13-6 私は
ふとアルルは幼い頃の記憶を思い出した。リアが話してくれたことだ。父が何日も帰ってこないある日、アルルはリアに聞いた。
「お父さんは、いつ帰ってくるの?」
「お仕事が忙しいんだって。だから、当分帰ってこれないって……」
「そうなんだ……お仕事、難しいのかな」
「そういえば……貴方はシェリーって呼ばれているけれど、本当の名前はちゃんと覚えてる?」
「本当の名前?……シェリーじゃないの?」
「シェリーはね、可愛いとか大好きとかそういう意味なの。お父さんはそうやってあだ名で呼んでいるけど、私は本当の名前の方が好きだわ」
「そ、そうなの?だったらお母さんが好きな名前で呼ばれたい!私の名前は……えっと……」
シェリーの他に名前なんて無い。シェリー以外で父に名前を呼ばれたことなんて無い。リアは、その日まで名前で呼ばなかった。アルルは自分の本当の名前を思い出すことができなかった。自然と目に溜まり始める涙。そして、リアは笑顔で言ったのだ。
「貴方の名前はアルル、でしょ?貴方を大切に思う人の名前が、込められているのよ。とても素敵な名前」
「アルル……私はアルルっていう名前なんだ!」
その時は分からなかった。一体誰からの名前を貰ったのかということを。
魔術士のアルノ。魔女のルーシェ。アルルは真っ直ぐに椅子に座るアルノを見つめた。
「君の声はルーシェに何だか似ているね。落ち着いていて、そして優しそうで」
「……この依頼の依頼人は貴方よね。貴方、本当は分かっているんでしょう?……自分がもう生きていないって、こと」
「……君は誰なんだ」
「シェリーは確かに死んだわ。でも貴方がこれから逝く先に、シェリーは居ない。だってその子は、その子は……生まれ変わったんだから!私に!!」
「まさか、君は」
驚いた顔でアルノは立ち上がり、アルルの目の前にまで歩み寄った。アルノの体は透明だった。その手でアルルに触れることはできず、アルノは魔術を発動させた。明るい天術がアルルの首の周りを包んだ。霊の魔術とは思えない程の力だった。
「私は、アルル・フェアリー」
「アルル……」
「私のお母さんが、リアが、私に名付けてくれたの。私のことを大切に思う人の名前が込められているって。私は少しだけ貴方と過ごした記憶がある」
「今までずっと、逝き方がわからなかったんだ。一体どのくらいの間、僕はここに居たのか、いつこの姿になってしまったのかわからないんだ。でも、何だか胸のつかえが取れたような気がするんだ」
アルルの体を包む天術が温かくなった。透明な姿のアルノは笑顔で涙を流した。
「僕をここから解放してくれてありがとう。君に会えて良かった。いや、君に会えたから僕は解放されたのかな……シェリー、じゃなかったね。アルル」
「あ……」
「大きくなったね。アルル、僕は君のことがずっと大好きだよ」
包んでいた天術が消えていく。アルルはアルノの元へかけて行ったが、触れることはできずに光になって消えていった。アルノは消える直前まで笑顔だった。その途端、部屋にあるもの全てが光り輝いて、天へと向かって消えていく。
「まさか、これ全部、お父さんが作り出した幻想なの……」
部屋の中には古いローブだけが残った。それはアルノの着ていたローブだった。自然とポケットに手をやると、2枚の紙切れが出てきた。1枚は3人で写っている家族写真だった。
「この人がルーシェ……」
もう1枚は小切手だった。そこには400万、とありアルルは思わず言葉を失った。
アルノのローブも紙切れもポケットに入れて扉に手をやると簡単に開き、床に座っていた3人がアルルに目をやった。何故かベティは1人泣いていた。それを見てアルルは慌てた。
「ベティどうしたの?!まさか、あんた達何か変なことを―」
「なわけないだろ!何でこの流れでそうなるんだよ!」
「アルルはやっぱりいつでもアルルのままだな」
「違うのよー、アルルの話聞いてたら何だか泣けてきちゃってー」
ベティは目を拭ってアルルの両手を握った。ベティの背中を叩きつつ、アルルは小切手のことを話そうか迷った。口を開こうとした瞬間、ツバサが叫んだ。
「ああっ!」
「どうした、デカイ声出して」
「依頼書が消えかかってるんだ!報酬が!」
「アルノさんの魔術が解けたのです。皆さんも早くここから立ち去った方がよろしいかと。出れなくなっちゃいますよー」
"おしゃべり百科事典"はそう言ってツバサの腕から飛び出そうとしたが、ツバサは無理やり自分のローブのポケットに押し込んだ。
「ひどっひどい!何て扱いだ!」
「元々の獲物はお前だ!お前を突き出さないと意味がない!」
「でもさツバサ、依頼書が消えちゃったら"おしゃべり百科事典"を渡す相手が居ないんじゃ……それに元々非公認依頼じゃないか……」
「そんな……」
ツバサが落ち込んだ瞬間、本は勢いよく飛び出した。アルルはため息をついて小切手を貰ったから、と言った。するとレンとベティも驚いて声を上げた。
「お金のことよりも早くここを出た方が良いですよ、若者諸君。今は秘密通路の全ての扉のロックが解除されています。それにどうやら館内が騒がしいですねえ」
「館内が騒がしいって……あっ!!あの巨漢野郎が通報したんじゃ!」
「それやばいじゃん!やばすぎだろ!は、早くここから出るぞ!」
4人は来た道を走って引き返した。途中まで本もついてきたが、秘密資料室の出口に差し掛かった時に本の動きは止まった。
「達者でー!私のことは忘れてくださいー!」
「忘れるに決まってるだろうが!変態本!」
ツバサが笑いながら叫んだ後、アルルも言った。
「部屋まで連れていってくれてありがとーう!」




