恋は身を滅ぼす……?
秋の鹿は笛に寄る。
何名様でしょうか? 奥の席へどうぞ
真夏の暑さを過ぎ、すっかり季節は秋を迎えてしまったものの、ここにきてわたしは自分でもおかしいくらいに熱くなっていた。焦りなんて感じていないと言えば嘘になる。でも、それはそれとして、突然現れた佐倉君の元カノには負けたくないし、彼を取られたくない。そんな想いが確かなものとして浮上していた。
あの日も結局、佐倉君がわたしとシフトが合わない理由を聞けずじまいだったけど、今は前と同じくらいのペースで会えるようになったから気にしなくなっていた。少なくとも避けていたわけではないということが分かったので、シフトの件については聞くことをやめた。
今はそんなことよりも、お芝居に乗じて佐倉君との仲を深いモノにするというのが、私自身の目標になっている。今まではきっと自分にも佐倉君にも甘えすぎていた。本当に一年なんて早いのに、何も出来ていなかった。だからもう、わたしは素直に向き合って告白をしたい……しなきゃ――
「佐倉君……わたしも下の名前で呼んで見てくれませんか?」
「下の名前? って、何だったっけ?」
「紗綾です! あの、それでお願いします」
「それはさすがに……」
「アイリ……さんは呼んでるじゃないですか。なんか、それは距離を感じてしまうんです」
「いや、でも、あいつは付き合う前から名前で呼んでたってだけで、特別な意味で呼んでるわけでもないし、何も美月さんまでが張り合うことでもないんじゃ?」
「……駄目、ですか?」
いつもはここまで彼を見つめ続けて懇願することが無かったわたしは、食い下がることなくお願いした。
「んん~~~~~~……さ、サーヤ……さん?」
「はいっ! わたしも恵くん……って、いいですか?」
「これは芝居の一環なんだよね? 本当ってことじゃないんでしょ?」
「も、もちろんです!」
「じゃあ、それでいいけど……調子狂う……」
暴走しすぎてるのかな? でも、これは演技であって本気じゃない……今はそれで許して下さい。
「いらっしゃいま……せ。何名様で――」
「恵、いる?」
「ここ、ファミレスなので。申し訳ありませんが……」
あ、なんかデジャヴ? 前に恵くんが井塚さんに言ったセリフだよね。わたしが言うことになるなんて思わなかったな。
「へぇ? 美月って言うんだね。あなた」
あ、名札……結局知られてしまうんだ。そっか。
「だから何ですか? アイリさん」
「別に無理して呼ばなくてもいいよ。私の名前呼ぶのは恵だけでいいし、同性に呼ばれても嬉しくないし」
「恵くんが呼ばせてるだけじゃないんですか?」
「それはあなたもじゃないの? 急に呼び方変えて、どうしたの? 大丈夫ですか~?」
美月さん、キッチンに注文急いで!
「あっ、は、はい!」
あぁ、駄目だ。何かわたし、普通の状態じゃない? 何かこんな状態じゃ、恋の暴走が過ぎてわたしがわたしを滅ぼしてしまうんじゃないよね――?