異世界召喚~捨てられ聖女の幸福~
「ごめんなさい……」
そう、何度も繰り返す。
眠り続ける彼に届くことはないかもしれない。それでも。
美容院からの帰り道、突然、視界が激しく歪んだ。
思わず目を瞑り、うずくまる。
次に目を開けた時、私は見知らぬ場所で、見知らぬ男達に囲まれていた。
「……これはどういうことだ。なんだ、この茶髪の女は」
煌びやかな出で立ちの男の口から、不機嫌な声が漏れる。
怒りに染まった目で睨みつけられ、男の苛立ちの原因が私にあることだけは理解できた。
「畏れながら王子殿下、この方は癒やしの聖女様でございます。召喚術は成功し……」
白いローブ姿の若い男が跪く。しかし言い終える前に、王子と呼ばれた男に胸を蹴り飛ばされた。
「成功だと? 癒やしの聖女は黒髪黒目の筈だろうが!」
王子は顔を歪めて、仰向けに倒れたローブの男を更に足蹴にする。
私はようやく、私の髪色が元凶なのだということに気付いた。
「あの、私の髪、さっき染めて、地毛は黒で……っ!」
震える声で絞り出した言葉は、しかし最後まで発することはできなかった。王子に髪を掴まれ、引き倒されたからだ。
「この俺を相手に聖女を騙るとは、よほど死にたいらしいな」
王子が腰の剣の柄に手をやる。
痛みと恐怖で声も出せない私と王子との間に、よろめきながら割って入ったのは、あのローブの男だった。
「殿下、召喚失敗の責は全てこの私にあります。どうか、罰は私1人に……!」
平伏する彼の頭を、王子はギリギリと踏みつける。
「無能な召喚術士よ、今すぐ首をはねられないだけ有り難く思え。二度と俺の前に姿を見せるな。その薄汚い女もだ」
王子達が去ると、彼はようやく青ざめた顔を上げた。
「申し訳ありません、聖女様。貴女を元の世界にお戻しできれば良かったのですが……」
それから彼は、私を一人暮らしの自宅へと案内してくれた。
「召喚術は命を削る秘法。私はもう長くありません。この家は貴女の自由にして下さい。償いには足りないでしょうが……」
申し訳なさそうにそれだけ告げると、彼は崩れるようにその場に倒れ込んだ。
それからずっと、私は苦い思いと共に、眠り続ける彼に付き添っている。
そして祈る。
私が髪を染めたばかりに名誉を失い、そして今、命をも失おうとしている彼のために。
どうかこの優しい人が目を覚ましますように、と。
7日目の明け方、ベッドの傍らで眠る私はまだ知らない。
目を覚ました彼の驚きを。そして、柔らかに私を見つめる彼の瞳の色を。
お読み頂きありがとうございました。