絶対、負けたくない。
それでいいです。
「わたしの名前は――」
「あ、ごめーん……やっぱりやめた。違うっぽいし、聞く意味ない感じ」
「おい、アイリ……」
「佐倉君、わたしも別に名前を教える必要なんて無いと思ってるから。気にしないでいいです」
「そ、そっか……ならいいけど」
わたしの名前を知られてても彼女にとっては何の意味も持たないはずだし、自分から言うのはやめた。何だかこの女子……しかも元カノなんて人に腹が立った。専門に通ってた時も、こんなに腹が立つってことは無かったのに、今はすごく……
「恵、今は誰とも付き合ってないんでしょ? そこの人もただの同僚っぽいし、私と付き合ってよ」
「何でそうなる? 俺まだ何も言ってないけど」
「つまんないし、いいじゃん? どうせ暇でしょ」
「違ぇし……悪いけど、今はこの子と付き合ってる」
「えっ……」
驚く間もなく、佐倉君はわたしの肩に手を置いてそのまま引き寄せて来た。ど、ど……どうすれば……なんて内心慌てていると、耳元で囁いてきた佐倉君。
「(ごめん、芝居に付き合って)」
「(あ、うん……)」
そ、そっか。芝居……そうだよね。そりゃそうだよね。な、何を勘違いしてるんだろわたし――
「あ、そうなんだ? へーウケるね。それで、そこのアナタはそんなことくらいで顔を赤くして照れてるんだ? ってことは、やっぱ付き合ってなくない?」
な、何なのこの人……何でこんなに突っかかって来るの? もしかしてヨリを戻そうとしてる?
「それはアイリに関係ないだろ? まだこれからな関係だし、それに、彼女はお前と違う」
佐倉君は元カノのこの人のことを名前で呼んでるんだよね。なんか、距離を感じるかも……
「年下かぁ……大学じゃなくてフリーターって奴? 楽に生きてるっぽいね。あはは……」
「やめろ! そういうこと言うな。用が無いなら帰れよ」
「ふーん? まぁいいや。今日は帰ってあげる。それじゃあね?」
「……」
最後の最後まで馬鹿にされた気がする。わたしだけならともかく、佐倉君のことも見下してる気がする。
「佐倉君、わたし芝居でもいいので……負けたくないです。付き合いのお芝居を続けてください。それでいいですか?」
「え? あー……あぁ、それでいい。何て言うか、よ、よろしく」
「はい、これからよろしくお願いします」
佐倉君に放ったわたしの言葉の中身は、芝居でもいいので付き合うという関係でいいですよね? と言うことをそれという二文字の中に入れて返事を促した。今までうじうじと行動にも出さなかったわたしの中で、何かが弾けた気がした。絶対、負けたくない。
「美月ちゃん、佐倉くん、平気だった~?」
「俺は別に平気です……」
「って、え? 佐倉……美月ちゃん、どうしたの?」
「何て言うか、キレたみたいで……で、あの、俺……美月さんと芝居として付き合うことにしたんで」
「そ、そうなの? お芝居? それってどうなの」
「は、はぁ……そうですね」
「お芝居で付き合う……ねぇ? 佐倉も美月ちゃんも簡単に行かなそうな気がする。あの女また来そうだし……」
「カンナさん、久留美さん、心配しなくても平気です! わたし、負けないですから!」
「んー……そういう流れで付き合う事にするのは正直良くないと思うんだけど、美月ちゃんが望んでるなら……あんた、きちんと世話しなさいよ?」
「分かりました。多分、すぐにアイリも冷めると思うんで……大丈夫です」
カンナさんも久留美さんも、それに佐倉君も……お芝居って言ってるけど、わたしはそのままお芝居から本当のお付き合いにしたいんです。まずは、あの人を諦めさせるようなことをしなきゃいけない。
そして今度こそ、わたしは好きを確実なものにして恋をしたい。
それに迷いなんてあるはずない。迷いなんて、もうあってはいけないのだから――