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第二話 人形の子

「親父、ハッキリ言ってくれよ」


 二人と別れた惣助は、自分の父親がいる院長室を訪れていた。


「舞花の病気は......どうなんだよ......?」


 絞り出すような声でそう聞いた。惣助の父は椅子から立ち上がり、大きな本棚の中から一つのカルテを取り出した。


「そうだな......残念だが、現在の医学ではこれ以上対処できんな。あとは病状がこれ以上悪化しないように抑え込み続けるしかない。だが、いつ急変してもおかしくない状態だ」


 惣助の父はただ淡々と答えた。惣助は血が出そうなほど強く唇を噛んだが、やがて気持ちを切り替えるかのように長い息を吐いた。


「なにかまだ方法が............」


 そこまで言いかけて惣助は口を閉じた。これが当然最大限努めた結果であることはわかっている。それを覆す方法があるなら試しているはずだ。これ以上聞くことは、医者として尊敬する父を侮辱する行為に等しいと、彼は思った。


「惣助......彼女にはまだ時間が残されている。その時間がどれだけかはわからないが、後悔のないようにするんだ、友達なんだろう?」

「............本人には?」

「いずれ言わねばならん。その時までは、彼女に悟られんようにな」


 いずれ父と同じように医者を目指す惣助だったが、こういう時の判断を医者として、人間としてどうするべきかという答えを、一生見つけ出せないだろうと感じていた。






「......なんだ二人とも、もう終わったのか? 今から行こうかと思ってたのに......」


 惣助が舞花の病室へと向かうため階段を上っていた時、ちょうど帰ってきた天音、彩葉と出会った。


「来るのが遅いんだよ! 何やってたんだ?」

「あぁ......いや、少しな」


 惣助は言葉を濁した。


「ねぇそうすけ、まいかの病気は、二ヶ月後までには治るかな? 歓迎会に来て欲しいんだよね」

「そうだね! いろはちゃん歌上手だから、まいかちゃんにも聞かせてあげたらきっと喜ぶよ!」


 彩葉の問いに対して、惣助は目をそらしてしまった。


「それより誕生日......盛大に祝ってやろうぜ! 舞花が腰抜かすぐらい盛大に! 二人ともプレゼントちゃんと用意しとけよ!」


 惣助は彩葉の問いには答えず、引きつった笑顔で声を張り上げて、階段を駆け上がって行った。


「そう......だね。わかった、とびっきりのを考えとくよ!」


 彩葉がそう言い終わる頃には惣助の姿は見えなくなっていた。


「どうしたんだろう......あいつ」


 彩葉は首を傾げたが、その時は深く考えずまた歩き始めた。


「間に合うといいけど。やっぱり歓迎会までに学校に来られるくらい治るのは難しいのかな?」

「どうかな......でも強く願ってれば叶うはずだよね!」


 彩葉はそう言って天音の顔を見て笑った。


「......あたしね、神さまっていると思ってるんだ。そうすけは、『そんな非科学的な存在なんて』って言うけど、あたしはいると思う。だから......どんなことでも叶えてくれる。ちゃんと普段から良いことをして、強く願いを込めていれば、どんな病気だってすぐ治るよね!」


 天音はそんな彩葉の笑顔に答えるように、明るい笑顔を浮かべた。






 翌朝、天音はいつもより少し早い時間に学校へと向かう道を歩いていた。


「あ、いろはちゃん。おはよー」

「お、あまね、おはよ」


 信号待ちをする彩葉に気づき、大きく手を振った。


「あまね、今日はちょっと早いんじゃない?」

「うん、なんか早く起きれちゃって」

「きっと昨日の昼にたっぷり寝たからだね」

「もー! それ言わないでよっ!」


 天音が頬を膨らませて抗議すると、彩葉は満足そうに大声で笑った。


 いつもと同じ道を歩いていたその途中で、天音はビルとビルの間の薄暗い隙間を、黒い影が横切っていくのを見た。


「......なんだろう、今の?」


 普段ならそんなに気にも止めないようなことであろうが、この時の天音はなぜかこの影の正体を突き止めようとせずにはいられなかった。


「まったくあまねは......からかいがいがあってホントに............ってあれ? あまね? どこいった?」


 細い路地へと飛び込んで黒い影を追いかける。住み慣れた街ではあるがこんなところは彼女にとっても始めて来る場所。何度もつまずきながら視界の端にかろうじて映る影をがむしゃらに追いかけていると、真っ白な広い空間に出た。


「ここ......は? あれ、なんか見覚えが......?」


 この不思議な空間にちょっとした既視感を抱いていると、離れたところで黒い影がうごめいているのが見えた。


「なんだろう......アレ......?」


 するとその黒い影は突然爆発的に広がり、あっという間に天音ごと辺りを包み込んだ。広がった真っ黒な空間の中心に、巨大な人の形をしたものが姿を現す。

 顔には大きな目が一つだけ、腕は本来あるべき位置とはかけ離れた場所からアンバランスに生え、足も左右で長さや向きが違ってバラバラだ。一目見て、誰しもが恐怖を覚えるであろう怪物が、そこにはいた。

 天音はその場からしばらく動けなかった。この状況を飲み込めず、逃げるという選択肢を思いつくことすらなかった。

 その怪物は天音を見つけると、右腕のような物をブルブル震わせながら伸ばしてきた。まるでブドウをもぎ取るように、掴んで引きちぎられる光景が天音の脳裏をよぎった。

 しかしその瞬間、その怪物の不気味な頭部が激しく燃え始めた。その様子に気をとられていると、天音の目の前に、真っ黒なマントに身を包んだ男が現れた。


「なにをボサッとしている。早く逃げろ」


 顔はフードで隠れていて全く見えないが、その声からは力強い印象を受けた。


「グォォォォォォォォォォォォゥゥゥゥゥン」


 怪物は怒り狂うように咆哮し、その男へと突進した。男はすぐ後ろにへたり込む天音の方をチラリと見て、その巨大な怪物へと向かって行った。

 そこから先は天音にはよく見えなかった。恐怖からというわけではない。恐怖も少なからずあったが、記憶がとぶようなほどではなかった。

 見えなかったのは光のせいだ。その男の拳からは目がくらむほどの眩い光が放たれていた。広がる真っ暗な空間の中で巨大な影と戦う真っ白な光。その文字通り光と影の戦いは壮絶な音は響けど、その様子を目視することはできなかった。


 しばらくして辺りは静かになった。影はバラバラになって消滅していき、真っ暗な空間は消え、いつのまにか天音はビルとビルの隙間にある空き地に座り込んでいることに気づいた。


「ケガはなかったか? 立てるか?」


 天音は男の呼びかけに小さく頷き、その手を取ってゆっくり立ち上がった。


「あの......ありがとう......えと......あなたは......?」


 男は少し間を置いてからフードを取った。意外にもその顔は、天音と同年代くらいに見えた。


「お前......どうやってあそこに入った? 悪魔が見えたのか?」


 男は天音の質問には答えず、詰め寄るように逆に質問してきた。


「え......? あの......なんの......こと?」


 質問の意味がつかめない天音は何を答えればいいのか困り、首を傾げた。


「......おかしいな............偶然なのか? たまたまあんな場所に入ってきたのか?」

「あ......えっと......なんか影が見えて......それで追いかけて来たら......」

「影......そうか............お前にも適性があるのかもな......」


 彼はあごに手を当てて考え込むようなポーズを取った。


「いいか、今のは悪魔と呼ばれる人間を襲う怪物だ」

「............悪魔?」

「そうだ、奴らは今みたいに、自分が作り出した世界に閉じこもって身を隠し、時折人間をさらっては殺している。決して人目につくことはない。奴らは何か不思議な力で自分を守っているからだ」

「それで......私も狙われたってこと?」

「ああ......おそらくそうなんだろうが、こんな明るい時間に人を襲うとはな。それに影が見えたってのも少し引っかかるが............正直、悪魔の正体は俺にもよくわかっていないところがある。俺の知らない習性がまだあるのかもしれないな......」


さすがの天音も疑うほど突拍子もない話ではあったが、ほんの数分前に自分の身に起こったことの説明をつけるには、この話を信用する他なかった。


「......それで......あなたは何者なの?」


 天音は恐る恐る、最初にした質問の返答を再び求めた。


「......ああ。俺の名前は貴戸艮 亮牙(きどうし りょうが)、その制服を見る限り、お前は上西端の生徒みたいだが、実は俺もなんだ」


 そう言って彼はマントをめくった。その服装は、天音たちが通う上西端中学の制服だった。


「えっ! 私と同じ......? 中学生!?」

「そう、お前に状況を説明するために顔を見せたし、素性も明かした。だが本来は絶対に人に知られてはいけないことなんだ。このことは絶対に誰にも言わないでくれよ?」


 そう言って彼は、周りをキョロキョロ確認しながらまたマントを羽織った。


「俺は悪魔を狩る使命を背負ってる。いわば......祓魔師(エクソシスト)ってやつに近いかな。本当は人間が巻き込まれないように悪魔を倒さなきゃいけないんだが......ギリギリまで悪魔の気配に気づかなくてな。たまたま近くにいてホントに良かった。怖い思いをさせてすまなかったな」


 彼はそう言って、天音に向かって軽く頭を下げた。


「あ......! うん、全然平気だから......ありがとね」


 天音はそんな彼の表情を見て、ようやく落ち着いてきたようだ。さっきからこわばっていた顔が、少しずついつもの穏やかな表情に戻りつつある。


「......そうだ、お前影が見えたって言ったな。実を言うと、そういう悪魔の気配を察知できるのは、一部の人間だけなんだ。だからそういう人は悪魔との戦いに巻き込まれてしまう可能性が高い。今度から、また同じような物を見たり感じたりしても追いかけずに放っておくんだ。あとは俺たちの仕事だからな」

「う......うん、わかった」


 天音は小さく頷いた。


「それじゃあ俺はこれで。結構時間たってるから、お前も遅刻しないようにな」


 彼はそれだけ言いのこし、颯爽と去って行った。

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