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十六.《俺に左手を差し出してきた。》

 握手かな?


「どうした?手を乗せてくれないのか?」


 頭は疑問符だらけだが、言われるまま、サカエさんの上に向いた掌に右手を乗せようとした。

 その俺の手を阻んだのは、サカエさんよりも小さい手。

 突然現れた少年に驚いたが、その表情に非難の言葉が消えた。

「ヒビキ?」

 憮然とした少年はサカエさんを責めるように見ていた。


「駄目だよ、まだ、落ち着いてないんだから」

「駄目か?」

 何が?

「どこに行きたいの?僕が連れて行くよ」

 突然現れたにも関わらず、ヒビキにはサカエさんがしたかったことが分かっているようだった。いや、待て、連れて行くよ、と言ったってことは、さっき手を乗せたら、どこかに飛んでいたってことか?

 あの浮遊感はあまり体感したくない。

 危ないところだった。

 いや、違う。

 サカエさんの代わりにヒビキが飛ぶのか  、うん、同じだな。

 俺の心中を察しないサカエさんは俺を見て告げてきた。

「仕方ない。保護者同伴で悪いな。陸、お前の憂いを晴らしに行こう」

 サカエさんがヒビキの手を取る。

 憂いって何のことだと思ったが、まさか、サカエさんも読めるのかと見れば、片方の口端を少し上げたサカエさんと目が合った。

「顔に出やすいな、陸。素直すぎて可愛いぞ」

 サカエさんは男前すぎです。

「星、自主学習しておいて。出てくるわ」

 見るとセイが手を振っている姿が消えた。

 浮遊感が予告もなく全身を襲う。投げ出される身体が何処に向かうか分からない恐怖、視界が暗転したと感じた瞬間に光が広がる。

「うわっ!」

 直後に見えたのは空。足に踏ん張れる感触はない。

 あ、落ちる。


 結果、落ちることはなかった。



「陸?大丈夫かい?」

 身体だけで空を飛ぶという、とてもではないが体験不可能な空の小旅行を終えて戻ってきた俺は床に突っ伏し、落ちない安心感に浸っていた。

「大丈夫です。落ちない安心感に浸ってるだけです」

 違う、頭の整理がしたいからだ。

 言葉で聞かされた事実と、この目で見た結果に矛盾がないのか、信じるために、嘘が無いか、自分が確認しなければいけない。


 セイが手を振る姿を見た直後、一面の空と何も踏ん張れない足元に慌てた。

「大丈夫、落ち着いて」

 本来なら庇護すべき年齢の子供の声に何故か冷静さを取り戻した。

 見れば、ヒビキもサカエさんも俺を見ていて、そう、平然と空中に留まっていた。

 少し風が強い。

 何を見せようとしているんだろ。落ち着け、見逃すな、目を閉じて深呼吸をして、自己暗示、大丈夫、大丈夫。

 ヒビキを見て、頷いた。

 周りを見る。視線を下に向ければ、遥か下に大地が見える。

 緑に埋め尽くされた土地、平坦な緑の大地の向こうにあった砂地。丘陵地、谷のような長細い大きな穴。

 広がる砂地の合間に緑の山がいくつもポコポコとあって、なんのジオラマを見てるんだろうと思って眺めていた。

 砂地に倒れかかった赤い鳥居を見て、口に出た単語をサカエさんは肯定した。

 自然と目は大学があったであろう方向を向いた。

 途端に移動し始める。

 講堂や研究棟が建っていたであろう山の斜面は緑の蔦?蔦!いや、太すぎだろ、近づけば、とんでもなく巨大な太さの蔦に覆われていて、地面に降ろされた俺は歩くのも大変だった。

 アスファルトらしき破片やコンクリートらしき破片。少し小山になっている蔦の隙間から覗くと、穴がポチポチ開いた壁のようなコンクリート。

 これ、蔦のせいで崩壊してないか?

 ここにあったはずの構造物は見る影も無い。

 まだ一週間も経たない。

 ここに、通っていた。

 くそが付きそうなほど頑丈に見えたコンクリート建造物も、鉄塔も、蔦に覆われて見えない。

 ふと気づくと少し離れた場所で、サカエさんが斧を振り下ろそうとしていた。腕を回しても届かないような極太の蔦に、二度三度、四度目で水が噴き出た。

 ニコォっと笑うサカエさんが、吹き出る水を口にする。

 ゴクゴクと飲む姿は本当に美味しそうだ。

「リクおいでよ。美味しいよ」

 ヒビキに招かれるまま、フラフラっと近づくと、サカエさんが場所を開けた。

 しかし、これは正に、壊れた水道管。

「早く飲まなきゃ、枯れちゃうよ」

 ヒビキに急かされ、口にする。

「うっ、あっまっ!なんだこれ、ポ○リ?」

 某メーカーのスポーツ飲料のような味に驚いた。

「おおっ!だろ?そんな味だよな。良かった、共感してくれた」

 サカエさんが、嬉しそうに頷いた。

 そうか、共感してくれる人がいないんだよな。ん?ヒビキは?

 思ったより喉が渇いていたのか、それとも、麻薬的な何かがあるのか、お腹がタプタプ音が鳴りそうなほど飲んでいた。

 ヒビキは飲み終わると、蔦の傷口のような切口に手をかざし、撫でた。

「マジックか」

 濡れているだけで、さっきまでの壊れた水道管はどこにもなかった。

「ん?マジック?ペンのこと?」

 どこか、合わない。

「響樹、イリュージョンのことだよ」

「え?種も仕掛けもございません、よ?」

 うん、正に。

「笑えない」

「えー、笑うとこだよ、でしょ?ツカサ?」

「座布団取られるだろ」

「確かに」

 俺の言葉にパッと笑顔で振り向くサカエさん。小さく親指を立てて見せてきた。

 それに、頷く俺。

 笑点、ですよね、知ってます。小さい頃、ばあちゃんとよく見てました。

「えー、何それ、知らないんだけど!ズルい、ツカサとリクだけ分かるなんて!何それ、座布団ってクッションのことでしょ?取られるって何?」

 イリュージョンは分かるがマジックは知らない。笑点も知らない。うん、まあ、笑点は年的に微妙なところかな。『マジック』、ヒビキの時代では使わなかったのか、寂しいな。

 嫉妬剥き出しのヒビキは俺では無く、サカエさんに迫っている。

「酷いよ、僕に記憶を見せてよ、何、座布団取られるって、見せてよ」

 は?記憶を見せて?

「おや?まだ私は力を使っては駄目なんだろ?我慢しなさい」

 ヒビキに待ったをかけるサカエさんは本当に意地の悪そうな笑顔をしていた。

「あああっ!見れないのっ!見れないの!ああぁ、、、残念だ」

 頭を抱えたヒビキは少しして、顔を上げた。

「さ、次に行こう」

 切り替え早っ。

「西の神殿から南、東に回って、戻ってもらえるかな?」


 はい、そこから、ノンストップで、空中遊泳・・・。人は空を飛びません。



 頬も身体も床にべったりと着けているのに、まだ、風を切っている感覚がする。

 思い返しても、やっぱり、現実なんだ。

 アスファルト、コンクリート、硝子、鉄骨。崩れた建物、火事の跡。


 飛ばされてる最中、目に入るのは緑で覆われた大地の所々に見える人工物。町というか、人が住んでるような集落には見えなかった。

 人はどこにいるんだ?

 崩れた山肌から何かが見えた。モヤらしきよくわからない物は意識があるようにこちらへ迫ってきた。ただ、ヒビキの方が早かった。あれは何だったんだ?

 鉄骨っぽい物は橋だったのかもしれない。川らしき水は見えなかったが、緑は異様に密集していた。


 極太の蔦は塩分を嫌い、蔦のない砂地はかつての海だと言われた。

 海、無いんだ。

 慣れ親しんできた海が無いのは、不思議な感覚だ。波も風も匂いも無いのか。


 海無いと、気流とか、水蒸気で雲はどうなってるんだ?あ、あれだけ飛んだのに、雲というか、上を見てなかった。下ばっかり見てたよ。

 いろんなこと、質問したいな…


 ボーッと頭を整理していると、サカエさんの反対側に誰かが座り込んだ気配がした。

「やっぱり、面白いですね」

 セイだった。

 顔を向けて見れば、やはり無表情の少女が首を傾げながら、俺を見下ろしていた。

「面白いって何が?」

 起き上がる元気も無いので、床に頭をつけたままセイを見る。

「人は空を飛びません。異常な移動に気絶することなく、平然と体験して戻ってきた様子。面白いです」

 なんだろう、その反応は。俺のことが知りたいのか?それとも、観察していきたい、ってことなのか?

「微妙だな」

 漏れた言葉に、笑い声がした。

何度も何度も練っていたら、一年なんてアッという間でした。

早く書きたい。

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