独りでひっそり異世界改革
この地に住んで5年ってところかな?
当時は、上司の命令、仕事内容の不満、仲間との関係が煩わしくなって、「誰もいない山奥にひきこもろう」と勢いで飛び出したんだっけかな?
いつもの癖で仕事道具だけしか持って出ていかなかったから、当時はいろいろと不便だったんだよなぁ。
人によっては「夢にみた素晴らしいスローライフ生活」なんて言われているが、やってみると超が何個もつくほど大変だった。
そらそうだ、唯一持ってきた仕事道具の中身なんて、古めかしいコイン一枚とペン、あとは黒い丈夫な外套のみ!
もっと準備なりしたら多少はマシだったんだろうがあとの祭りだ。
そんなこんなでなんとか必死で開拓やら家づくりをして、ようやっと落ち着いて生活できるまで2年かかった。
今では、自分でも驚くほどこの生活に順応できてる。
もう一生をこの山奥でひきこもって過ごして、自分だけの世界に浸っていたい。
そんな山奥生活でのあれやこれやを思い出して、独り感動と達成感、ひきこもり生活への新たな気持ちで胸の中が熱くなっている。
そういえば、なんかやたらと知っているような知らないような声が聞こえてくる。
5年もの年月、人とふれあっていないが故の障害、こんな幻聴が聞こえてくるなんてまだまだひきこもり生活に対しての順応ができてないんだろうか。
もっと気を引き締めて頑張らねばとドアを開けた。
今日は開拓した畑の手入れと、ウサギのうーちゃんの大好きな木の実がなくなったからとりにもいかないとだし、そろそろ水もなくなってきたから川から汲みにもいかないとだし……
「先輩!会えてうれしいです!……あの先輩?私の話を聞いてください先輩!そんな耳をふさがないでください先輩!ちゃんと私の話をきいてください先輩!先輩!」
幻聴だけではなく幻視まであるぞ。
昨日夜遅くまでうーちゃんのためにせっせと家を作ってたのが響いたのかな?
これは今日の予定は全部キャンセルして、温かくしてベッドに横になろう。
「先輩!ドアを閉じようとしないでください!先輩を必死の思いで探し当てたかわいい後輩の私を無視しないでください!そして私の話をきいてください先輩!先輩がいなかった5年間が私にとってどれだけさびしかったか…わかりますか先輩……うぇええええん」
と、さすがに泣かれてしまったらもう無視はできない。
現実を直視する勇気を、天におられます女神さまに祈って、改めて後輩のほうを見た。
ん?えっ?ん?お前は誰だ?
こんな金髪碧眼美少女……僕の人生の中で出会ってはいない!
でも聞き覚えのある声をしてるってことは、ん~……やっぱり誰だ?
僕の小さな脳みそをフル回転してみてもさっぱりどこの誰だかわからない。
ん~……あれだやっぱり疲れから来る病気だ!
「先輩!私を覚えていないんですか?私は先輩が助けてくれた、ノートス王国の第三王女のサティマ・ノーストです!思い出してくれましたか先輩?当時私は10歳とまだまだ幼子でしたが、先輩と一緒に仕事をしたいと思い父親の反対を押し切って先輩の後輩になったんですよ!」
そういえば第三王女に面影が似ている。
言われてみたらあの事件のあとは、よく何かにつけて僕のことを呼び出しては無為なおしゃべりの時間を過ごしていた。
その時に僕の仕事をしたいと言って、「先輩!先輩!」と言っていたな~。
懐かしいな~、あの時は鬱陶しい話にうなづいて微笑んでるだけで給料が発生したもんだ。
「先輩!なんで仕事を辞めてこんな危険な山に住んでるんですか?先輩のおかげで、ノースト王国は周辺国にはない新たな可能性を示したので、すごく栄えているんですよ!先輩の名前で発表等されていませんが、先輩がいなくなってしまったために、諸外国から新たな可能性を示してくれって絶えないんですよ!」
目立ちたくない、めんどくさい、大勢の視線が苦手、と言って発表を上司に丸投げしたんだっけかな。
僕のしたことなど、他人から見たらたいしたことないと思うんだけどな~。
そんなに国が栄えるまでのことをした覚えもない。
「先輩のおかげでいい燃料になっているんですよ!高い魔石をつかうことなく、煙も少なくいい燃料として鍛冶屋にも、民間には冬のストーブなんかにも使われているんですよ!これで焼いたお肉なども美味しいと評判なんですよ!先輩がこの世界、アースガルドを変えたんですよ!」
等々、僕を持ち上げているが、これは元の世界では100均で買えるものだ。
それよりも僕がいま作っているものと、この山で取れるものがこの発表に対する答えだ。
ここまで聞けば何を作ろうとしてるかわかる人にはわかる。
「先輩!はやく国に帰りましょ!宮廷魔術師の席はまだ残っているんですから!先輩の帰りを待っている人たちはたくさんいますよ!」
この世界に転生してからもう23年か。
長いようで短いような年月だな。
この世界を改革するようなことはあんまりしたくないけど、現代の日本に比べて圧倒的に不便であったので、当時のぼくはどうにかしたいと思ってあれやこれやとしていた。
その結果が人間不信からのひきこもりで山生活のスローライフ。
あ~山の空気はおいしい!
そういえば畑に植えてた大根もどきを早く甘くしないと!