イルカゆらゆら
弟と妹が小学生の頃。うちの三きょうだいの関係といったら、特に険悪というわけではないのだけれども、いざ三人揃うと話は違った。
男同士ゆえ必然的に、長男の私と弟で共通の遊びをみつけるため、仲間外れのようになった妹が駄々をこね、全員で母に窘められる。
しかし、叱られたからといって三人が楽しめるわけでもない。
だからいつも妹の怒りは、歳の近い弟にぶつけられた。平成、女性の権利が叫ばれる時代、弟はしばしば殴られていた。
といっても比喩表現ではなく、本当に物理的暴力でボコボコにされており、反撃すれば男性のほうが罪人として扱われるため、ほぼ一方的な力関係だった。
そういう事実がありながら、周囲の評価となれば「妹がかわいそう」である。
一見すると理不尽だが、こうして小さな社会はギリギリの秩序を保っていた。
ある日、その「かわいそう」は暴発する。
部屋で腹這いになって漫画を読むかゲームをするか、ゆったり過ごしていた弟。
それを見た妹は何を思ったか、手元にあった大きなイルカのぬいぐるみの尾ひれを掴み、全力で弟の後頭部へと振り下ろしたのである。
ボッという打撃音。うずくまる弟。仁王立ちの妹。
しばらく頭を押さえ横たわっていた弟は、絞り出すような声で言った。
「ちょ、なんか凄いで。それ。やってみ、華織も、いっぺんやってみ」
なんと弟は妹を説諭の上、俯せに寝かせ、同じようにイルカをぶん回し後頭部を殴打。
頭を抱え、ぐったりする妹。しかし起き上がった時、その目は輝いていた。そして今度は私に順番が回る。
「やってみ! これ、やってみ!」
おまえは何を言っているんだ。
あまりにも理不尽だったが、今度は二人が熱心に呼びかけたものだから、私も嫌々ながら俯せになった。
ボンッ。
つまりどういうことかと言うと、脳震盪である。
誰かが水族館のお土産として買ってきた大きなイルカのぬいぐるみは、質量を持ちながら適度に柔らかいため、それで頭を打撃すると外側の骨を通り抜け、中心部の脳まで衝撃が通るのだ。
痛いよりも、一瞬で酔ったようになるその感覚が、子供には新鮮だったらしい。
「な? な? ゆらゆらするやろ!」
盛り上がる二人に対し、私はよろよろと起き上がり、言った。
「凄い。凄いけど、これ、あかん」
以来、その打撃刑は「イルカゆらゆら」と呼ばれ、禁止となった。
こんなんやってるから我が家はアホなんや。




