第七話 夢と希望
「あら? 松萩さん、どうしたのこんなところで?」
病院の屋上から、ボンヤリと中庭を眺めていた舞花に、看護師が声をかけた。
「いえ、ちょっと気になっちゃって」
舞花の目線の先には、息の合った踊りをしている三人の男女がいた。
「あ、あの子達、安静にしてなきゃダメって言ってるのに......」
「きっと、じっとしていられないんですよ。私にも気持ちはわかりますから......」
舞花はそう言ってうつむいた。
彼女が病気になる前、半年ほど前までは、彼女は将来有望な才能あるダンサーだった。
時には普段は穏やかなその様子からは想像できないほど激しくキレのある動きを見せ、時には時間の流れがゆっくりになったかのような可憐で優美な動きを見せる。そんな彼女のダンスは、中学に入り早くも周囲で話題となり、すぐにでも全国的に有名になるだろうと思われていた。
そんな矢先に病気が発覚。入院することとなり、自分がこうして寝ている間にも、全国のライバルたちは練習を続けていると思うと、日に日に焦りがつのっていった。
しかし、その焦りは少しずつ恐れに変わりつつある。漠然と感じる死の恐怖。自分の体に起きている異変を、彼女はなんとなく感じ取っていた。
治る見込みがなさそうだとわかると、人はどんどん自分から離れていった。あまりにも露骨で残酷な人間たちの本性にさらされ、まだ中学生の少女の精神には大きな傷を与えた。
だが、裏を返せば彼女は本当に信頼できる友人を得たとも言える。次々と離れてく人の中で、いまだに頻繁に見舞いに通うのはほんの数人ばかり。注目を浴びていたかつての輝きを失ってもなお、自分を友達と呼んでくれる存在。彼女は多くのものを失うことでようやく残ったものの大切さを痛感していた。
「松萩さん、そろそろ部屋に戻りましょうか」
「............もう少し......」
看護師に促されても、舞花は踊っている三人を見つめ続けた。
「舞花......こんなところにいたのか」
階段を駆け上がってきた惣助が、舞花に気づいて声をかけた。
「探したぞ? 部屋にいないんだからな」
「中庭から音楽から聞こえてきたから、気になっちゃって」
「............それでなんで屋上に?」
「中庭まで降りちゃったら、我慢できなくなっちゃうでしょ? その次に見やすいのは屋上だから」
舞花は苦笑いを浮かべた。
「じゃあ私はそろそろ。そんなに長くならないようにしてくださいね」
看護師はそう言い残し階段を降りて行った。
「最後にもう一回だけ踊りたいな............」
舞花はそのタイミングを見計らったかのようにポツリと言った。惣助はこの言葉に、思わず目を丸くする。
「難しいんでしょ......? 私の病気......治らないんでしょ?」
舞花の視線を、惣助は受け止めきれずにうつむいた。
「まだ......諦めんなよ」
惣助はうつむきながらポツリとそう呟いた。
「......こっち見てよ」
舞花は惣助の腕を突然掴んだ。それに驚き、惣助は思わず顔を上げた。舞花の潤んだ瞳に惣助の顔が映る。
「私を見て言って! ホントは知ってるんじゃないの? 私の病気がどうなのか! もう治らないかもしれないって!」
「だから............! まだ諦めんなって!」
惣助の怒鳴るような声に、舞花は気圧されてしまう。
「お前が諦めんなよ......! 治らないとか......言うんじゃねぇよ!」
「でも......っ!」
舞花の泣きそうな顔を見て我に帰った惣助は、大きく息を吸って吐いた。
「お前の病気......たしかに難しい病気だよ。今のところ治療法が見つかってない。今は安定してるけど、いつこのバランスが崩れて、病状が悪化するかもわからない」
絞り出すように言った惣助の言葉に、舞花の顔は暗くなる。
「ありがとう......正直に言ってくれて......」
今までこらえていたものが吹き出すように、舞花の目からは涙が溢れ出した。
「やっぱり......生きられないのね......そんなに遠くないうちに死ぬのね......」
両手で押さえても押さえきれないほどの涙がこぼれ落ちる。
「そんなこと............言ってねぇだろ!」
惣助はその泣き声をかき消すかのように大声で叫んだ。
「死ぬとか......言うんじゃねぇよ! お前が勝手に諦めんなよ! 絶対に治らないと決まったわけじゃない! 治療法が明日にだって見つかるかもしれない! 薬が開発されるかもしれない! お前が勝手に死んでんじゃねぇよ!」
「............そんなの......無理よ......。私にだってわかる......それがどれだけ難しいことなのか......ありえないことなのか......わかってるわよ......」
「奇跡が起きるかもしれないだろ」
「そんな......無責任なこと言わないで! そんなことあるわけないじゃない! 中途半端な希望を持たせようとしないでよ!」
舞花は声を荒げ、息を切らしながら叫ぶ。
「す......すまん......でも、諦めなければ......」
惣助はそこで言葉を詰まらせた。なんと言って声をかけるのが正解なのか、もう彼にはわからなかった。
「私......部屋に戻るから」
「あ......じゃあ俺が......」
「いい、一人で戻れるから」
惣助の伸ばした手を軽くはたくように振り払い、舞花は一人で階段を降りて行った。