高鳴りを感じて――
唐突に高鳴る。
ようやくわたしへの教育期間が終わり、佐倉君の厳しくも熱心なおかげでホールに戻ることが出来た。佐倉君はわたしの笑顔にオーケーサインを出してくれた。彼に笑顔で、ありがとうと声をかけると照れるようにしてそれなら文句ないと言ってくれた。
ホールの先輩方は「おかえり~」なんて言いながら、わたしと佐倉君を見てにやついている。冷やかしよりも祝福に近い感じで声をかけられた。
「よかったね~美月さん。おかえりなさい!」
「は、はい。ただいま、です」
「で、どう? 彼との関係は進んだ?」
「え、えっと……」
久留美さん、カンナさんが嬉しそうに”結果”を聞いてきたので思わず答えに困っていると、すかさず佐倉君が助けに入ってくれた。
「ちょっと先輩たち、無駄話やめてテーブルとか拭いて来て下さいよ。美月さん、困ってるじゃないですか! 彼女を困らせるようなことは慎んでください」
「おーおー言うねえ。最近まであんたが困らせていたのに」
にやにやしながら、ふたりはテーブルへ歩いて行く。
「あ、あの、わたしはなにをしていればいいですか?」
何だか急に気恥ずかしくなって、緊張しながら佐倉君に話しかけてしまうわたし。
「そ、そうですね。じゃあ、待機で大丈夫です。そろそろお昼時なので」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
昼時――
予想通り、混みあう店内と通路を行き来するホールスタッフ。久しぶりにやるせいか、手元がおぼつかずうっかりコップを床に落としてしまった。床に散らばるガラスの破片を片付ける為に、バックヤードに戻るとすでに佐倉君が箒と塵取りを用意してくれていた。
「これ、使って」
「あ、ありがとう」
何てことの無い受け渡しなのに、少しだけ指が触れたと同時に下を向いて佐倉君の顔が見れなくなってしまった。今までこんなに意識することなかったのに。
「ご、ごめんなさい」
「い、いや……俺も」
「ん? ふたりともどうしたの? あぁ、ガラス破片片付けるのか。気を付けてね~」
見ると佐倉君も顔を赤くして、互いにその場から動けなくなっていると、通りがかった二谷さんが不思議そうに声をかけてくれてようやく、素に戻ることが出来た。
「そ、そうですね、早く片付けないとですね」
「ですね。じゃあ、俺がやっておくので美月さんは注文取りをお願いします」
「でも……」
「こんなこと、美月さんにやらせられないし、手でも怪我したら大変だから。俺、やりますね」
「ありがとう佐倉君」
その後、何事も無く仕事を終えたわたしたち。
佐倉君は、日課である、わたしを途中まで一緒に送るために、裏口で待っている。
佐倉君はわたしと歩くとき、先に歩いていて真横に歩くことが無い。それが何だか最近、寂しく感じて……気付いたらこんなことを口走っていた。
「佐倉君、傍に……行ってもいい、ですか?」
「……え」
「や、えと……お、おかしいですよね。すみません」
うつむいていると、彼がわたしの真横に来てわたしの歩幅に合わせて歩き始めた。荷物を持っていない彼の手は、”何か”を待つように空を切っている。
あれ、何でこんな急に緊張してるの? 佐倉君とは何も無かったのにどうしてこんなに胸が高鳴るの――