真っ直ぐにいること
姿勢の良さを褒められることが、しばしばある。
中高生の時分、ひどく腰を痛めた経験もあって、私は「真っ直ぐに立っていられる」ことの尊さを知っている。
おかげさまで、私の身長176センチメートルは、実測180もないのが信じられない、と言われるほど大きく見えるらしい。
さて、生き物というのは、弱っていたり苦しかったりすると「身体を丸める」性質がある。もちろんヒトも例外ではなく、これは誰しも経験的に知っていることと思う。
翻って、「真っ直ぐにいること」は、生物的に健康、健全であることを示している。
私がそれに対する拘りを強くもっているのは、外見が自身だけの問題でなく、対外的にどれほど重要かを認識しているから。
そしてそれがいずれ、私たちから失われることも知っている。
……あれは三きょうだい揃って住んでいた頃のことなので、私は20代の前半だったと思う。
実家は、裏庭にイタチやタヌキが出るような田舎。当然のように虫もよく入ってきた。特に、母は蜘蛛が大嫌いなのだ。
たいてい虫の侵入者は殴打、もしくは化学薬品により殺されるのだけども、特に蜘蛛は弱ってくると体を丸め、最後は仰向けになる。
そうして小さくなった死骸を、私たちは何度も見てきた。
その日は、殺虫スプレーが用いられた。蜘蛛は逃げ惑い、暴れながら丸まっていき、最後は腹を天井に向け、手脚を折り畳んで停止した。
居間に漂うスプレーの煙。逃げる侵入者を追いかけ、かなりの量を散布したため、加害の側である人間共まで大いに咳き込んでいる。
「こんだけ撒いたら、俺らにまで効くなあ」
「せやな」
一件落着、返事をしたのは弟。いつも通りの冷静な口調だった。
しかし。
私が片付けを済ませ戻ってきた時、異変に気付く。
弟が、仰向けになり、手脚を折り畳み、丸まっていたのだ。
安らかな表情で眼を閉じている。
「おい、敏?」
その体は硬直していた。
「し、死んでる……」
死因、殺虫スプレー。
さっき、全員の意識が蜘蛛の亡骸に集中していた時からずっと、弟は死んでいたのだ。誰にも気付かれることなく。
私は弟に申し訳なく思った。
「換気扇、回したほうがええな」
そう言って座り込むと、私も手脚を折り曲げ、ごろんと上を向き、死んだ。
蜘蛛は死に、男ふたりも死に、テレビジョンの音声だけが聖沢の居間を流れていた。




