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人生は、小説よりも  作者: 聖沢 雅
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高校、部活

 高等学校は工業科を卒業しているのだけれども、これは家庭の複雑な事情が理由だった。


 端的に言えば、私自身は工業高校なんて別に行きたくなかったのだ。


 しかも私は中学時代の野球で腰に椎間板ヘルニアを患っており、ずっと痛みを引きずって受験勉強も何とかやってきていた。


 そんなこんなで私は高校入学早々、心身ともにボロボロだった。


 お察しの通り、賢い人間が集まるような学校ではない。4月、さっそく集団行動だの何だのといった戦時教育のようなことをやらされた後、部活動の体験入部が始まった。


 しかし、体育の授業すら腰痛で十分に動けないという現実は、勇気や無鉄砲といった言葉で表現されるべき私のなにかを、完全に圧しつぶしていた。


 放課後。自動車科の棟のそばから金網の向こう、遠くに小さく見える野球部をぼんやりと見つめる。


 そんなことを三日ほど続けたんだったか、


「なあ。きみ野球部に入るん?」


と声をかけてきた女子がいた。


 私は振り返る。胸の名札の色が違っていた。上級生らしい。


「……いや、ぼくは、中学からケガで。野球やりたかったんですけど……」


「そっかぁ。じゃあマネージャー?」


「まだ決めてないです」


 その女子は遠慮がちに、持っていた紙の一枚を差し出してきた。


「うち、吹奏楽部やねん。やりたいこと決まってる人に渡しても仕方ないかも知れんけどさ。私達も頑張ってるから、よかったら見学だけでも来てなぁ」


 彼女は去っていった。勧誘の紙きれ一枚持った私ひとりが残った。


 遠くでカン、カンと打球の音が響いていた。陽が少しずつ傾いていた。




 それ以降、私は野球部を観に行かなくなった。そして吹奏楽部にも、足を運ぶことはなかった。


 何もしないまま、どこにも踏み出さないまま、卒業を迎えた。




 さて、思い出を振り返るのは今の私。だからその過去という物置部屋に、特段の感情はない。


 しかし。もうほとんど残っていない私の高校生活の記憶に、あの光景だけが。顔や声すら定かでない彼女が、今も話しかけてくる。


 たぶん、あの若かりし当時の私を刺したものは、後悔というやつなのだろう。




 その後、社会人になってから鋼の肉体を得たり、バンドを組んでライブをやることになったりするのは、また別のお話で。

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