五.《その手を取った。》
リクの自己紹介、
漢字の名前に修正しました。
半ば馴染み始めた感覚が足の裏に走り、風が止む。硬い感触がしたと思ったら、目の前が一瞬、暗くなり、フラついた。
そして、また、倒れることなく、誰かに肩を支えられた。
顔を向ければ、やはり、そこには先ほどの白い髪の女性が居て、同じ部屋の中で俺を支えてくれていた。
「どうも」
「おや、やはり凄いですね。大神の移動に気を失わずに立っていられるなんて」
褒められているのかよく分からないが、自分より背の低い女性に支えられている時点で、俺としては自分が情けなくなる。
「リク、さっきは僕が動転してたのかも、紹介が遅れてごめんね。この子はセイ、北の巫女をしてる。セイ、こちらはリク。過去から来た方だ」
「リク、私は北を守る巫女、セイと言います。宜しくお願いします?」
「何故、疑問符がつく?いや。鬼頭陸です。セイさん、宜しく」
「セイは少し言葉が不便なんだ。今ので合ってるよ、セイ」
「良かった。リク、私のことは、セイ、でいいですよ」
「分かった、セイ。ところで、北の巫女って?」
「それも、後で話すよ」
「大神の渡りに耐えれるってことはリクも力持ちですか?」
力持ち?腕力には少なからず自信はあるが、今の会話だと、そういう意味ではないよな?
そんなことを思っているうちに、顔を布で隠した女性たちに誘導されて、椅子に座らされ、靴を脱がされ、赤い衣服を脱がされていった。
元の服に戻って、少し体が楽になった気がした。ま、気のせいだろ。
身体を伸ばして、一呼吸すると、先に服を脱ぎ終わっていたヒビキが、セイを連れて黒い扉に向かう姿が見えた。
追いかけていくと、ヒビキが振り向いた。
「急がなくても、置いていかないよ?」
なんだ、まるで人のことを迷子の子供みたいに言うな。心外な。
そのまま歩くと、黒い扉だと思っていたのは通路の入り口だった。塗りつぶしたような黒。
そして、何故かまた手を差し出してきた?
「廊下は暗いから」
「何が嬉しくて、少年と手を繋がなきゃいけないのか」
「では、私と?」
セイも手を出してきた。
「女性にエスコートされるなんて、男性として恥ずかしいので、お断りします」
「ふうん、ま、いいや」
少し意味ありげな言葉を残してヒビキが部屋を出る。
それを見ていた俺を促すように、セイが右手で出口を示した。
近づくと、その異様さが分かった。
部屋の明かりが暗いからかと思ったが、そうではない。出口の先は黒い。まるで黒い壁があるかのように何も見えない。
それでも、一歩出れば違うのかと思えば、やはり、何も見えない。
「・・・ヒビキさん、助けて」
くすっと笑う声がした。
ぬっと手が現れ、ヒビキが見えた。
「やっぱり、見えない?ツカサが見えなかったから、リクも見えないだろと思ったんだ。どこまで見える?」
「ヒビキの左側は見えないな」
すぐ目の前で右半身をこちらにするヒビキの左側が見えないということは、一メートルも先が見えないことになる。
「そうか、なるほど。うん、行こう」
差し出された手を今度は素直に取る。
「お願いします」
一寸先は闇。正しく、言葉通りに具現化したような空間だった。
目隠しをされているわけでは無い。
誘導する小さな手と僅かにその腕が見えるのだ。だが、その先は黒。僅かな影すら見えない。
ふと、似たような場所に思い当たった。
「ここは、あの空中の建物と同じ回廊なのか?」
白い霧のような場所。ヒビキの手だけが頼りだった場所。
「同じではないけど、似たようなものだね。あの部屋も知らない人に入られると困るから、ここも制限を掛けてる」
何でもないことのようにヒビキが答えた。
やってることは理解し難いことなのに、ヒビキだから普通のことと、思ってしまうのは、慣れてしまったからか。
目が覚めて、数時間で、この慣れ具合は異常のような。俺の適応力、どんだけ柔軟なんだ。これも日本人気質か?いや、俺だからか。
あ、
くぅぅぅ・・・
暗闇に響く腹の虫。
「あ、」
そういえば、起きてから何も口にしてないな。
「僕もお腹空いた。丁度良かった。次の部屋に用意してもらってるから、一緒に食べよう」
歩く速さが若干速くなったような気もするが、食事の支度がされてるのは、嬉しいな。
「ありがとう、ヒビキ」
唐突に目の前が明るくなった。
思わず目を瞑り、それだけでは足らないとばかりに身体は勝手に動き、手で瞼を覆った。