2-4 洞窟の魔力
体を丸めながら見上げると、レンは立ったままで向こう側をじっと見つめていた。レンはしゃがむと、ベティの両肩を掴んで立たせた。
「大丈夫。ゆっくり歩いて、進もう。原因を突き止めないと、出口は塞がったままだからね」
ベティは両肩に手を当てられたまま歩いた。触れられる手はひどく冷たかった。歩けば歩くほど震えてくる。寒いのではない。悪寒がするのだ。
やがて二人はこちらに背を向けて座り込んでいる魔術士を見つけた。その魔術士は女性で、何かをぶつぶつと呟いていた。
「……してやる……絶対に殺してやる……」
覆っていた氷の色がルビー色に変化する。ベティはここで待ってて、とレンは近くに座らせるとその少女の近くへと歩いていった。
「母さんを……あいつら……絶対に私が……」
頭を抱えながら呻く少女の体をレンはひしと抱きしめた。少女はレンが思っていたよりもずっと小さかった。
「かたきは取った」
「どうして、どうして?何も悪いことなんかしてないのに。どうして母さんが」
「憎しみに駆られちゃ駄目だ。……俺達は負けないよ、家族を奪った奴らのことをこれからだって許さない。それは俺も君も同じだ」
「……貴方は、レン・グレイ?」
殺気に満ちていた少女の顔がみるみるうちに柔らかくなり、そして涙を流した。少女は声を上げて泣いた。ルビー色の氷が元の色に戻り、そして徐々に溶けていった。それとともにベティの悪寒も治まった。
少女は気を失って、レンの腕の中にぐったりと倒れた。レンは少女をおぶってベティに言った。
「帰ろう。ベティ先頭を歩いてくれ」
「その子は?」
「連れていく。ここに置いていけないからね」
涙の跡が残ったままの少女の顔は、ひどく可愛らしく見えた。
森はもう道が完成していて、一行は帰路を急いだ。少女をおぶったまま歩いているレンを見て、体力は大丈夫なのかとツバサは少し心配した。ベティは疲れきったような顔をしてとぼとぼと歩いていた。そんな彼女にアルルは声をかけた。
「ねえベティ見てよこの写真。さっきベティ達が探索に行っている間に飛んでいた動物なの。これって珍獣になるかな」
アルルが差し出した写真に映っていたのは、鳥だった。大きな翼を持って、何故か体は鳥というよりも猛獣―ライオン―のように見えた。顔も鳥ではない。
「何だか気味の悪い鳥ね。初めて見たよこんな生き物」
「珍獣は多分大蛇様だからな」
はぁ、とため息をつきながらツバサは口を挟んだ。無事、依頼人に届いたジュエリーフルーツは三つ。その為報酬は少なかったが、珍獣の写真を見せると野菜をプレゼントしてくれた(依頼人は農家だった)。実際アルルが撮った珍獣は迷いの森の珍獣ではないそうだが、珍しい動物で気に入ったらしい。
レンが連れてきた少女はスズナと言った。スズナはひとまず王宮の病院に連れていかれた。検査ももちろんだが、彼女は戸籍がなく色々と手続きで追われていた。結局王宮内の宿舎で過ごすことになり、めったに彼女には会えなくなった。
そのことについてレンは寂しそうな様子を見せず、むしろ安心しているかのようだった。




