第1話
いつも通り見切り発車です。暖かく見守ってください。
「どうして!あんな女なんかより、私の方がいいに決まってるじゃない!それなのに、それなのに……!」
忘れ物を取りに学校へ帰って来た僕は、修羅場の気配が近くにあることを敏感に察知した。
最悪だ。
これから僕は塾に行かなくてはならないと言うのに僕の教室では、二人の男女が青春の1ページをカツカツと順調に刻んでいた。
別に、青春を謳歌することが悪いことであるとかそんなことは別に言うつもりなどない。非リアを拗らせた僕ではあるが別に、リア充に自爆テロを教唆するつもりなどさらさらないのだ。
だが、困る……。教室に置きっ放しにしていた塾バックの中には、これから向かう塾の授業に必要な教材と、そして、何を思って紛れ込んだのか分からないが、中二病全開の黒歴史ノートが入っているのだ。
あれ、処分したよな、確か数ヶ月前にたまたま机の奥から出てきて発狂した勢いで……。
何にせよ、あれがそう簡単に公開されることはないとは思うが、このハラハラした気持ちからは是非とも早目に解放されたい。なのでさっさと例のカバンを回収したいのだが、教室は修羅場ときた……。
「す、すまないでござる……。せ、拙者、それでもやっぱり君は選べないのでごじゃるっ!」
ん?なんだ、さっきの声。
なんか妙に、こもった重量と油分多めなお声だった気がしたぞ……?それに、口調がいろいろ世紀末だ。いや、戦国時代……?そんなことはどうでもいい。
「どうして!確かにミカちゃんは、すごく可愛いし、プロポーションだって、悔しいけど私は負けてるよ!でも、でも!私だって努力したもん!」
声はとても可愛い。少し高めだが芯のある、聞き心地のいい声だ。なんだか、修羅場が気になって来た。
「も、もちろん、彼女は容姿という点では申し分のないきゅんきゅんさを持っておるでごじゃるっ!だが、大切なのは中身!彼女と過ごした日々のキラキラデイズが拙者の胸をぴょんぴょんさせるのでごじゃるっ!」
対するは、耳の中に油分をこれでもかと注ぎ込む、前世紀的オタクの声だった。所々でぶっ放される個性強めの言葉は、人々を余さず困惑させるっ!こんな奴、僕の知り合いには一人しかいない。
蓋沢風紀だ。クラスではオタクグループで中心にいる割と面白いやつだ。横幅はなかなか広く、顔がちょっとあれだが、悪いやつではなかったし、別に告らられていたって……。いや、いい奴なんだけどありえねぇわ……。
対して、もう一人は一体誰だ……?
罰ゲームなのか、蓋沢に告白なんて……。いや、安易に決めつけるのは……、いや、やっぱ罰ゲームだろ……。
僕はついに、窃視欲を抑えられなくなり、そっと教室の窓を覗いた。
塾バックは今のところ無事だ。あれさえ取れればさっさと帰るつもりだった僕だったが、今は、引き返すのは少し惜しい気がし始めているので不思議なものである。
視線をそのまま奥へと移すと、困惑する蓋沢と、クラス一の美少女と名高い……えっと、名前誰だっけ。たしか篠原さんだったかな。
「そんな、じゃあ、私との日々は一体なんだっていうのよ!」
「そ、それは……」
「はぐらかさないで!私は、風紀君さえいれば何もいらないと思ってるんだよ!」
何という迫真の演技だ……。なんか、本当に罰ゲームなのか疑わしくなってきた。
「……、じゃあ、言わせて貰うでごじゃる……!」
蓋沢は覚悟を決めたように女の子を見つめた。
女の子はゴクリと唾を飲み干した。
「そもそも、拙者は三次元の女はタイプでないのでごじゃるっ!」
んんん??????
僕が特大の疑問符を脳みそに浮かんだ。
いや、どう考えてもお前は断れる立場にはないだろう!断っちゃダメだろ!一生に一回もない幸運だろっ!?相手めちゃくちゃ美人だぞ!背も高いぞっ!?目なんてクリクリだぞっ!?
そんな僕の心に反して蓋沢はまくしたてるように話し始めた。
「あと、拙者が、ラノベを読んでいる時にもLAINで何通も連絡を寄越されたら気が気じゃないでごじゃる、それが休み時間も、放課後もひっきりなしに鳴り響く……。正直拙者の方が身の危険を感じたでごじゃる!普通逆でごじゃろう!?」
ま、まじか……。全然そんなそぶり見たことなかったけどなぁ……。いや、僕が見てなかっただけか。
「それから、何度もいうでごじゃる!二次元を愛することが浮気だというのなら拙者さすがに付き合いきれないでごじゃるっ!」
どんだけ嫉妬深いんだよ、篠原さん……。いや、ってか怖いわ、本当……、蓋沢、ごめん、俺間違ってたよ、お前の選択割と正しかったわ……。
「そう、あなたも私を見捨てるのね……、うぅ……!もう、蓋沢君なんて知らないっ!」
そう言って、彼女は手近にあった僕のカバンを、怒りに任せて蹴飛ばした。
……け、蹴飛ばした!?
慌てて、僕は教室の中を拡散すると、見事にカバンの中身はひっくり返り、中から例の厨二ノートが飛び出していた……。
「あ、あぁ……!!!」
僕は思わず絶望で声を出してしまった……。
「誰……!?」
気づかれた……。
なんでや、僕なんか悪いことしたんか……?
すかさずドアが開き、しゃがんでいる僕は見つかってしまった。
「覗き見とは、たちが悪すぎないかしら?」
「いや、そんなつもりはなかったんだ……。ただ、忘れ物を取りに来たら修羅場で……」
そうだ、君たちがこんなことを教室で繰り広げるのが悪い。
「あらそうだったの。それはごめんなさいね。それで、どの荷物?」
彼女はフられた直後だと言うのに、動揺すら見せずに、淡々とそう告げた。ただ、少し潤んだ瞳は、目尻に浮かんだ雫は、これが罰ゲームなどではないことを物語っていた。
僕はどうしたらいいのか分からなくなったが、すぐに彼女の言葉に返事をしなければならないことを思い出した。だが……。モノがモノだ……。そこに広がって黒歴史を醸し出しているノートだとは言えない……。
僕が何も言い出せないでいると、彼女は訝しげな顔をして、再び僕に質問した。
「ちょっと、もしかして忘れ物なんて嘘だったんじゃないの……?」
「ち、違う…….!そ、その……。違うんだ……!」
教室の中にいる蓋沢は、僕に心の底からの哀れみの視線を向けていた。
「じゃあ、なんなの……?」
僕は、やがて意を決したように言った。
「その、さっき君が蹴飛ばしたそのカバン」
「え、それあなたのだったの、ごめんなさい……」
「い、いや、いいんだ。元はと言えば僕の不注意だから」
そう言うと僕はカバンにブツを片付けるために教室に入る。
だが、少し遅かった。
「いや、私も片付けるのを手伝うわ……。ん?なにこれ?」
そう言って彼女が手に取ったのは紛うことなき、僕の黒歴史。『ぼくがかんがえたさいきょうのぶき』であった。
「あ……、あぁ……」
彼女は徐に僕のノートを開く。
あぁ、神よ、なぜ……。僕はそんな俗っぽい思いを胸にしながら、結末を見届けるほかなかった。
「ふーん。あなたこう言うのが好きなの……」
彼女はそう言って、なぜか熱っぽい視線を僕に向けて来た。
なんだか、色っぽいその表情に一瞬やられそうになった僕だが現実はそれどころではない。
「か、返してくれっ!」
僕はそう言って彼女の手から例の本をひったくると、すかさず本をカバンの中へ押し込んだ。
「……はっ!危なかった……!」
彼女は本が仕舞われると、突然意識を取り戻したように、トロンとした目が正気に戻った。
「じゃ、じゃあ僕はこれから塾があるからっ!」
そう言うと、僕は時差で訪れた羞恥に耳まで熱くなりながら、教室を飛び出した。
これでは蓋沢がどうのとかそういう問題ではない。僕は逃げ出すように、学習塾へと向かった。
当然時間には間に合わなかったし、篠原さんのせいで勉強どころではなくなってしまった。