も世間知らずながら、なんか違うような気もしていた。


 そういう流れで私は翌年、日本に輸入されてきた「フィジーク」という部門に出場することとなる。




 名古屋にて初開催の大会。フィジークというものを簡単に表現すると「誰が見てもカッコいい体」を選ぶ競技。


 ボディビルが人間の道を()て、ただ筋肉の極限までの発達を()とするのに対し、フィジークは「人間のままで」最高の肉体を求める……といった具合。こんな表現で伝わるかは知らないが。


 おそらく全員がデビュー戦となったなか、私の結果は7位。


 ちなみに私と同じ階級で優勝したJ君はその数年後、プロ選手として輝かしい道を歩んでいくことになる。YouTube等でも有名になったし、ご存知の方も多いかと思う。




 しかし、その大会で私に最も強烈な印象を残していったのは、M選手というボディビル部門の優勝者だった。


 M選手は会場の前で点呼を待っている時から、阿修羅(あしゅら)の如き形相(ぎょうそう)をしていた。おそらく体調もギリギリに見える。


 肌の水分を抜くために(ほとん)ど水を飲んでいないのだろう、服から出た腕が金属のような質感をもっていた。


 誰もが一目でわかる、異常な仕上がり。舞台に立つ前から優勝が決まっているようなものだった。


 フィジークの表彰式が終わり、私たちは引っ込んで舞台(そで)から、人外(じんがい)の王者がトロフィーを受け取る様を眺めていた。


 その時、J君さえ「どう見ても、いちばんヤバい体してましたもんね」と呟いたのを覚えている。


 万雷(ばんらい)の拍手と声援のなか、こちらへ歩いてくるM選手。


 ようやく観客の目から逃れ、控え室にて大会のゲストである伝説的ボディビルダー、森永経一郎氏から祝福の言葉をかけられたM選手。


 会場の関心を一身に引き受けていた彼が今日、初めて口を開く。


「森永さん。今の僕に足りないものは何ですか?」


 笑顔は無かった。安堵(あんど)はあったかも知れないが、私には見えなかった。




 その年11月の決勝大会、M選手は5位に沈んだ。名古屋の時と比べて悪かったとは思わない。


 ただ、上に4人居たというだけ。


 ついでに私はフィジークの10位、特別賞として大会スポンサーのアパレルブランドでモデルをさせて頂けることになったのだった。




 数年後、私もボディビル部門に挑戦した。結果は予選敗退。


 M選手の言葉を、その頃には理解しつつあった。




 ボディビル。常に自身の「足りないもの」と向き合う競技。


 向き合ってもがく間に、ケガをする。衰えが始まる。理想はどんどん高くなり、遠ざかっていく。


 人生のすべてを捧げる「100点のボディビル」は決して実現できない。今日は80点とれたか、明日は85点に近付けるか、妥協点を必死に引き上げる。


 足りないものは何ですか?


 その答えには、もう自分でも気付いてしまっているのだ。


 鏡に映る肉体に、失望と怒りを覚える毎日。勝者も敗者も同じ。進めば進むほど(おのれ)の限界を知る。




 だからといって今更、辞めることも叶わない。ここは修羅の道。


 M選手の表情を思い出す。たぶん私もあんな顔をして毎日、ジムの扉をくぐっている。

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