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お母さん戦闘だとちょっと性格変わる系です。
母の入れてくれたハーブティーのおかげでいつも通り起きることができた。
一階に降りてまず母に慣れ親しんだ「おはよう」代わりの祝福の呪文を紡ぐ。
母は笑顔で答えてくれた。
今回の試験で一番の強敵は母だと思う。
何故なら、母は私を何もかも知っていて、私は母を少ししか知らないのだから。
***
「これより、村抜けの試験を始める。」
村長が大きな声で宣言すると同時に、私が師としてきた大人たちから一斉攻撃してくる。
「一対一で勝てたところで意味がない。村全員を一気に沈めてこそお主は出られるのじゃよ。」
村長がつぶやくが、私はそんなこと聞いてない!
5年前はこんな試験じゃなかったはずだ。
どういうことだかわからないけど、対応せねばならい。
「わ、わ!!」
焦りながら無詠唱で防御結界を張る。
「さすがじゃの。」
村長が呟いたと同時に体術を仕掛けてきた。
向かってきた力を流してバランスを崩させる。私からは何もしない。向かってきた力を読むだけ。
村長はバランスを崩してもすぐに体勢を立て直し何度も技を繰り出してくる。
その間にも他の師から容赦ない攻撃が降り注ぐ。
埒があかないな。
そう思って、私は防御結界を無詠唱で維持しながら、村長の体術連続攻撃をいなし、詠唱を始める。古い上級魔術書に広域攻撃と書かれていた魔術なので、うまく使えば一斉に処理できるだろう。
初めてやるので、完成度がどうなるかはわからないけど、内容は理解できているから発動はできるはずだ。
「−−凍てつけ大地、時よ止まれ」
あたり一面が氷で覆われる。
シン、と静まり返った。
氷に触れている人は不自然な姿勢ながら、停止している。
しばらくは動かないかな。
あれ、これどうすれば合格なんだっけ……勝てばいいかと思って聞き忘れていたし、これでは誰が勝ちって判断してくれるんだろう。
顔に落書きとかしてみようかな?
少し遊び心が出てしまったが油断は禁物だ。
特に母。
師たちは幼い頃から手合わせしてもらったり、半殺しにされたこともあった。指導を頼んだのは自分であるし、大きくなってからやり返したので根には持ってないが。
師たちが私に全力でぶつかってくれていた事は確かだったため、だいたいの力量を把握している。この完成度なら効果がある、と判断できた。
母はたくさんの本をくれたし、それこそお腹の中にいた頃から私を愛してくれていた事はわかるけど、指導を頼んでも断られたのでどれくらいの完成度で有効かわからない。
パキッ
……やっぱりか。
案の定、母は涼しそうな顔で動き出した。氷の魔術だから涼しいというよりは寒いと思うのだけど……ってそういうことじゃないですね。はい。
「すごいわねぇ」
それだけ言って母が私に本気で魔術を放ってくる。
目がゆらゆら赤みを増して魔術印が魔力を抑えようとしているのに、魔力が底なしのように溢れ出してくる。
単純に恐怖を感じた。
母の目。
あれは、魔眼だ。一回も使ったところを見たことがない。
自分の中の警戒レベルを最大限に上げる。
いつも閉じているのにはきっと訳があるはずだ。
向き合って応戦する中、死角から氷の刃を打ってみるが、
ヒュッ
難なく避けられてしまう。
母は視力に頼らない。
普段から目をつぶって問題なく生活しているのでわかってはいたが、こうも簡単に避けられてしまうとどう勝てばいいのか見当がつかない。
(くっ……どうすればいい。)
「なぁに?考え事?母様、久々に、楽しみたいのだけ、れ、ど!」
すごい。
さらに魔力が溢れ出してくる。
あの魔眼が魔力増幅させている?
それとも、目の魔術印は、魔術印の中でも魔力封印特化型?
わかりそうでわからない、でも、あの模様どこかで見た。
前回魔術印をしっかり見た時には特に疑問に思わなかった自分が恨めしい。
ガッ
考えに集中する時間などない。
(母上、さっき大勢でやってた時は手加減していた、な。)
体術、主に蹴りと上級魔術を展開し、同時に私の攻撃魔術を相殺している。
どうしても魔術印が何であったか気になって母の目を観察しようと……
「ぐぁっつ!」
その、ほの少しの視線のズレが隙になってしまったようだ。鋭い痛みとともに、右手が消える。
痛みにうずくまっていては殺される。本能的にそう思った。
「感覚麻痺」を自分にかけて母の攻撃を避け続ける。
「ふふ。母様を楽しませてよ?」
こんな母みたことがない。
母は笑いながら私を追い詰めていく。
右手を早く治さねば。
バランスがいつもと違うので避けたつもりの攻撃が知らず知らずに当たってしまっていた。
「感覚麻痺」は怪我をしても痛くないが、気がついたら血だらけということになるので気をつけねばならない。
「治れ」
全身を一気に治す。
右手も元どおりに治った。
ないものをあるようにするには、かなり魔力が取られる。
禁術書に載っていた魔術を使ったため、一瞬魔力切れを起こしたが目の前が赤いフィルムを通したように見えた。瞬きを素早く繰り返すとすぐにいつもの視界に戻り、それと同時に魔力量へと回復した。
禁術書という本読んで練習しておいてよかった。
内容的にほとんど試せなかったが、この治癒魔術を含め理解はしてある。
上級魔術は教科書も一番古いものまで読み尽くし、同様に理解している。
母は楽しそうに笑っているようだ。
私は、自分が最も極めたと言える魔術、幻術を発動させた。
「あ、あらぁ……」
母は困ったように口を尖らせるが、少しでも気配を出せばそこを狙ってくる。
さすが、だ。
しかし、こちらは、6年間幻術を特化して学んできた身だ。なめないでいただきたい。
気配を幻術で作り出す。
そちらに気をとられた母へ拘束魔術を唱えた。
目への拘束、そして、身体拘束だ。
母の動きが止まり、辺りに再び静寂が訪れる。
(これ、口の拘束といていい?のかな)
身体拘束を一部解除する。
「……降参、合格よ。皆んなの時を動かしてあげてちょうだい。」
ほっと溜息をつき、氷を溶かし、時を動かす。
少し混乱した表情でみんなが拘束された母を見た。
母がニコッと笑って私の拘束を簡単に詠唱を使い解いた。
無詠唱でとかれていたら私は不合格確定だったなと、ヒヤッとしたのは内緒だ。
「ふぅ、村長この子は合格ですわ。」
母が、そう言うと、村長がうんと頷き
「おめでとう、合格だ。」
と告げた。
周りの時を止めていた人たちは目をパチパチして状況が読み込めていないような人もいるが、片隅から拍手がちらほら聞こえてきて、そのうち大きなものとなった。
家にいて巻き込まれないようにしていた子供や師と呼ぶには未熟な魔術師たちがその拍手を耳にしてどんどん出てくる。
そして、凍りついた場所をどんどんとかしていくように、村中がお祭りさわぎへと変わっていった。
古い上級魔法はですね、現代では禁術とされている魔術が多いです。