6話 リアーズという世界
時の流れは早いもので、それから7年の時が経った。別にこの世界について興味があったわけでもないので進んで調べようとは思わなかったがそれでもこの世界の住民として生きてけば自然と基礎的知識は頭に入っていくものだ。
まずこの世界の名はリアーズ。リアーズには5つの国からなり、ここはその一つノルマンに位置している。ノルマン国は他4つの国に比べて人種の壁が低く、迫害を逃れて亜人獣人などが他国からここに移り住むことも多い。
亜人はケモミミ、ケモシッポがあるケモ率30%の人間のような見た目で、獣人は濃い体毛に獣を思わせる頭部や四肢、二足歩行の獣といった表現が正しいケモ率70%の見た目だ。
このノルマン国の特徴としてもう一つ、「星神せいしんとの盟約」がある。初代国王レリオ・ノルマン1世が建国の際、星の神と盟約を交わしたと言われている。そのざっくりとした内容が、星の神を敬い信仰する代わりに国の窮地には力を貸してほしいというものだ。なのでこの国は国教として星神教が定められている。正直無宗教だった俺には未だ馴染めてはいないのだが蔑ろにすれば最終的に国を追われるかもしれないので形だけは取り繕っている。
だがどうやらこの盟約は有象無象のおとぎ話とは違うらしい。過去にこの盟約が果たされた時があったのだ。
100年ほど前、隣国ガレフとの戦争中のことである。数でまさるガレフの国力に押され戦況は不利に傾きつつある中、夜空に10の流星が降り注いだ。それからしばらくして星を形どった痣、星痕せいこんを持った10人の勇者が生まれる。その勇者たちは尋常ならざる力を持ち、ガレフとの戦争で一騎当千とも言える功績を叩き出し、戦況をまるごとひっくり返した。これが星の神がもたらした救済とされ、星神教はより強く信仰されるようになったと言われている。
「夜空に10の星々流れる時、すなわちノルマンへと災禍迫る時。しかして10の勇者が誕生し、災禍を鎮めるだろう」とは耳にタコが出来るほど読み聞かされた絵本の内容でもある。
そしてこの話は今まさにノルマン国中で話題となっている。というのも俺が生まれる数年前に再び10の流星が降り注いだらしいのだ。星の救済として力を受け誕生する勇者は10名。そしてその証明として肉体に星痕が現れるのは6~15歳の間。現在見つかった星の勇者は3名、残りの7名を現在国が総出で捜索しているらしい。
といっても俺には全く関係ない話になってくるのでこの話はこれくらいで割愛しておく。
この亜人族や獣人族などの人ならざる種族が存在する世界で俺は現実世界の人間と変わらない見た目の人族の子として生まれた。そのおかげで特に生活において違和感を覚えることはなくこれまでを過ごしてこれたと言える。
俺の両親は一般的な平民で農家として生活を切り盛りしている。俺も何度か手伝いをしたが、ここらへんのやり方は元いた世界と特に変わらないようだった。
ただ父は土の魔法に秀でていて、魔法を用いた耕作や除草で何倍もの効率で作業あ圧巻の一言。まさに天職といったところだろう。それに引き換え俺は土魔法の適性はないためすべて手作業で行わなければならない。跡継ぎとしては先行き暗い話だ。
ここは国の極北に位置する小さな村、ブードラット村と呼ばれている。辺境の地ということもありそこまで村の人口は多くない。だが、このくらい静かな方が俺には合っている気がする。
「おーい。レールス。お友達だよ」
これまでのことを振り返っていると父の声が下の階から聞こえてくる。
レールスとは俺の名前だ。元の名に愛着があったわけではないが、7年経った今でもしっくりとは来ていない。
「ああ、今行く」
おおよそ7歳らしからぬ言葉遣いで短く返し適当に支度をして、階段を降りる。
俺は子供らしく振る舞うという器用な真似ができないので、素の自分として今までやってきた。俺がこの世界の言葉を覚えようやく意思疎通が取れるようになって初めて両親に言った言葉が「トイレはこれから自分で行く。どこにある?」だったのは当時村中に波紋を呼んだとかなんとか。
両親の方も最初は医者に見せに行ったりで大慌てだったが、特に異常がないとわかれば「マセてる」の一言で済ませるようになった。俺が言うのもなんだが神経が図太い奴らだと思う。
階段を下り、玄関の方に向かえば、艶めかしい金髪を根本で結んでツインテールにした少女が立っていた。
「もう、遅いわよレールス。今日は大事な日なんだから遅刻なんてしたら怒られるわよ」
彼女の名はシャーリサ。村長の娘であり、俺の家の近くに住んでいる。同い年ということもあり付き合いもそれなりにある方だ。
「あれ、今日なんかあったっけ」
「あなたねえ……」
呆れたように双眸をジト目に変えてシャーリサは言う。
「今日は教会で、スタテイスを開けてもらう日でしょ? 今日を逃したらまた5年後なんだからね!」
「ああ、そっかそっか。そういえば今日だったんだな」
とぼけたように頭をかいてお茶を濁す。
この村では5年おきに教会に星神教のお偉方が来て7歳以上の子にスタテイスを開けられるようになる儀式を行う。
スタテイスとはその者の能力を具体化したもので、そこには筋力や魔力のパロメーター、魔法の適性、所持スキル、挙句の果てにはレベルなんてものが記載されている。
要するにステータス画面と言うやつだ。このステータスならぬスタテイスを両親に見せられた時は初めて魔法を見た時同様に唖然とした。異世界は異世界でもゲーム風異世界とくるとは予想外も甚だしい。だがすでに異世界転生という時点でぶっ飛んだ展開であるためそういうものなのだろうと受け止めておく。
そんなわけでそのスタテイスを開けられるようになるため今日はシャーリサと共に教会に行くことになっていた。別に一人で行っても良いのだがシャーリサが言うに「レールスは絶対寝過ごして、5年後も寝過ごして、結局スタテイスを開くことのないままおじいさんになっちゃうから私が連れてくの」とのことだ。残念ながら否定はできない。
このスタテイスは確かにこれからの生き方を決めるために重要な要素となる。筋力や魔力の数値が高ければ冒険者や騎士のとしてその道に進むことを志す者もいるだろうし、所持スキルに【目利き】【鍛冶の心得】などがあれば鍛冶屋で武器を作ったりアイテム鑑定で生計を立てることもできる。
要は己の一生を左右する適職診断とも言っても差し支え無いだろう。
「俺はどの道父親の仕事継ごうと思ってるから見なくてもいいんだけどな」
「そんなこと言って。土魔法の適性ないんでしょ? 家業は弟くんに任せてレールスは自分の得意なことをすればいいじゃない」
「新しいことを始める気力はあんまないんだよ。土魔法が使えなくてもできないことはないし」
スタテイスを見なくても俺には土魔法の適性がないのがわかっている。その理由の一つが、父から教えてもらった基礎的な初級土魔法を扱えなかったことだ。初級魔法は専門書などを用いなくても口頭で説明できるほど単純なものだ。それが扱えない時点で適性がないかめちゃくちゃ不器用かの二択。できれば後者であってほしいが魔法以外はそつなくこなせているので可能性は絶望的だろう。
2つ目の理由は頭髪だ。髪の色によっておおよそ適正のある属性がわかる。火なら赤、水なら青といった具合に適性の一番強い属性の色が頭髪に現れる。かくいう俺は白、一切の汚れもなく透き通るかのような白一色の頭髪だ。ちなみに白に対応する属性は存在しない。なのでその頭の色から俺はこの村では割と有名人だったりする。
「その年で夢も希望もないな~。男の子なら世界一の剣豪になるとか宮廷魔術師になるとかさ。大見栄きってもいいと思うんだけど」
なんて話を適当に交えながら俺たちは協会に向かっている。村の外れにある教会はゆっくり歩いても十分もかからない。しばらく進んでいくと教会前の噴水にて村の子供達十数人が屯している様子が見えてきた。




