14-3 胸騒ぎ
ベティはシャワーを浴びた後、ベッドにうつ伏せになりながらアース製のゲーム端末でジグソーパズルをやっていた。今日はもうこれを突き通して寝てしまえば良いのだ。
途端にドアが開き、ベティはびくっとした。ツバサは黙って自分の寝床を確保し、ベッドを背もたれにしながら腰を下ろした。
やはり何も言ってこない。ツバサはもこもこのフード付きの水色パーカーを着ていた。それを見てベティははっとして自分の服を見た。
「そのパーカー、私と色違いだね」
「え?ああ、これアスカがサイズ間違えたとかで俺にくれたやつなんだ。だから3人でお揃いだね」
ツバサはローブのポケットを漁っていた。その様子を黙ってベティは見ていた。
「あっ、あった……」
読もうと思っていた雑誌を少し引っ張りあげた瞬間、ツバサはローブごと慌てて投げた。持ってこようと思っていた雑誌とは違う卑猥な雑誌が入っていたのだ。ツバサはローブを取りに行くとそのまま部屋の外へ行こうとした。
「どこ行くの」
「ちょっとトイレ……」
「ローブ持っていく必要有るの?」
「あ、あるよ」
「さっき何を隠したのよ、誤魔化しても無駄なんだからね。帰ってきてからずっと口聞いてくれないし、それで今はこそこそしてるし、何なの?何を持ってきたの」
「ちょっとイライラしてただけだよ、悪かったって。ローブのは何でもないんだってば本当に。大したものじゃないよ、忘れてくれ」
「貴方はここに居候させて貰っているってこと忘れてるの?やましいものじゃないなら見せても大丈夫でしょ」
「大丈夫じゃないんだ」
「な、何よ、ガチトーンになって」
ツバサがローブを抱きしめながら後ずさった。背中が壁に当たり、ベティにじりじりと迫られる。今のベティはローブも着ず、おまけに短パンで色んな意味では無防備だった。危機だ。ポケットの中から卑猥な雑誌が出てきたら勘違いをされるに決まっている。しかもトイレに行くなどと嘘をついたせいでまた一つ余計な勘違いが増えてしまうだろう。
「トイレ行きたいなら私がこれを持っててあげる、中身は見ないから多分」
「とっくに尿意なんか消えたよ、本当に何でもな……いから」
「私が当ててあげようか、ツバサが何を持ってきちゃったのか」
「当たらないよ、きっと。俺のことをよく知ってれば」
「女子の部屋に泊まるというこの状況においてバレたら追い出される危険性があるもの、かつツバサが持ってきそうなものでしょ……」
「解答権は1回ね」
「"おしゃべり百科事典"みたいなこと言ってるし」
当たりませんように。必死にツバサはそう願った。もしバレてしまったらプライドがズタズタになってしまう。いや、元々持ってくるつもりは無かった。健全な雑誌を入れていたはずだった。部屋を封鎖される前、部屋にある本を片していた。その時ポケットの中に落ちたのかもしれない。それとも何も考えずに突っ込んだかのどちらかだ。
どちらでも良い。ベティが外れれば良いだけの話だ。
「多分合ってないと思うけどさー」
「う、うん、良いよ」
「エロ本」
「なっ」
何故わかった?!心の中で絶叫をする。はぁ、とベティは飽きれたようにため息をついた。
「トイレで何するつもりだったの、うちの家のトイレで」
「違うよ、これには訳があるんだ!俺は意図的に入れてきたんじゃない!健全な雑誌を持ってこようと思ってて」
「世の中の雑誌は殆どが健全な雑誌よ!あんたの頭の中が健全じゃないの!」
「だから間違えて持ってきちゃったんだって、トイレ行く振りしてどっかに捨ててこようと思ったんだよ」
「ゴミ箱に捨てる気?!うちの家のゴミ箱に!!……もう良いよ別に……見たくないし」
ツバサはへなへなと座り込んでしまった。ベティはその様子を見て声をあげて笑ってしまった。ちょうどその時、チリフが現れた。
「心配して損したわ、全く」
「チリフだ」
ツバサの目の前に画面が現れ、そこにはレンが映った。一瞬ベティは自分が映らないようにその場から離れた。
「どうしたツバサ、疲れきったような顔して」
「疲れてるから疲れきった顔してんだよ。何だ、こんな夜に」
「しばらくアルルと異界に行ってくるから。長くて3日間くらいかな?異界はチリフが使えないんだよ。だから、心配しないで。今アルルのことを待っているところなんだ」
「あそう」
「……ツバサもお泊まり会でもしてるのか?」
「うん、1週間の長期お泊まり会だ」
「楽しそうでいいな……あっアルル」
するとアルルが横から映り込んできた。その時、ベティはじっとこちらのことを見つめてきていた。何も知らないアルルはニコニコとしながら言った。
「そういうことだから、ベティのことよろしくね。ちょっとお母さんのことを聞いたらすぐに帰ってくるから。それじゃおやすみ!」
「おやすみ……」
連絡が切れる。何故だかツバサは2人のことが不安になった。異界という場所は以前にも2人は行ったことがあるらしいが、それでもツバサはチリフをもう一度呼び出した。しかし、もう連絡はつかなかった。
「長くて3日……3日過ぎても帰ってこなかったから、俺達が行けば良いんだから。それで良いよな……ベティ?」
ベティは黙ってうなずいたが、ツバサは自分の手が震えていることに気づいた。
「何でだろう……2人のことが心配だ、もしかしたらまたレンが……いや……」
「……大丈夫だよ」
ベティはツバサの頬に手をやると、その顔を自分の両腕で包んだ。耳についているベティの魔術ピアスが、目に入る。いつもと同じ、橙色の可愛い花。ツバサは少し震えていた両手でぎゅっとベティの服を掴んだ。
今日はもう眠ろう、とベティは耳元で静かにささやいた。




