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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

JK、〇〇にて。

JK、渋谷の交差点にて。

作者: ACT

 2019年7月22日。夏。午後一時二十一分。東京。渋谷駅前スクランブル交差点。若者がイベントのたびに騒ぎを起こし、テレビに取り上げられることで有名な交差点。わたしたちはその交差点を渡っていた。


 北海道から遊びにきているわたしたちにとって渋谷はテレビやネットで知るだけの世界だった。だから関東に遊びにきた際には、立ち寄れたら嬉しいと考えていた。それが今、叶った。

 

 残念なことに、サッカーやハロウィンや年越しなどのイベント時期ではないのでみんな普通に交差点を横断していた。誰もハイタッチをしていない。私にとっては今日がちょっとしたイベントなので誰かとハイタッチをしたいほど、気分は高揚しているので残念だ。まあ知らない人とするのは遠慮したいけど。

 

「人、人、人。どこもかしこも人だらけだね、あかね」


 人混みをかき分ける私の背後から祐佳の声が聞こえた。雑踏の中にいても聞こえる明るく大きい声。この人混みで逸れるとすぐ迷子になりそうだ。わたしは祐佳の左手を握りしめていた右手を離さないように改めて意識した。


「とりあえずあっちの方に歩いてみようか」

「賛成ー」


 祐佳が元気に頷く。夏。気温は炎天下。ビルの窓ガラスが反射することで、コンクリートの路面はより加熱している。地面に転がれば焼肉になれそうだ。繋いだ手にも熱が篭る。汗ばんでないかな、と少し気になった。駅前から離れたことで人も少しは減った。これならはぐれて迷子になることは流石にないだろう。


(祐佳の手……柔らかいな……)


 なんてことを考えていると、繋いだ手を勢いよく引っ張られた。


「わあっ」

「ねえ! あのお店、行列ができてる! 何のお店だろう? 行ってみようよ!」


 そういう祐佳の向かった先には、十人ほどの行列と小さなお店があった。


 行列ができるお店なら人気なのだろうか? でもこれだけ人がいるとどの店も行列ができて当然な気もするけれど。お店の看板を見上げた。どうやらクレープのお店だった。たしか海外のチェーン店で日本に上陸したとか、そんな感じでテレビか雑誌で取り上げられていた気がする。


「うわ〜、おいしそう」


 じゅるり。と、口から流れるヨダレを拭うように繋いだ私の手を口元に運んだ。


「ちょっ! それ私の手!」

「あ、ごめんごめん。あははは」

「まったく、祐佳ってば……」


 よだれはついてなかったけれど、唇に触れた感触は手の甲に残っていた。突然の出来事に私はおもわず顔が火照っていた。……いや、これはあくまで夏の暑さでだけど。炎天下だから。私は軽く咳払いすると、


「並ぼうか。ちょうど列がビルの日陰になっているし」

「うん」


 満面の笑みを浮かべた祐佳が、列の最後尾へとわたしを連れて移動した。ほんと、甘いものに目がない。その男子受けしそうなふくよかな胸はまだ脂肪が足りないと脂肪を欲するのだろうか。夏休み明けにも身体測定があった気がする。この調子ならまた騒がしくなりそうだなあ。


 わたしにはない脂肪の塊を見下ろす。その視線に気がついた祐佳が、


「触りたいの?」

「……うん」


 少し考えてから頷いた。すると「真昼間の人通りの激しい往来だよ?」と笑われた。つまり真昼間じゃなくて人通りがなければいいのだろうか。まあ、今夜は親戚のお家に一緒に泊まるからその時がチャンスなのでは……と邪なことを考えていると、わたしたちの順番が訪れた。


「チョコバナナください! あかねは?」

「じゃあ、わたしはイチゴカスタードクリームをお願いします」


 注文を受け付ける店員の横では、他の店員がクレープの生地を作っていた。クレープ用の鉄板の上に生地を薄く広げると、あっという間に薄茶色の皮が出来上がる。甘いバニラのような香り。祐佳のチョコバナナが先に手渡されると、続いてわたしのイチゴカスタードクリームが手渡された。


 クレープ屋を後にしたわたしたちは、食べ歩きながら渋谷の街を散策した。互いのクレープを食べさせあったり、木陰で休憩したり、あまり長くない距離を時間をかけて、自分たちのペースでおしゃべりをしながら。


 それからクレープを食べ終わったわたしたちは、背の高い大きなショッピングモールに入った。目の前のエスカレーターの横には案内掲示板が置いてある。どうやらこの建物は5階建てのようだ。フロアはそれほど広くない。わたしたちは1階から見て回ることにした。ティーン向けのファッション。雑貨。化粧品。どこのお店も十代の女性であふれていた。


「あ、このTシャツかわいいかも」


 祐佳が白地にイラストタッチの牛の絵がプリントされたTシャツを眺めながらいった。確かに可愛らしい。牛のイラストが意味深だ。わたしは祐佳が着ているのを想像すると、


「似合うよ」

「ほんとー? じゃあこれにする」


 祐佳が嬉しそうに笑った。わたしも笑った。しばらくの間、わたしたちはショッピングを楽しんでいた。気がつくと時刻は四時を過ぎていた。今夜は、わたしの親戚の家に泊まる予定になっている。親戚の家は電車で四駅ほど離れていて、駅から少し歩いた場所にある。そろそろ向かわないと夕飯に間に合わないかもしれない。わたしたちは渋谷での買い物を終え、親戚の家に向かうことにした。


 ショッピングモールの外に出ると、少しだけ気温が下がっていた。駅に続く道を戻ると渋谷駅前の交差点にたどり着いた。赤信号。わたしたちは信号が青に変わるのを待っていると、


「ねえねえ、帰る前にあれやろうよ」


 祐佳がわたしの手を握りながら話しかけてきた。


「ハイタッチ!」

「……ま、まあいいけど」


 わたしは右手のひらを祐佳に向けると、祐佳が「違う違う」と首を振った。


「わたしが反対側から戻ってくるから交差点でするの。ここでしたら普通のハイタッチでしょ」

「……それもそうね」


 じゃあわたし向こうに行くね、と信号が青に変わると反対側まで急いで向かう祐佳。人通りが激しいのを心配しながら、祐佳が反対側までたどり着くのを遠くから見守る。そして祐佳が折り返すのを確認するとわたしも渡ろうと歩き出した。徐々に近づく、祐佳との距離。あと2m、1m、0m、


「「うぇーい!」」


そう言って互いの掌を合わせると、日本的には何もない平凡な日をわたしたちは祝ったのだった。

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