表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

1000文字以下の短編集

異世界召喚~捨てられ聖女の幸福~

作者: 中村くらら

「ごめんなさい……」


 そう、何度も繰り返す。

 眠り続ける彼に届くことはないかもしれない。それでも。




 美容院からの帰り道、突然、視界が激しく歪んだ。

 思わず目を瞑り、うずくまる。

 次に目を開けた時、私は見知らぬ場所で、見知らぬ男達に囲まれていた。


「……これはどういうことだ。なんだ、この茶髪の女は」


 煌びやかな出で立ちの男の口から、不機嫌な声が漏れる。

 怒りに染まった目で睨みつけられ、男の苛立ちの原因が私にあることだけは理解できた。


「畏れながら王子殿下、この方は癒やしの聖女様でございます。召喚術は成功し……」


 白いローブ姿の若い男が跪く。しかし言い終える前に、王子と呼ばれた男に胸を蹴り飛ばされた。


「成功だと? 癒やしの聖女は黒髪黒目の筈だろうが!」


 王子は顔を歪めて、仰向けに倒れたローブの男を更に足蹴にする。

 私はようやく、私の髪色が元凶なのだということに気付いた。


「あの、私の髪、さっき染めて、地毛は黒で……っ!」


 震える声で絞り出した言葉は、しかし最後まで発することはできなかった。王子に髪を掴まれ、引き倒されたからだ。


「この俺を相手に聖女を騙るとは、よほど死にたいらしいな」


 王子が腰の剣の柄に手をやる。

 痛みと恐怖で声も出せない私と王子との間に、よろめきながら割って入ったのは、あのローブの男だった。


「殿下、召喚失敗の責は全てこの私にあります。どうか、罰は私1人に……!」


 平伏する彼の頭を、王子はギリギリと踏みつける。


「無能な召喚術士よ、今すぐ首をはねられないだけ有り難く思え。二度と俺の前に姿を見せるな。その薄汚い女もだ」


 王子達が去ると、彼はようやく青ざめた顔を上げた。


「申し訳ありません、聖女様。貴女を元の世界にお戻しできれば良かったのですが……」


 それから彼は、私を一人暮らしの自宅へと案内してくれた。

 

「召喚術は命を削る秘法。私はもう長くありません。この家は貴女の自由にして下さい。償いには足りないでしょうが……」


 申し訳なさそうにそれだけ告げると、彼は崩れるようにその場に倒れ込んだ。




 それからずっと、私は苦い思いと共に、眠り続ける彼に付き添っている。

 そして祈る。

 私が髪を染めたばかりに名誉を失い、そして今、命をも失おうとしている彼のために。

 どうかこの優しい人が目を覚ましますように、と。


 7日目の明け方、ベッドの傍らで眠る私はまだ知らない。

 目を覚ました彼の驚きを。そして、柔らかに私を見つめる彼の瞳の色を。

お読み頂きありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ