第三話 願いの天使
「あ! あまね! あんたどこ行ってたの?」
中学校の昇降口で彩葉は天音を見つけて駆け寄ってきた。
「あ......うん、ちょっとね」
天音は目をそらして言葉を濁す。さっき見たことをそのまま説明しても信じてもらえないだろうし、なにより彼にきつく口止めされている。
「まさかまた猫を追っかけてたとか?」
「あ......うーん、まあそんなところかな............」
「............呆れた。あんたってそんなに猫好きだっけ?」
「もちろん好きだよ。触った時の感触も......あの動きもすごくカワイイから」
「それはわかる............メチャクチャわかる。でも勝手にいなくなっちゃダメ! なんならアタシも連れて行きなさい!」
「あ、そっちがホンネだね」
「............そりゃあ......まあ、アタシだって猫触りたいし!」
うまくごまかし、彩葉の追求を逃れた。
「まあでも良かったよ。何事もなくて」
彩葉はそう言って少し心配そうな顔をしながらも笑みを浮かべた。
チャイムが鳴るギリギリに二人は教室の自分の席に座った。それとほぼ同時に先生が教室に入ってくる。いつもはもっと遅くに教室に入ってくるのだが、今日はやけに早いようだ。
「はい、じゃあ朝のホームルームを始めるぞー」
いつもどおりの号令でみんなは話し声を小さくして前を向く。
「じゃあ、今日からみんなと一緒に勉強する転校生を紹介するから、おい入って来なさい」
少し教室がざわつく。特に女子のヒソヒソと話す声が目立つ。
そんなざわつきをしずめるかのように、ガラッと教室の扉を開けて女子が入って来た。腰のあたりまで伸びている長い髪、そして女子にしてはやや高い身長に、教室中の視線が集まる。
「じゃあ自己紹介を」
先生にそう促され、彼女は一歩前へ出た。
「鳳珠 真祈奈だよ。これからよろしく」
短くそれだけ言って軽く頭を下げた。
再び教室内はザワザワとし始めた。そんな様子にも動じず彼女は前を見ていたが、その中の一人、天音と目があった瞬間に表情を少し崩し、そのまま真っ直ぐ天音の方まで歩いて来た。
「お......おい、どうした? 席はそっちじゃないぞ?」
先生の制止も全く無視して進んでいき、天音の机の前で止まった。
「キミ......ちょっと面白いかも」
彼女は天音の顔を覗き込むようにしてそう言った。
「あまね、あの転校生と知り合い?」
「え? 違うけど?」
昼休みになり、天音、彩葉 、惣助は三人で中庭で弁当を食べていた。
「自己紹介した時、なんかあまねの方まで行ってなんか言ってなかった?」
「ああ......なんか、『面白いかもって』言われたけど」
「なんだそりゃ。メチャクチャ意味深だな」
「あと、みんなが話しかけても全然答えないのあの子。なんか興味ないって感じで」
「初日だから緊張してるんだろ。俺も廊下ですれ違った時に顔見たけどちょっとソワソワしてるようにも見えたぞ」
「いやいや、教室入って来たときなんかニコニコして余裕そうな顔してたよ?」
「第一印象気にしてるとか? やっぱり緊張してるんじゃないか」
「えぇ? そういうことなのかな?」
彩葉は唐揚げを頬張りながら首を傾げた。
「んで、天音。ホントに心当たりないのか?」
「うーん......ないはずだけど......」
天音が必死に自分の記憶を探っていた時、背後から肩を叩かれた。
「鈴蘭 天音......だったか? ちょっと話があるから来い」
声をかけて来たのは、今朝悪魔から天音を助けた貴戸艮 亮牙だった。
「あれ......たしか二年の......」
彩葉は突然現れた人物に少し怯み、思わず声が漏れてしまっていたが、亮牙は気にせず天音を見つめた。
「わかった。じゃあ裏庭に行こっか。あそこならほかの人もいないだろうし」
天音は頷いて立ち上がった。心配そうな顔をしている惣助に対し、目で「大丈夫」と合図をし、その場を離れた。
「それで......話って?」
「天音、お前のクラスに今日転校生が来たらしいな」
二人は学校の裏庭に来ていた。周りにはビッチリと木が生えていて一部分だけ深い森のような環境になっている。人目も気にしなくて済むので、よく密談や告白の場所に選ばれるところだ。
「うん......あれ、私名前教えたんだっけ?」
「他のやつに聞いたんだ。どうしてもお前に言っておきたいことがあったからな」
「言っておきたいこと?」
亮牙の目はさっき見た時よりも鋭く、冷たい印象を受けた。
「あの転校生には気をつけろ。あまり関わらない方がいい」
「え......どういうこと?」
「朝、あいつを見かけたが......嫌な感覚がした。悪魔の気配に近いような......だが対極とも言えるような......不思議な感覚だ。あいつの正体はわからないが、お前はあいつと関わらない方がいい」
「......よくわかんないよ。なんで関わらない方がいいの?」
「お前は悪魔の気配を無意識に察知できるみたいだし、あいつと関わるとマズイことになる気がするんだ。直感だが......とにかく嫌な予感がするんだよ」
亮牙は天音に迫りながら強い口調で言った。
「あの子が、私を襲ってくるって言うの?」
「可能性はある。最近になって悪魔たちの行動パターンがより不規則になってきている。ちょうど今朝もそうだっただろう? 悪魔は活動していないはずの朝にお前を襲った。奴らはどんな手を使って人間を襲ってくるのかわからない。あいつからはとにかく危ない気配がするんだ」
「わかった......りょうが君がそこまで言うなら気を付けるよ」
天音はあまり納得できていなかったが、とりあえずこの場では首を縦に振った。
「えぇ〜!? なんで内緒なの!? やっぱり告白されたんじゃないの!?」
「ち〜がうってば!」
「じゃあ何言われたのよ!」
「内緒だもん!」
学校からの帰り道、天音は彩葉から昼間のことについて質問責めにされていた。
「まさか、あまねがここまで頑なに話したがらないなんて............よっぽどの事情なのか......」
「何を言われても喋らないからね」
「あまねって結構頑固なところあるからな......喋らないと決めたら絶対喋らないし、諦めるかー」
彩葉はわざとらしく大きなため息をついた。
「じゃあ、あたしこっちだから」
「今日も歌の練習?」
「そ、本当に引き受けるんじゃなかったよまったく」
「そんなこと言って、こうやって学校のみんなの見えないところで練習してるんだから、いろはちゃんはやっぱりすごいよ。みんながいろはちゃんに任せたがる理由もわかるよ」
「............っ! ......そんなに褒めたって何もでねーぞ!」
彩葉は顔を真っ赤にして走り去って行った。
「......いいことなんだからあんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」
天音はクスクス笑いながらそう呟いた。
そこからは薄暗い道を一人で歩き家へと向かったが、途中でふと立ち止まった。
天音の視線の先には昨日自分がなぜか眠ってしまっていた草むらがある。なんとなく気になって、また昨日自分が寝ていたのと同じ場所に座り、空を見上げてみた。
しかし何がわかるわけでもない。空をぼんやり見つめながら今日一日を回想し、いまだに色々と理解の追い付いていない自分に気づくと、自然とため息が漏れた。
「何してるんだい、そんなところで」
突然声をかけられ驚いてはねおきると、目の前には転校生の鳳珠 真祈奈が立っていた。
「あ......えっと......まきなちゃん?」
天音は昼間、亮牙に言われた言葉を思い出し、どう対応していいか困惑していた。
「こんな薄暗いとこでどうしたのさ。ここは......公園かい? でも遊具みたいな物もないし雑草が生え放題でただの草むらになってるね」
真祈奈は周りの状況を見て独り言のように呟いた。
「キミはおもしろいね。とっても変わった子だ」
「そ......そう......かな?」
「そうさ、ボクはキミにすごく興味がある。だからキミが一人になるのを待ってた」
「ずっと......ついて来てたってこと?」
「そうさ」
「それなら......話しかけてくれればよかったのに」
「いいや、キミが一人の時に話したかった。キミにとって重大な決断だからだ」
真祈奈は少し不気味にニヤリと笑った。
「キミは......」
彼女がそこまで言いかけた時、天音は目の前が真っ暗になった。