13-2 おしゃべり百科事典
大資料室は3階建ての建物で、フロアはロビーも入れて全部で5つある。特に装飾なども無く、真面目な本がずらりと並んでいた。本や資料の独特な匂いが室内にこもっていた。電気のついていない資料室は薄暗かった。レンは足を止めた。
「……俺とツバサの他に4人くらい居るぞ」
「なるほど、さっきの奴らの女軍ってことか……って何で勝手に入ってるんだ?!」
「さぁな。どうせアルル達がしくじったんだろ」
「誰がしくじったですって?」
いきなりアルルの声がしたかと思うと、ずるずると女魔術士を引きずりながらアルルとベティが歩いてきた。ベティが口元をタオルで拭くと、血が付着した。
「道理で痛いと思った」
「な、何やったの、お前ら……」
「喧嘩した」
「だって売ってきたんだもん。ムカつくじゃん。私達の気も知らないで」
「そんなんで女子が殴り合いの方の喧嘩するかよ……これだから女魔術士はゴリラで嫌なんだ」
ツバサが他動物の名前を出した時点で、レンは横で軽くびくびくしながら様子を伺っていた。ところがそれに関しては特に何もアルルとベティは反抗してこない。
「だって……ねえ、ベティ?あんなやり方無いよね?」
「無い無い。"うちのチームの巨漢達をあんたらに売ってあげるから、代わりに中に入れてくれない?報酬額は山分けってことで"って、意味わかんないよね!」
「まるで私達が巨漢がタイプみたいな言い方して!馬鹿にするのも程があるわよ」
それを聞いてツバサとレンは顔を見合わせるとニコニコと笑った。
「……ちょっと、ニコニコ笑ってないでこの人達外に捨ててきてよ。腕が疲れちゃった」
ツバサとレンはぐったりとしている女2人を押しつけられた。2人は女を引きずって出口へ歩きながら小声で話していた。
「いつからこのチームは女の方が強くなったんだ?!」
「正直彼女達の地雷源がよく分からないよな、さっきのツバサの発言もなかなかギリだったんじゃないの……」
「口が滑った、ちょっと冷や汗をかいた」
「俺達もしかして知らない間に尻に敷かれているのかな」
「そんな訳ないだろ!」
「痛っ!いちいち蹴ってくるなよ、いざという時に本当に足手まといになる」
「ベティはともかく、アルルは怒らせると面倒くさいんだ。というより短気って感じかな」
「そんなこと言われなくても分かってるよ……」
その後もぶつくさとアルルとベティは文句を言いながら隠し扉の探索にあたった。ツバサとレンはすっかり口数が少なくなった。資料室の本棚には怪しそうな場所が全く見当たらない。
その中で、ベティは1人資料室外で探していた。ロビーに置いてあるベンチの下などをくまなく調べるが、何も無い。ベティはふと思い当たり、ある場所へと走った。
「……兼用か。これはますます怪しいわね」
ベティがやってきたのはトイレだ。男女兼用トイレの個室の奥に手を触れると、壁が変わって扉が現れた。
「ビンゴ」
すぐに仲間をトイレに集めると、ベティはニアから貰ったゴーグルを装着した。ローブのポケットからライフルによく似た形の光線銃を取り出して肩にかける。肩にかけた時、ベティの体は少しよろめいて後ろにいたレンが慌てて肩を支えた。
「……1人だけやる気満々って感じだな」
「このゴーグルも光線銃も雷術士、つまり私にしか使えない道具なのよ。私が先頭を行くから、皆はついてきなさい。光線銃が結構重いから、後ろの人が明かりお願いね」
「へーい。じゃあ俺がベティの後行くね」
ドアの向こうは真っ暗だった。おまけに通路は狭く、人は2人も通れないくらいの広さだった。アルルはその暗さに少し顔をしかめた。
ベティの後にツバサが懐中電灯を手に入っていくと、レンが先へ行くようアルルの背中を叩いた。レンにとって暗い場所は怖いもの無しだった。
「当分センサーは無いみたい」
一番長身のレンの頭がギリギリ天井に届くか届かないかくらいの高さだった(レンは180センチくらいである)。ベティは光線銃をポケットにしまった。懐中電灯1つでは殆ど見えず、一番後ろに居たレンもライトをつけた。暗闇が大の苦手なアルルは、前を歩くツバサのローブを掴みながら歩いた。
「えっ?!」
レンが声を上げた途端、何か物音がして室内の空気が変わった。
「うわあ何何?!」
反射的にアルルが悲鳴をあげて咄嗟にツバサにしがみついた。どうした、とツバサが前を向いたまま尋ねた。
「勝手にドアが閉まった」
「……」
「……」
「帰りどうするんだよ!」
「ちょっと止まって!」
今度はベティが声を上げ、ツバサは慌てて足を止めた。ごそごそとローブのポケットから先ほどの光線銃を取り出して肩に構えた。
「赤外線センサーがたくさん張り巡らされているわ。これで動作感知器そのものをやるから。ちょっと重くて安定しないから後ろの方ツバサ持っててくれない?動かさないでね」
「おう」
「凄い圧力が来るかもしれないけど、離さないでね」
「あっはい」
「行くわよ……3、2、1」
ベティは光線銃の引き金を引いた。緑色の光線が輝き、まっすぐと奥まで伸びていった。次々に動作感知器を破壊していく。肩に銃の圧力がかかり、ベティは足に力を込めた。やがてそれはバチバチと電気が走り始めた。その時、後ろで支えていたツバサの体に電気が伝った。まだツバサのローブを掴んでいたアルルにも雷が伝わり、2人は悲鳴をあげた。
「あああああ!!」
「ちょっと!手を離さないで……重っ!!」
ツバサは光線銃から手を離して後ろに倒れそうになった。それはアルルも同じだった。レンが何とかアルルのことは後ろから抱きとめたが、ツバサは尻もちをついた。
「朝から散々だ……まだ手がビリビリしてる」
「ツバサ、前に扉があるよ」
ベティがその扉を押すと簡単に開いた。まだ道は続いていて、薄暗かった。道は二手に分かれていた。ツバサは右も左も懐中電灯を照らしたが、どちらも同じような廊下が続いていた。しかし天井が高くなっていることと、湿った空気が流れていることはさっきまでの道と違っている。
「よく見たらどっちも向こうにたくさん本棚が見えるよ。秘密資料室って感じじゃないか?」
レンが口を挟むが、誰も何も反応せずにただ互いの顔をちらちらと見るだけだった。この先の資料室のどこかに"おしゃべり百科事典"がいる。沈黙の中、ツバサが口を開いた。
「これは二手に分かれろ、と言っているんだ。だから分かれて行こう。レンの言う通り普通の資料室だったら合流できるはずだけど……どっちかがハズレとか無いはず」
「からくり屋敷じゃないんだから……どっちも同じじゃない?」
そうベティが言うと、ツバサはうなずいた。そしてツバサとベティは右の道、アルルとレンは左の道を進むことになった。今度の道は幅も広がっていて、2人は横に並んで歩くことができた。
ベティは装着していたゴーグルを外して歩いた。少し歩くとまた物音がして、入口が閉められていた。
「合流できない気がしてきたわ」
「やめろ、フラグを成立させるな」
2人は広めの資料室に突き当たった。殆どの資料が紐で結えられて、ホコリを被っている。大半の本はタイトルから読むことができなかった。ふらふらと資料室の中を歩いていると、扉を見つけた。
「開かない。鍵穴とか見当たらないけど、鍵がかかってるみたい」
その時だった。ガタガタと音がして、近くの本棚が揺れた。1冊の本が勢いよく飛び出した。瞬時にツバサは魔術を発動させ、その本を捕まえた。
「無礼者めー!私を捕まえてしまっては、お前達はここで餓死する運命になるぞ!このー!」
高い声が響き渡り、思わず2人は後ずさった。ロープ状の黒術の中で本は暴れだし、解放された。無礼者、と本はツバサの頭を数回叩いた。
「本が喋った?!別世界に住んで18年、一度もこんな光景は見たことがない!」
「ふっふっふっ、私だけは特別なのだよ。なぜなら私は……」
「……"おしゃべり百科事典"?」
おそるおそるベティが尋ねると、本は黙りこくってしまった。その数秒後、咳払いのようなものをして本はまた喋りだした。
「私は……考古学者なのだ。無名の考古学者だ」
「無名の……何か本とかは出版してないの?それともこの本が貴方の書いた本?」
「これはただの古ぼけた百科事典だ。文字もかすれて読めない。私の書いた本は、"新暦書"を始めとした歴史の……」
「俺読んだぞ、新暦書!……正確にはアルルだけど」
「そんなことは知っている……私は若者達に"おしゃべり百科事典"と呼ばれているようだが、おそらくお前達が目当てにしているものは私ではない。この奥の奥の部屋に居られる魔術士だと思われる」
「じゃあ"おしゃべり百科事典"はお前のことなのか?」
「ま、まあ……というよりもここまでやってきた魔術士はたくさん居るのだ。お前達は一番ではないぞ、うーん……8組目くらいだ」
「何で皆ここで止まってるの?」
本は嬉しそうに声を上げて笑った。それと同時に本からホコリが舞い、2人は手で払った。ペラペラとページがめくられながら、本はまた話し始めた。
「なぜなら……この先は私の問いに答えられなければ進むことができないからだ」
「問い?クイズでもやるのか?」
「その通り。お前達のチームはあと2人居るな。その2人にも、私の分身が向かっている。お前達も向こうの仲間も全問正解できれば全員で先へ進める。……何、そんな難しい質問はしないよ」
「でも俺達の前に来ていたチームは全員正解できなかったんだろ?」
「そういうことだ。魔術士と言えども、体力だけじゃやっていけないのだ。頭脳も使う機会があるべきだと私は思う。少し頭が冴えて、それから仲間のことをよく知っていれば簡単にわかる……質問は全部で2つだ。まず1つ目の質問だ」




