二一.《鈴が揺れて鳴っていた》
セイが返事をすると、布を開けて入ってきたのは、身軽になったサカエさんだった。
「邪魔したかな?」
「いいえ、大丈夫です。ツカサは大丈夫ですか?休まないと怒られますよ?」
一瞬、肩をすくませたサカエさんは、部屋履きに履き替えて俺の横に腰掛けてきた。
「ヒビキに怒られるんじゃ?」
サカエさんは俺を横目で見ると、口を尖らせた。
「過保護なんだ。心配性の響は誰かが倒れるのを見たく無いから、過剰に反応してるんだよ。私は大丈夫だと言うのに」
「じゃあ、間を取って、少ししたら部屋に戻りましょう」
「陸もか!全く、私はそこまでひ弱くないぞ。第一、ここでも休める」
でもねぇ、ヒビキが突然現れるくらい監視の目を光らせているのだから、心配するでしょ。
「はいはい、分かりました。今日は、お休みの日ですよね。勉強は無しでお願いします。あと、飲み物、貰ってきますね」
履き物を履き替えて、入り口を抜け、廊下側の布を開いたら、目の前にナーナさんがいた。
壁から伸びる紐を手にしたナーナさんが薄い布漉しにも分かるほど、目を見開いて驚いていた。
「ナーナさん、驚かせちゃいましたね、すみません。あ、それはサカエさんの飲み物ですか?受け取ります」
木のトレイをナーナさんは渡そうとしてくれなかったので、若干奪い気味に、受け取る。
「ありがとうございます、今晩の料理にナックワが使われるって聞きました。楽しみにしてます」
決して、媚を売っているわけではない。感謝を込めて、笑顔で言ったのに、何故かナーナさんは恐縮した様子で首を振り、また、慌てて一礼してから、去っていった。
部屋に戻り、履き物を履き替え、飲み物をトレイごとサカエさんに渡す。
上目遣いのサカエさんは左手を顎に当て、ニヤリと笑った。
「マダムキラー、陸。ん、いい感じのタイトルだ」
「何を創作するんですか、サカエさん」
椅子に座る俺にサカエさんはコップを持ち上げながら言った。
「まぁ、あれだ。娯楽となる、読み物かな」
本気か?本気なのか?そのタイトル、危ないよな、あーる指定が入りそうなタイトルじゃないか・・・、こんな想像をする俺がおかしいのか?
「娯楽はいい物だと、大神が言っていました」
言葉に不慣れなセイはタイトルに何も言わない。うん、分かってる。仕方ない。
「サカエさん、本気で、作るつもりですか?」
「本気、マジと書いてホンキと読む。あれ、反対だったか?」
漢字は忘却の彼方ですね。
「日本語で?」
「ん?現地語で」
現地語を知らない身としては、深くは突っ込めないが、しかし。
「サカエさん、変な言葉を作らないでください」
「変な言葉?って、陸ったら、何を想像したのかなぁ?お年頃?ある意味、健全だねぇ」
健全って、何がですか。
「男と女が通じ合わないと、子供はできない。それは、つまり、エロがなければならないという事」
「・・・、はっきり言いますね、セイも居るのに」
「はん?ここの性教育は早いのよ、エロくらいで、たじろぐなんて、ウブなの?」
サカエさんは、はっと、口に手を当て
「もしや、陸、童っで!痛い、叩かれた」
「サカエさん、デリカシーに欠けてます。女性が言っていい単語では無いと思います」
「陸、君って、純粋ね」
サカエさんが驚いた顔をして、肩を叩いてきた。
「星くらいの子は、結婚してるのよ。分かる?性交の話なんて井戸端会議並みよ」
「子供は宝です。人を増やすことは大切です。どうすれば子供が出来やすいか、手仕事の合間にみんな、話してますよ」
う、デリカシーだとか、恥ずかしがってる俺が変みたいだ。
「はい、分かりました。言っときますが、童貞ではないので。言いふらさないでくださいよ」
「誰も、言いふらしたりしないよ。まあ、童貞なら、手解きしてやってもいいかな、とは思ったけど」
は?
「何、言ってるんですか!ヒビキがいるでしょ」
「?何、響がなんか関係ある?」
「だって、ヒビキはサカエさんが一番大事って、すっごい嬉しそうに言ったんですよ」
サカエさんはセイと顔を合わせて、こちらを見た。
「そうだった、陸は一夫一婦の世界の子だった」
「大昔は一夫一婦制だったと聞きました」
ん?
「文化の違いだねぇ」
「ちょっと待ってください。違うんですか?」
二人の目と合う。
「好きなもの同士、家族になれる」
「私の父は三人で、血の繋がった父には母以外の奥さんが二人いました。兄弟は五人ですが、産みの母と実父の子は私だけです」
はい?
「家庭の中心は母親で、そこに付随するように夫がくる。そこから、子供が増えていく、といいんだけど、なかなか、増えないんだ。遺伝子の問題なのかもしれない。だから、一対一だと、益々出来にくい。出来やすい相性があるから、それが分かるまでは一対多数は仕方ないんだよ。おーらい?」
浮気が無い世界ってこと?
「ま、まぁ、知識として受けとりました」
鈴が鳴った。
「お、お昼かな、さあ、行こう。久しぶりに一緒に食べようか」
サカエさんが立ち上がると、セイがサカエさんの手から空のコップを受け取りトレイにまとめて立ち上がる。
「リク、行きましょう」
相変わらずの無表情のセイに促されて、部屋を出た。




