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何かが分かる時。それなのに……

                  さり気なく



 何だか久しぶりな感覚に陥っているかもしれない。そう、誰かを意識する感覚に――


「どうしたの、美月さん?」


「いえ、何か……その、不思議だなぁって思ってたんです」


「不思議?」


「佐倉君とわたし、()()なるなんて思ってなかったので……」


「あ、あぁ。確かに。最初、最悪な奴って思ったでしょ?」


「えと、お、思ってました。何でこの人、初対面でこんなヒドイこと言えるのかな? って……」


「まぁ、俺もさアレは言った直後に反省したからね。何でこんなこと口走ったんだろ? ってね。あれ以来、顔合わせるたびに喧嘩腰だったよね。大したことではなかったんだけど、第一印象って大事だね」


「ホントにそうですよ。絶対、この人と合わない!合いそうも無い、なんて思ってましたから」


「じゃあ、今は?」


 え……今それをすぐに聞くの? 今はどうなんだろ……嫌いじゃないし、好き? ううん、それはまだわたしの中では分からないこと。だから今は……


「そうですね、今は前よりは近く感じる……です」


 うん、こう答えるしかないかな。変な口論にもなったけど()()の存在でそれもどこかへ行ってしまったし。思いがけない登場で、わたしと佐倉君を引き合わせてくれたようなそんな感じ。


「うん、俺もそう……かな」


 そっか、佐倉君も同じように思っててくれたんだ。何かホッとしたかも。


「美月さん、ごめん!」


「――えっ」


 一緒に歩いていたわたしたちの間を、スマホを見ながら走らせていた自転車が走って来ていた。さすがにそれには気付かなかったけど、佐倉君は咄嗟にわたしの手を引っ張ってくれていた。


「マジで危なかった。と言うか、手を掴んでしまってごめん」


「い、いえ、そんなことは……」


 真横に歩いていた彼との距離は、手を繋ぐか繋がないかで迷っていたほんの少しの距離だった。


「あっ……」


 手を掴んだままだったのを気まずく感じてしまったのか、彼は手を離そうとしたのでわたしは思わず……


「途中まででいい、ので……そのまま繋いでても……大丈夫、です」


「ん、分かった」


 何でだろう? 小さい時は手を繋ぐことに違和感も緊張も持たずにいたのに、どうして今はこんなにも心音が聞こえてくるぐらいに緊張しているんだろう。拓斗の時や井塚さんの時とは違う感じがする。


 手を繋ぐことはいつまでも慣れないってことなのかな? 横に歩いている彼のさり気ない優しさが、手の温もりと共に伝わって来るような気がして、まともに顔を見れなくなるなんて思わなかった。


「……さん、美月さん?」


「は、はいっ! な、何でしょうか?」


「あ、いや、もうすぐ家の近くだけど、大丈夫?」


「あっ……そ、そうでした。じゃ、じゃあ、あの……」


「うん」


 握手とも違う、手繋ぎを今日のこの瞬間に限って、離しがたいと思ったわたしは彼と目を合わせることなく、手を繋いだままその場を動けないでいる。


「どうしたの?」


「え、えと……佐倉君、あの」


 何か勝手に緊張しているのかもしれない。たぶん、佐倉君にとっては何てことの無い手繋ぎで、今わたしが手を離さないのは何故なのかさえ思っているんじゃないかな。


「……美月さん、俺と」


「え?」


紗綾さあやさーーーーん!! 久しぶりっす!」


 って、え? この声、この呼び方ってもしかして……って思っていたと同時に、彼の手はわたしから離れていた。それよりも、佐倉君は何を言いかけたのだろう? 


 そんなことを思いながら、声のする方をふたりで振り向いた――



                  × × × × ×


               番外編:銀木由宇しろきゆう


 おつかれっす~! 次のライブもよろしくですー


 俺は芸人をやっている。とは言っても、かろうじて事務所に所属しているだけでまだ有名ではない。月に数回は、小劇場かどこかでライブに出演しているくらいだ。当然だが、万年金欠だ。


 年齢だって若手中の若手。全然伸びしろはあるし、面白さもどんどん増して来るだろう。それはいいとして、俺には一定のファンはいるけど男しか見たことが無い。そうなると何となく寂しさを覚えて来る。


 芸人仲間とは毎日のように付き合いがあって、特にライブがある日は必ずと言っていいほど、酒を飲みに行くことが多い。それでも、何か……華が欲しい。ファンも獲得したいけど、傍に寄り添ってくれながら応援してくれてさらに言えば、俺専用の”彼女”になってくれる……そんな子が欲しい。


 幸いなことに、俺には幼馴染がいてソイツは女。しかも、バカがつくほど世話焼きだ。タメ年なのにアネキみたいな奴。最近はこっちもあっちも忙しくて連絡をそんなに取っていなかった。たまにらいんするくらい。


 駄目もとでコイツにらいん電話をして、お願いしてみることにした。


「おー! 元気してた~? 俺だけど俺!」


「はぁ? どこの俺様?」


「よっしーですよ? 元気ですか~?」


「あぁ、売れない芸人ね。何か用?」


「相変わらず失礼な奴だなお前。用っていうか、お前にお願いがありまして、誰かいや……どなたか可愛い女の子をご紹介頂けないでしょうか? わたくし、彼女が欲しいでございます」


「へぇ? それってマジなの? おふざけじゃなくてファンとかでもないってこと?」


「左様でございます。ど、どうでしょうか?」


「いることはいるけど……物凄くキレ可愛いからあんたに紹介するのは勿体無い気がする」


「ほほぅ! そんな子がいるのでございますか。そしてですね、出来ればわたくしめのライブを見て頂いて、その上でご紹介頂けますと幸いでございます」


「その話し方やめろ。ま、とにかくさ、紹介はしてあげるけど……あんたは素を全開で出しなさいよ? 偽りの姿で接したら殴るから。で、付き合いたいなら気持ちを出すこと。いい?」


「あぁ、分かった。じゃあ、ライブに誘って欲しい。終わってから紹介頼むわ。よろしく、マキ」


「じゃあ、あんたは本名を出すってことで理解したから。じゃあね、由宇」


 そして当日、まずはライブを盛り上げた。そしたらマキの隣に座っている女の子が一番、笑ってくれて俺はホッとした。あぁ、ウケてくれたんだ。そしてその子がそうなのだといいなと思っていた。


「ども! よっしーこと、銀木由宇しろきゆうです」


「あ、美月紗綾みづきさあやです。19歳です……よろしくお願いします」


 なにっ!? と、年下だと……しかも19ってマジか。そして可愛いぞ。マキにしてはお手柄だな。俺はマキもそうだが、女性は下の名前で呼ぶことにしている。その方が近くなる感じがするからだ。もちろん、嫌がられたら名字で呼ぶけど。この子はそのままスルーしてくれた。


 とても大人しそうで、繊細な感じのする女の子だ。これは俺も素を見せつつ、優しく接していかなければいけないだろうな。


 紗綾さんはファミレスで働いている子だ。何度も俺のライブを見に来てくれて、その事を教えてくれた。金欠ではあるが、俺とマキ、そしてマキの彼氏を含めて紗綾さんとメシを食べることになった。


「元カレは俺です」


 マジで? この現場系の兄ちゃんが元カレか。合わないよな。恐らくはこの兄ちゃんから強引に声をかけて流れに乗って付き合ったのだろう。そして、マキと彼氏君は気を遣い始め、俺と紗綾さんだけが話す時間となった。


「い、いやー今度、芸人仲間と来ていいですかね? ドリンクバーだけでもよければ……」


 本当は1人で来たいところだが、いざとなると何を話したらいいのか分からなくなりそうだ。だから、仲間がいた方がいい。そう思った。紗綾さんは笑顔が素敵だ。だが、時折寂しそうな表情を見せることがある。やはりこの子は繊細な女の子なのだろう。扱いが分からない。


 彼女にしたい……そう思って接していたけど、中々思うように行かなさそうな、そんな女の子かもしれない。そう思った時点で俺はマキの彼氏君とおふざけを始めて、紗綾さんと話すのをやめてしまった。


 数日が経って、紗綾さんは忙しさからなのかライブに顔を出さなくなった。それは少し寂しい。だが、偶然にも彼女の働くファミレス近くでライブの打ち合わせをすることになり、会えるなら会いたいなと思って辺りをうろついていた。


 そこに、彼女の姿。そして……同じファミレスで働く男の子と歩いている姿を見つけた。俺自身、紗綾さんへの気持ちを諦めていたつもりは無かった。そんな思いもあったせいか、何となく2人で歩く彼女たちを見て、嫉妬のようなモンが出て来た。そして、ふたりの間を取らせないようにして俺は名を呼んだ――

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