付きっきりで……
わたしの教育係?
わたしと佐倉さんはあの後、店長から呼び出されて昨日のコトの事情を詳しく話すために事務室に呼び出されていた。
「……美月さんの事情は概ね理解しました。でも、佐倉くんの言う通り仕事の時に私情を挟んで支障をきたすのはどうかと思うよ。それは大丈夫?」
「は、はい。もう、大丈夫です」
本当は平気じゃない。あんなことをされたのは初めてだったし、まだわたしに執着していたなんて思わなかったから。でも、ダイキ……井塚さんも社会人だし、さすがにしつこくして来ないと思う。
それにこのお店で働いている限りは隣のこの人が仕事の一環として、守ってくれる……そう思っていた。
「それで、佐倉くんはそのお客様を退店させたんだよね?」
「はい、そうです」
「それは私情で? それとも……」
「仕事です」
店長はわたしと佐倉さんを交互に見て、問題が無いと判断したのかお咎めなしと判断された。よかった。わたしはすぐにホールに戻り、佐倉さんはまだ少し店長に何かを言われているみたいだった。
ホールに戻ったわたしを出迎えてくれたのは先輩方だった。もちろん、店長に呼び出された事ではなく、佐倉さんとの関係と井塚さんとのことがメイン。
「やっぱ、美月さん可愛いもん。俺はその男の気持ち分かるなー」
「はぁ? 二谷大丈夫? だからフラれるんだよ」
「でも佐倉くんがいてくれてよかったね、美月さん! 久留美の目に狂いは無かった。佐倉くんは何かしてくれる男の子だとね」
「い、いえ、でも佐倉さんは仕事で助けてくれただけですし……」
カンナさん、久留美さんはそんなわたしの言葉に、慰めるような目をしながら「応援してるから」なんて言葉をかけてきた。そんなじゃないと思うし、わたしもそういう感情はないかな。
「美月さん、こっち来てくれる?」
「あっ、はい」
佐倉さんにバックヤードに呼び出されると同時に、先輩たちは妙に盛り上がっていた。そうじゃないと思うけど、一体何の話なのかな? 緊張しながら、彼の後ろを付いて行く。
「美月さん、俺……」
何だか真面目な顔つきでわたしを見ている。えっ? な、何だろう……何の話を――
「あんたの教育係になったから」
「はい?」
「だから、教育。俺もあんたも入って来たばかりだけど、俺は出戻りなんだよね。だからそういうことなんだけど、あんたは昨日の彼のこと以前に笑顔が作られてんだよ。自分で分かってないだろ?」
「で、でも面接では問題なくて……」
「5分で判断できるわけないじゃん。面接よりも、ホールでの笑顔が勝負なわけ。で、俺はあんたとあの男の関係に全く興味ないけど、あの彼の作り笑いにそっくりだなって思った。”友達”に影響受けすぎでしょ。だから、俺があんたの教育係として付きっきりで教えるから」
「付きっきりで……? え、あの、ホールは?」
「しばらくやらせないし。まずは笑顔の練習をしてもらうから。それを俺が認めない限り、ホール出さないから安心していいよ」
安心? あぁ、彼のことなのかな。でもここに来て数日が経つのに、教育なんてそんなこと――
「あ、そうそう……店長に言われたから渋々やるけど、帰りは送るから」
「佐倉くん……じゃなくて、佐倉さんと一緒に帰るんですか? それはさすがに……」
「仕事の延長だから気にしなくていいよ。何も思ってないからあんたも気が楽だと思うし」
な、何か、やるせないんですけど。何なのその義務教育みたいな言い草……
事情を聞かされていない先輩方に冷やかされながら、今日からわたしと佐倉さんの義務的で奇妙な関係が始まろうとしていた――