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第四話 試練の始まり

 壁も床も天井もなく、果てしなく真っ白な空間が広がっている。

 そこにポツンと漂う少女が一人。一糸纏わぬその体は赤く染まっている。


「私......どうしたんだろ......」


 少女がまず感じたのは寂しさだった。ただ、ここに限りなく広がる無の空間が彼女にそういう感覚を与えたのだろう。


「......何を望む?」


 どこからともなく声が聞こえる。いや、聞こえるという表現は相応しくない。声という概念が意識の中に滑り込んでくるような感覚というべきだろうか。


「あなたは......誰」


 これも口を動かして聞き返したわけではない。彼女が疑問に思ったという事実が反映されているにすぎない。


「ボクはカスピエル。キミたちを導くために来た天使さ」

「天使......私はどうなったの......」

「キミには二つの選択肢があるよ。このままなにもしないか、それともボクに助けを求めるかだ」


 カスピエルは簡潔にそれだけを伝えた。


「キミは運がいい。今ならまだ引き返せる。ボクの力を使えば、キミはまた元の世界に戻れるんだよ」

「......私は............」


 彼女は右腕を、なにかを掴むようにまっすぐ伸ばした。


「また......みんなに会いたい......」

「それがキミの望みだね」


 真っ白な空間が、一気に黒く染まり始めた。それと同時に浮遊感が消え、急速に意識が引っ張られていく。


「キミの活躍を祈っているよ」


 その言葉を最後に全ての感覚が消え、やがて彼女は再び意識を失った。






 天音が次に目を覚ました時、そこは病院のベッドの上だった。横に視線をやると、惣助の姿が見える。


「あ......天音! 聞こえるか......? 天音!」

「......そうすけ君......」

「気がついたか......! よかった......」


 惣助はそう言って胸をなでおろした。


「しゃれになんないぞ......また道端で居眠りして、そのまま永遠に目覚めないなんてことになったらな......」

「私......また外で寝てたの?」

「そうらしいぞ。しかも前と同じ草むらだって話だ。しかしここまでくるとちょっと怖いな。お前あの場所になんか呪われてるんじゃないのか?」

「そんな......呪われるような覚えないよ......」

「俺もそう思いたいけどな。外傷もなく、心臓や脳に異常もない。逆に珍しいほど理想的な健康状態だってよ。この後も少し検査するけど、なにもなかったらまた明日から学校に復帰できるらしい。一体なにが原因だったのか......?」


 惣助は頭を抱えて唸った。少しずつ天音も途切れていた記憶が蘇ってきた。


「えっと......今日は......?」

「お前がここに運び込まれた時から2日たってる。彩葉と舞花も心配してたぞ? あとで一言言っといてやれよ?」


 そう言って惣助は立ち上がった。


「俺は親父を呼んでくるから。ちょっと待っててくれ」


 惣助が部屋を出て行くと、病室内は物音一つしない静かな空間になった。自分以外にこの部屋には誰もいないようで、再びなんとも言えない寂しさに襲われる。


「やあ、気がついたみたいだね」


 そんな静寂を破り、部屋には転校生の真祈奈が入って来た。


「まきなちゃん......えっと......ありがとう......」

「なにが?」

「たしか......まきなちゃんと話してた時に倒れたと思うんだけど......?」

「ああ、ボクが救急車を呼んでおいたよ。そのことを言ってるんだね? 気にすることはないよ。放っておくわけにはいかないだろう?」


 真祈奈は天音のベッドの真横まで歩いて来て、顔をグイッと近づけた。


「ところで......どうだい調子は?」

「うん、元気だよ。検査も逆におかしいぐらい異常がないって言ってたし......」

「違う違う、それは当たり前だろう? そっちじゃなくってさ」

「......なんのこと?」


 天音の反応を見て真祈奈は少し驚いたような顔をした。


「そうか............買い被りだったかな......? まあ目覚めただけいいか......」


 ブツブツとそう呟き、もう一度顔を近づけてきて、今度は笑った。


「とにかく......元気になってよかったよ。それじゃ、またね」

「あ......うん、またね......」


 天音はベッドから手を出して小さく手を振ったが、真祈奈はそれに応えることなく部屋を出て行った。






「本当に心配したわあまねさん」

「ホントだよ! 全くあんたは............」

「えへへ............ごめん」


 後日、舞花の病室に集まった三人の話題は、予想通り天音のことについてだった。


「あまねって大人しいのに危なっかしいよな」

「たしかに......どっちかって言ったら、いろはさんの方が活発な感じなのに......」

「そう、そんなあたしより断然危なっかしいよ」


 彩葉はなぜか誇らしげに胸を張った。


「全然無茶なことしてるつもりはないんだけど............」

「んー、そうね。別に危ないことをしてるわけでもないもんね」

「いやいや、でもあまねは昔からちょくちょく無茶するからね。ホントに死にかけるようなこともあったし、無茶する天才だよね」

「そんな才能いらないよ!」


 天音が必死に否定するのを見て彩葉は笑った。


「でもホントに原因わかんないんだろー? ちょっと怖いよな」

「うーん、なんでなんだろう............」

「倒れた時のことを詳しく思い出してみたら?」


 舞花の提案に、天音は目を閉じて回想を始めた。


「えっと......いろはちゃんと別れたあと......まきなちゃんに会って......」

「まきな? あの転校生?」

「まあ、転校生が来たの?」

「あ! そうそう、あまねの話でスッカリ忘れてたよ。まだ転校生の話をまいかにしてなかったな」


 彩葉は両手をパチンと合わせながら言った。


「どんな子なの?」

「うーん、なんか周りと距離をとってる感じなんだよねー。あまねとは話してたみたいだし、あたしもちょっとだけしたんだけど、他はほとんど興味ないって感じで無視すんのよ」

「私が入院してる間もずっと?」

「そう、ほとんど喋らないの。もはや感情がないんじゃないかって思うぐらいなんだけど、前に目があった時はすごい笑ってたし、よくわかんないなー」

「............すごく変わった子なのね......」


 舞花は少しあっけにとられたようだった。


「ちょっと不思議な感じはあるよね」


 ふと天音は、亮牙が言っていたことを思い出した。

 あいつとは関わるなとか、嫌な予感がするとか、たしかに彼女には不思議な言動が目立つ。しかし彼が言うほどの危険な雰囲気は感じ取れない。もう少し、彼女のことを知らないといけないと思った。


「それで......? その転校生と会ってなにを話してたの?」

「そうだ、まさかケンカして気絶させられたわけじゃないだろ? 気を失うほど強烈な悪口を言われたとか?」

「そんなことはないけど............」


 天音はどれだけ思い出そうとしても、なにを話していたのかあまり思い出せなかった。それほど重大な話をしたような気はしないし、でも無意味な会話を交わしたような気もしない。


「うーん............なんだったかな......普通の話だと思ったけど......?」

「普通か......じゃあそれはあまねが倒れたのとは関係ないのかな......」


 三人はみんな同じようにうなったが、もちろん正解は出なかった。


「そういえばまいか、この前さー」

「まあ、あの二人が今いい感じなの?」


 その後もこんな感じで話に花を咲かせていたが、突然天音の背筋に強烈な悪寒が走った。


「あまねさん............どうかしたの?」

「............ううん別に。ちょっと私トイレに行ってくるね」


 そう言って天音は舞花の病室を飛び出した。


「この感覚............前と一緒だ......! この病院に悪魔が来てる......!」

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