不穏な空気
これからも送る?
「佐倉君、あの……今日の笑顔練習が終えてからの送りの件なんだけど……」
「うん? 送るつもりだけど、なにかあった?」
当初はあの人が待ち伏せとかしてたら怖いな、なんて思いもあって佐倉君が仕事帰りに送ってくれるのは、例え義務だとしても嬉しくて頼もしさを感じていたけど、もう彼は近くにいないことを知ったわたしは佐倉君の仕事を減らそうと思って、断りの言葉を口にした。
「も、もう、送らなくて大丈夫だから」
「どういう意味?」
「その……あの人はもう、都内にいないみたいなの。だから、送ってくれなくても平気、です。今まで義務とは言え、ありがとうござ……」
「いや、それは違う。俺が美月さんを送ってんのは何も、あの時の彼から守る為だけじゃない。今もまだやってる笑顔の練習のプログラムの一環で送ってるんだよ。義務とかじゃなくて。だから、キミから勝手にやめることは認められないな」
我ながら苦しい言い逃れだな。美月さんに言ったことは半分嘘で、半分以上は本当ってことにしないとこの子と話す機会が減ってしまう。そろそろ教育係の役割が終わりそうだし、せめてもう少し……
「あ、そ、そうなんですね。分かりました。そ、それじゃ、あの……今日も帰り、お願いします」
「う、うん。ごめん、ありがとう」
「何でお礼を?」
「気にしなくていいよ」
※
「お疲れ様でした。じゃあ、俺は裏で待ってるから」
「はい」
俺は店の裏口で美月さんを待っている。蝉が五月蠅く鳴く季節……俺の中にも何か気持ちの変化があったのか?
「お待たせしました」
「じゃ、行こうか」
「あ、はい」
佐倉君のさっきの言葉がどうにも気になった。そろそろわたしの笑顔練習も終えそうなのに、それでもそれを終わらせたくないような、そんな言い方に聞こえた。わたしのことは好きじゃなかったはずなのに。
「佐倉君、あの、いいですか?」
「なに?」
「一昨日の、マキの話に出てた月渚さんって人のこと、好きだったんですか? そして、その人とわたしが似てるから最近優しいんですか?」
「ち、違う……似てない。それに、そんなの美月さんには関係ない」
「でも何だか、わたしへの接し方が最初の頃よりもだいぶ……違うので、もしかしたらそうなのかなと」
「やめろって! 関係のないあんたがそれを聞いてどうする?」
「気に……なるんです。わたし、佐倉君のことが……」
「はっ……だから自意識過剰すぎるんだよ!! ふざけんな! 誰が似てるって? 似ても似つかないっての! あの人の可愛さは異常だったし、俺は遠くからしか見てねえよ。バカじゃねえの?」
「なっ!? な、何でそんなひどいこと言うの? そんなつもりで聞いたんじゃないのに……何で……」
「あー面倒くせえな。悪いけど、一人で帰ってくれる? 俺は今日、気分悪いから一人で帰る」
「そうですね、わたしも同じです。じゃあさようなら!」
何なの? あの変わりよう……普通に聞いただけなのに。やっぱり優しくなんかなかった。やっぱり合わないんだ。せっかく、わたしから歩み寄ろうって思っていたのに――