3話 スター・ブレイヴァー2
今度は俺の方から仕掛ける。遠距離カードを選択し、風属性魔法「フォイザー」を発動。かまいたちの如く圧縮された空気の刃が相手に一直線に突き進む。
「そいきたぁ!」
だが、その瞬間巻島の勇者が跳躍、くるりと空中で翻り、俺の勇者の真ん前に降り立つ。もちろん風の刃はその跳躍によりかわされてしまった。今距離はほぼ0に近い。
「……っ、」
すばやく右に指を滑らせ回避。間一髪のところでコンマ一秒前に繰り出された近接攻撃をかわす。
「ここで避けるとは、ほんとグズのくせに反射神経だけはいいよなあ!」
俺は間髪入れず近接カードを選択し攻撃を繰り出す。相手はまだ攻撃モーション中でこれを避ける術はない。
近接カードを2枚選択し、騎士剣による二連撃。体力の3割ほどのダメージを与え、巻島の勇者は大きくのけぞる。
「おっと、やるなあ。だがおかげで溜まったぜ……!」
巻島の勇者が距離をとり、剣を収めてなにかの構えを取る。その前には円形の魔法陣が展開し、あたりの風がそこに集約していくようなエフェクトが発生する。
画面下方を確認する。補填されたカードの中に金色のカードが確認された。これは近接、遠距離、特殊のいずれでもなく、EXゲージが貯まると自動的にドローされる必殺技カードである。おそらく巻島もそれを選択したのだろう。先程の一撃を回避したため避けることはできない。俺も相手にかぶせて必殺技を選択するしかないようだ。
俺の勇者の剣先が黄緑のライトエフェクトで包まれる。オーラが剣を包み、剣そのものを巨大化させ、それを力の限り振り下ろす。
【サイクロンソード】。低レアリティ特有のエフェクトだけを変えたモーション使い回しのチープな技だ。だがこの必殺技も専用アイテムで最大のレベル10まであげている。これならば5つ星の必殺技といえど容易く力負けすることはないはずだ。
魔法陣から放たれた風の粒子砲を碧の剣が断ち切るようにぶつかり合う。必殺技同士のぶつかり合いは遠距離とは違い相殺しない。
かち合いと同時に表示される伸縮するゲージを100%に近くなるように止め、相手と最終的なパーセンテージを競うのだ。高い方が必殺技同士の競り合いに勝利し相手に大ダメージを与えることが出来る。
全神経を集中して俺は伸縮するメーターを最大のところで止める。98%……かなりいい数値が出た。そして巻島は76%。
しかし直後、属性練度ボーナスとして両者の数値に補正が加えられる。同属性の必殺技の場合、属性値による補正が入るのを失念していた。
俺の勇者の属性値は23%。対する巻島のはというと43%。5つ星にしてはそこまで高いとは言えない属性値だがそれでも2つ星勇者の貧弱な属性値には圧倒的な差だ。
その数値が補正として加わり、最終的なパーセンテージは俺が106、巻島が118。
「ほっ……」
巻島が胸をなでおろしている。
風の粒子砲は俺の勇者を飲み込み一撃でライフを0にした。さすが5つ星の火力と言えるだろう。
爆散エフェクトのあと風の勇者は文字通り風に還り、その残滓だけが淡いゆらぎとしてフィールドに残り続ける。
次に使う勇者を選択する。俺は先程の水の勇者を再度フィールドに登場させる。水は癒やしの属性という鉄板をこのゲームも踏襲しており、水属性の勇者の多くには控え中ライフ回復というユニークアビリティがある。おかげでささやかではあるが俺の勇者もライフが6割ほど回復している。
「あと二体」
巻島がニッと笑う。すると目の前には先程の巨腕の勇者が立ちはだかっていた。もう交代可能となったのか風の勇者を引っ込め、あてがうように先程の土の勇者を再登場させたのだ。
「プレミったなあかちん。水の勇者を出したら俺だって土の勇者を出すに決まってんだろ」
「……」
巻島が怒涛の攻撃を始める。俺はそれに最大限の対応をするが、もとよりあるレアリティの差、そして属性不利が重なればもはやそれは戦闘とは呼べず一方的な虐殺だった。ものの20数秒で俺の勇者は倒され自動的に最後の勇者が選出される。
「おいおい。よりによって最後の希望が0星かよ!! 道化としては最高だなあかちん」
俺が選出した最後の勇者はブランクという名の勇者だ。レアリティは全キャラ中唯一の星無し、0星だ。だがこのキャラはある意味5星のキャラクターよりも珍しい。星の数とガチャからの排出率は反比例しているのだ。
通常の召喚石を用いたガチャからは排出されず、フレンドキャラを借りたり貸したりする際に発生するフレンドポイントで回すことが出来るコモンガチャのみから出るのだ。
その排出率は明かされてはいないが、有志の解析によると0.05%をきるとされている。
「一撃で捻り潰してやるぜぇ」
再度の猛攻。近接アーツの選択。
俺はこの時のために温存していた特殊カード【ガード】を選択。
「だからこいつにガードは聞かねえと言ってるだろッ!!」
土の斧勇者には【ガード無効】のユニークアビリティがあるのは初戦で証明済みだ。俺もそれを忘れていたわけではない。だがこれでいい。これ(・・)がいいのだ。
JUST!のエフェクトと共に金属の擦れ合う甲高い音が響く。俺の勇者は防御には心もとない小ぶりのバックラーで敵の戦斧を弾き返していたのだ。つまるところジャストガードによる【パリィ】の発生。【ガード】の効果が無効化されずに発生したのだ。
「な、にい!?」
パリィにより土の勇者は体勢を大きく崩す。俺はその隙を見逃さない。残りの手持ちカードは近接が2枚遠距離が1枚。俺はそれを惜しむこともせずすべて選択する。
「まず1体」
バックラーの裏側に収納されたゆるく湾曲した刀、シミターをその手に携え、俺の勇者は一閃二閃と相手を十文字に切り裂き、最後のダメ押しと言わんばかりに腰に携えた爆弾を放り投げる。K.Oの文字が浮かび上がり敵の満タンだったライフバーが一瞬で0となった。
「は、はああ!? てめ、なんだそりゃ……」
巻島があんぐりと口を開け事実を飲み込めないでいるが戦いの盤面はそのまま進み続ける。続いて現れたのは先ほどの風の勇者だ。
巻島は未だ先程の衝撃が尾を引いているらしく、自分からは攻撃を仕掛けてこない。なので今度は俺から攻める。
次いで補填されたカードは近接三枚と遠距離一枚。先程と同じく近接を始動として仕掛ける。
「なんなんだよお!! その0星は!!」
ハッとして、回避を行う巻島は遠距離カードの風の魔法で反撃。だが俺も回避を入力し、それをかわす。
二枚目の近接カードを選択。どうやら特殊カードは手元になかったらしく跳躍でいなされることもなく攻撃はヒットした。
「さっきのお前が倒した二体の勇者」
「あ!?」
「あいつらのユニークアビリティだ。風の勇者は倒された時4つ星以上の勇者に防御力低下のデバフ、そして水の勇者は倒された時2つ星以下の勇者に攻撃力アップのバフをかける」
「死にバフってやつか……だがそれだけでこんな火力を0星に出せるわけ……」
「0星のユニークアビリティがさらにステータスを底上げする。弱点属性以外から受けるダメージを半減。さらに弱点属性以外の属性へのダメージを2倍にする」
「ばかな!? Wikiの情報じゃ0星にユニアビは存在しないはず?だろ」
「限界突破をした。もちろん【英雄の証明】が必要になるからwikiにも載ってないんじゃないか」
【勇者の輝石】によって4段階目まで潜在能力開放することで新しい機能が追加される。それが限界突破と呼ばれるもので【英雄の証明】を素材にすることで星の数を一つ増やし、ステータスを底上げすることが出来るのだ。
この【英雄の証明】というアイテムは入手難易度が非常に高く、PVPのランクマッチシーズン上位100名にしか配布されないという激レアアイテムなのだ。もはや実質あってないもので限界突破後のステータスもほとんどwikiに出揃っていない。
それが手に入れられないプレイヤー達の禍根となり運営へのひっきりなしの抗議や、低評価レビューの原因ともなっていたりする。俺は前回のランクマッチで運良くその28位に入り、手に入れることができた。
おそらく殆どの者が5つ星の勇者に使ったレアアイテムを俺は0星の勇者に与えてみた。理由は特にないが、強いて言うのなら0星が限界突破をしたらどうなるのだろうという好奇心に誘われたから、といったところだろうか。
限界突破をしたが0星は1つ星にはならず、0星のままだった。だがその代わりにユニークアビリティ2つが追加された。一つは先程述べたものだ。
「まさか……じゃあさっきガード無効を無視できたのも……」
「ああ、もう一つのユニークアビリティ。それが【ユニーク・ブレイカー】。対峙した相手のユニークアビリティを無効にするものだ」
「んだそりゃあ……んなもんチートじゃねえか」
残りの近接と遠距離カードを連続して叩き込む。巻島の勇者のライフゲージは残り2割。そしてタイミングよくゲージが貯まり、必殺技のカードがドローされた。
「2体目ッ」
バックラーとシミターによるコンビネーションアタックが繰り出される。殴打、斬撃、殴打、斬撃。最後に上方に切り上げる形でフィニッシュ。二体目の勇者を撃破した。
「~~……ッ!!」
溢れ出る怒気が巻島の顔面を紅に染め上げる。浮き出た血管と引きつった笑みで爆発寸前らしいが、僅かな理性がそれをギリギリのラインで押し留めているようだった。
「や、やるじゃねえか……雑魚なりの工夫ってか? 確かにそりゃ盲点だった! だがなぁ」
巻島の手持ち、最後の勇者が選出される。そこには黒と白の翼を携えた魔人、否、魔神が降臨していた。
「結局は最強の力でんなもんはねじ伏せられるんだよなあ!!」
現状魔人族最強と歌われている星5勇者。名を『ルシウス』。ゲームバランスを大きく崩す圧倒的な性能のせいで最初のフェス以来復刻されていないぶっ壊れキャラクターだ。その壊れているとされる所以が特殊カードの性能だ。
「さあ……いくぜぇ!」
ルシウスの特殊カードが選択され、虹色のオーラが発せられる。
これがルシウスの全能の力。特殊カードを選択してから25秒間自身の属性に光、火、水、土、風を与え、相手の属性値を半減させるというものだ。
ルシウスの属性は闇、そこに5属性が加わり全属性を持つようになる。さらに相手の属性値を下げることで自身の受けるダメージも下げる効果があるのだ。
「さて、もうお前はもう回避はできねえ。これがどういう意味かわかるな?」
「……、」
「お前の0星は弱点属性以外のダメージを半減。しかし複数属性の場合、その中に1つでも弱点属性があれば、ダメージは等倍で受けるってわけだ! 今のルシウスは全属性を持っている! 逃げ場はねえぜ、このまま一気に削られててめえは負けだぁ!!」
巻島がカードを選択する。遠距離が2枚、そしてゲージが溜まったのだろう必殺技が1枚。
モノクロの翼から弾丸のような羽が射出される。それを受け、俺の勇者のライフゲージが削られていく。畳み掛けるように必殺技。炎と水と風と土と光と闇が巨大なエネルギー球として収束し渾然一体となって襲いかかる。無論、それを避ける術はない。
虹色の波動が巨大な砲弾となって俺の勇者を飲み込んでいった。
◇ ◇ ◇
「んな……!?」
必殺技のど派手なエフェクトが消え、巻島が目を見張る。その画面の先にはライフバーを4割ほど残した俺の勇者が立っていた。あれだけの攻撃を受けてなお健在。それが信じられないようで、しばらくワナワナと震えている。
「な、なぜだ。今の攻撃、全属性が集約された一撃だぞ……お前の0星の弱点属性も含まれ……あ、」
そこで、なにかに気づいたように口元を抑える巻島。
「あ、……そうか、お前のそれ、属性が」
俺はコクンと頷いて肯定の意を示す。
「無属性……くそ、くそ! ならそもそも弱点属性なんてねーじゃねえかよ!! ふざけやがって!!」
0星の特筆すべき点は星の数だけではない。全勇者で唯一の無属性に属するキャラクターなのだ。弱点属性もないが有利属性もない。低レアリティの勇者は素のスペックが低いがゆえに有利属性でもなければ火力を出せないため、この唯一の無属性という特徴はデメリットでしかなかった。
だが限界突破を行いユニークアビリティを得たことで、そのデメリットが払拭されるどころか全属性へのアドバンテージも得たのだった。
俺は半ば戦意を喪失している巻島に反撃を開始する。選択するカードは……
「らぁっ!!」
そこで視界が衝撃とともにがくんと揺れた。
殴られた? 頬に走る痛み、崩れる体勢。俺の視界の端で手放されたスマホがくるくると踊る。
「手はだしてないぜ? 今のは肘だ」
取り巻きAがケラケラと笑いながら倒れた俺を見下ろす。
「は、ははは! そうだな手は出しちゃいけねえとはいったが肘は駄目なんて言ってねえもんな。あかちんよお……その警戒をおこたったお前の落ち度だぜ?」
巻島は取り巻きの出過ぎた行動を止めもせず、そう言い捨ててスマホを操作し続けた。同じく地面に転がる俺のスマホには動かなくなった俺の勇者を延々と攻撃し続けるルシウスが映っていた。
スマホを取ろうと腕を伸ばせば、取り巻きBがそれを妨げるため俺の手を踏み潰す。
「ぐ……っ」
「足も出しちゃいけないなんて言ってなかったよなあ?」
グリグリ踏みにじられる手の甲が鈍い痛みを伝えてきた。そして、その間に戦いの決着はつく。
「は~い残念。今回も俺の勝ちぃ!」
「さっすが巻島さん。今回も圧倒的でしたねえ」
俺のスマホにはKOの2文字が見える。負けたのだ。また今回も同じように。
「さて、と。男に二言はないよな。あかちんのキャラ貰うぜ?」
「……、」
巻島が俺のスマホを取り上げて勝手に操作を始める。
「お、あったあった。こいつな」
お目当ての勇者を見つけ、俺のアカウントから奪い取っていった。
「もう満足した、だろ」
「あ?」
立ち上がり手を伸ばし俺はスマホを返せのジェスチャー。だが、そこで返されたのはニタリと何かを企んでいる嫌な笑みだけだった。
「あんなチートを堂々と使うのは友として見逃せねえよ。ちゃんとフェアな勝負しなきゃ駄目だぜ?」
また何回かタップ操作を繰り返し、ようやく巻島は俺に手渡してきた。
受け取ったスマホには売却場の画面で『0☆勇者ブランクを売却しました』というアナウンスが表示されていた。
「……」
「正々堂々と戦えるようにチートは売っぱらっておいたぜ。俺が預かっても良かったんだけどよ、3つ星以下はトレード不可だからよ」
なるほど。この男にここまでさせるほど、0星の力は絶大なものだったらしい。
そう考えれば少し愉快な気もした。だから俺は、
「そうか、じゃあまた当てないとな」
そんな風に小さく呟いてみせるのだった。
「てめっ話きいてたのか――」
巻島が俺の態度にカチンと来たのかつかつかと歩み寄って胸ぐらを掴む。
息が苦しい。それ以上にこいつが見苦しい。
「おい、こんなところで何をしている。お前ら」
そんな時、割って入る声が聞こえた。どこかで聞いた声だ。
「巻島と赤霧じゃないか。この状況は……」
屋上のドアを開けそこに立っていたのは黒羽夜継。我らがクラス委員長だった。
よろしければブクマ、評価お願いします。




