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二三.《瞼が重く感じた》

 チリン、、チリン

 鈴の音が聞こえる。鈴?

「うわっ!」

 起き上がると、部屋の灯りがついていた。

 チリン

「は、はいっ、どうぞ」

 入り口まで数歩だったが、そこへ行く前に布が開いて、ナーナさんが現れた。

 手には湯気が立つ器を乗せたお盆。

 夕飯を持って来てくれたみたいだ。

「ナーナさん、ありがとうございます。夕飯ですね。あ、そうだ、ナックワはどれですか?」

 お盆を受け取りながら、聞くと、大きい方の器を指差して「この紫色の丸い野菜です」と答えてくれた。

 見えてるよね?

「あの、この赤いやつはなんですか?辛いですか?」

 小さい器には蒸された主食のパンみたいな饅頭が湯気をたてていて、その上に今まではなかった赤い粒々したものが掛けられていた。

 一味唐辛子を思わせるような赤さで、小さい魚卵、直径一ミリ程度の大きさだ。辛いのは少し苦手なんだけどな。

「ランは辛く無いです。少し甘味のある藥菜です。身体を温める効果がありますが、取りすぎると副作用が起きます」

「やくさい?薬草の野菜版?」

「ランは茎も、葉っぱも実も根も全て薬になります。昔は野菜でしたが、一代前の北の巫女が効能を見つけられ、藥菜と言われるようになりました」

「へえ、なるほど。ありがとうございます。いただきますね」

 ナーナさんは軽く礼をして、部屋を出た。

 部屋の左側にある低めのテーブルにお盆を置いて、絨毯に腰を下ろす。

「いただきます」

 寮生活の時は言ってなかった言葉。慌ただしく、食事を掻き込み、急いで移動する。課題に追われて、たまのデートの為に徹夜して課題をこなして、アルバイトして、ゼミに入ったら研究室に篭って、デートして。あ、奈津に会いたいな。

 ナックワの味は奈津が作ってくれた煮物の里芋みたいだった。


 奈津を思い出させてくれた食事を食べ終わり、とうもろこしみたいな味のお茶を飲んで、休んでいると、鈴が鳴った。

「どうぞ」

 薄紫色っぽい布から顔を出したのは、セイ。

「こんばんは、今、大丈夫ですか?」

「大丈夫」

「明日、村に行きませんか?」

 布から顔だけを出したまま、セイが意外な提案をしてきた。

「行ってみたい、けど、サカエさんの勉強会は?」

「お疲れが出たようで、明日はお休みになりました」

「え、大丈夫なの?風邪引いたんじゃ?」

「大神が判断されました」

 保護者判断されたのか。

「それは、仕方ないな。明日はどうすればいい?」

「朝食の後にホールで待っていてください。支度はナーナに頼んでおきます」

「分かった」

「では、お休みなさい」

「お休み」

 手を振ると、セイが少し笑ったように見えた。

 布の向こうにセイが消えたので、お盆を片付けようと、立ち上がると、鈴が鳴った。

「はい、どうぞ」

 お盆を持って入り口まで行くと、布からは、やはり、ナーナさんが現れた。

 ナーナさんはどこかで見てるんじゃないだろうかと疑いたくなる程、絶妙なタイミングで食べ終わった皿を取りに来る。

「ナイフは明日、戻られてからお持ちします。お膳を取りに参りました」

「そうですね、もう遅いですし、ナイフは明日、お願いします。いつも、ありがとうございます。今日も美味しかったです。ご馳走様でした」

 お盆を受け取ったナーナさんがこちらを見上げてきた。

「このまま、お風呂へ行かれますか?」

「あ、そうですね、入りたいから、このまま向かいます」

「では、一緒に参りましょう。先程の風で、灯りが少々暗くなっております。足元にお気をつけください」

「はい、わかりました。あ、お風呂の前にトイレに行きたいです」

「承知しました」

 着替えとかは部屋に置かれていないので、何も持たずにお風呂へ行く。

 廊下に出ると、もう一人、ナーナさんと同じ格好の人がいて、俺にお辞儀をした。

「本日より、ノンナもお方様の案内役となります」

 そう、俺は名前を名乗っているのに、お方様と呼ばれている。

「ノンナです。宜しくお願いします」

 ハイボイスだけど、男の子?

 ノンナさんが一礼した。

「鬼頭陸です。宜しくお願いします、ノンナさん」

 こちらも一礼したいが、ナーナさんのこともあるので、止めておく。

 初めての時、挨拶でナーナさんに礼をしたら、「滅相もありませんっ」と言って、土下座してきたから、慌てて「止めてください」と言いながら肩を取ろうと手を伸ばしたのに、スッと躱されて、追いかけても、躱されて、どうにもならなかった。その時のヒビキは笑って何も言ってくれないし、サカエさんの合図で、セイがナーナさんの土下座を止めてくれた。本当に俺はただの人なのに、サカエさん達と同等な扱いはしてほしく無いんだよ。伝わってないけど。

 お風呂とトイレまでの行き方は分かる。比較的、直線で、突き当たり付近にあるから。暗くても、他の部屋と間違えない。何故なら、お風呂とトイレだけ木の扉があるから。

 辿り着いた扉をナーナさんが開けてくれる。

 人に扉を開けてもらうって、なんだか擽ったい。しかも、トイレの扉を、・・・。うん、恥ずかしい。

「ナーナさん、ノンナさん、お風呂まで、一人で行けるので、待っていなくても大丈夫です」

 言ったものの、二人からは首を振られた。

 待たれるのも、恥ずかしい・・・仕方ない、気にしないことにしよう。

 さっさと済ませて出ると、二人が控えていた。ナーナさん、お膳を持ってない・・・どこかに置いて来たのか?お風呂はそんなに離れていないから、待ってなくても良いのに。

「お待たせしました。お風呂まで、お願いします」

 本当にすぐ近く、五メートル行くか行かないかくらいにすぐ近くの扉まで、案内される。

 扉をナーナさんが開いて、ノンナさんが二重扉の内側の扉を開けて中に入って直ぐ扉の脇に控え、俺が入ると一礼をして出ていった。

 初めての時は、ナーナさんが一緒に入ってきて「お手伝いいたします」と、近づいてこられたから、驚きながら、丁寧に辞退した。お風呂の入り方を聞いて、あとは、お引き取りをお願いした。見る物も入り方も初めてで、置いてある物や、部屋の構造とかを見ていたら、風呂場でのぼせかけた。脱衣所で少し火照りを冷まして、通路に出たら、ナーナさんが待っていた。次の日からは待たさないように早めに上がることにした。

 脱衣所もいつもより暗めだ。が、物が見えるから、問題はない。

 脱衣所も土足禁止、入り口にあるマットの上で履き物を脱ぎ、浴室の扉近くの棚まで、板張りの床を数歩歩く。

 誰が準備してくれるのか、入る時は木桶に布、飲み物が準備されていて、出て来ると、身体を拭く布と、着替えが一式準備されている。うん、至れり尽くせりとはこういう事なんだろうな。

 今も、棚の上には木桶と布、飲み物、脱いだ服を入れる籠がある。

 狭めの空間だが、圧迫感がないのは、天井までが高いからだろう。

 服を脱いで、軽く畳んで籠に入れる。浴衣、端に紐が付いた布を腰に巻き、紐を括る。木桶に布と飲み物を入れて、小脇に抱え、浴室への扉を開ける。

 ムワッとする熱気を感じる。

 入って直ぐは一メートル四方の踊り場で、扉の上の壁に小さな箱の灯りが掛けられている。

 浴室の灯りは間接照明ではない。四方の壁に掛けられた小さな箱が鈍く光っている。灯りとしては暗めだが、本を読むわけではないし、足元を見る灯りとしては充分だ。

 お風呂場に入ると上に上がる階段が五段あって、登ると一段下がる。右に五右衛門風呂みたいな釜を石で囲っていて、中に湯が並々と張られている。これは出る時に汗を流すためのものなので、身体を洗ったりはしない。

 その横に水が張られた大きめの木桶が置いてある。湯が熱かったら調節するためのもの。

 左の壁沿いに腰掛ける場所がある。数人が座れる長さなので、おそらく、普通は複数人で利用するのだと思う。一人で入るのは気が引けるが、一緒に入ってくれる人がいないから、逆に楽しむことにする。

 腰掛ける場所は簀の子のように、少し隙間を開けて、板が張られていて、隙間から、蒸気が登っている。仄かに薬草を思わせる香りもある。好きな部類の香りなので、上がった後もしばらくはこの匂いに癒されている。

 冷え切っていた身体も、五分くらい経てば、全身から汗が流れ落ち始める。

 飲み物を飲む。

「甘い?」

 とうもろこしのお茶ではなかった。

「あっさりした甘さだ。美味しいな」

 飲み物をゆっくり飲み干して、立ち上がる。

 本当は脱がないんだろうけど、浴衣を脱いで、棚っぽいところに布と一緒に置く。

 五右衛門風呂から湯を掬い、熱さを調整して、頭から被る。もう一杯温度を調節した湯で上からでは掛からない場所や足の指を洗う。

 布で滴を適当に拭って、脱衣所に戻る。温度差が心地良いが、用意された布で手早く拭いて、服を着る。

 甚平のような服を着て、胸に付けられた紐で止める。下着もズボンも腰部に通された紐で縛るタイプ。マントのような広い布を体に巻く。

 髪の毛は少し湿っているが気にせず、雫を拭いた布は軽く畳んで浴衣と一緒に籠に入れた。

 履き物を履いて、通路に出ると、ノンナさんが居た。ナーナさんは居ない。

 部屋まで戻るだけだから、案内も要らないんだが、「お方様」には必要のようだ。

「お方様、ご案内いたします」

 一礼したノンナさんが歩き始めた後ろを付いて歩く。

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