12-6 夜
「ねえツバサ」
ツバサが目を開けると、すぐ近くにベティの顔があった。ベティはツバサの上に馬乗りになっていた。
あんなに走り回っていたのに、神界に行ったせいかツバサの体は軽く感じていた。ツバサは起き上がるが、ベティはベッドから降りなかった。
「どうした?この調子だと今日もお泊まり確定……2回目だな、このくだり……」
「……そうだね」
「……何かやりたいことある?」
「何その質問。うーん……何かお腹すいちゃったからご飯食べたいな。作ってよ!」
任せろ、とツバサはグッドサインを出すと、家にあった食材で料理をして振舞った。2人は久しぶりにたわいも無い会話で盛り上がった。チームオセロが結成されて間も無い頃、カフェテリアで依頼書を眺めながら、ああでもないこうでもないと話していたことを思い出す。あの頃は、アルルがレンに気を取られすぎていたせいで、いつもベティが隣に座ってくれていた。しばらくこんな風に会話できていなかったことに気づき、ツバサは自然と声が出た。
「ベティ、ごめんな」
巻き込んでしまって。
そう言いそうになるのを、直前で堪えた。
「俺、こんなしょうもない魔術士で」
「何それ、変なのー」
2人は順番にシャワーを浴びて、ベッドに入った。ツバサの狭いベッドに2人でもぐりこむのは、これで2回目だった。あお向けで寝たまま、ベティが聞いた。
「さっき、神界でさ。道を間違えた時に、正してくれる存在が必要って言ったでしょ。それって、平手打ちしていいってこと?」
「普段からビンタしていいってことじゃないぞ、そこは分かってくれ」
「私がもし悪いことしたらどうする?」
「俺もベティと一緒に悪いことして悪いやつになっちゃおうかな。仲間になる」
おかしそうにベティは天井を向いたまま笑った。
「それは解決になってないわ。むしろ悪化よ」
「ベティは悪いことをしない。俺がもし、悪者ベティにとって悪いことをしてるなら、そん時俺は自分のことを自分で殴るかも。」
翌朝、体がスースーすると思って目を覚ました。ツバサの部屋だ。そうだ、昨夜は。ツバサは既に隣に居なかった。というか部屋に居なかった。いつまでも上半身裸で居るのも良くない。ベティは下着を探し始めたが見つからない。
「何で……この部屋に女物の下着は一着しか無いはずなのに……」
いきなりドアが開き、ベティは慌ててベッドにもぐりこんだ。こんな明るい時間に裸を見られるのは恥ずかしい。
「あー疲れた。一番始めに会話するのがクソ妹とはね」
ツバサは塩が入った入れ物を手に台所へ戻った。既にツバサは洋服を着ていたが、ローブはまとっていなかった。ベティは起き上がると声をかけた。
「ねえちょっと」
「おはようベティ……」
ツバサの目線が少し下がったことに気づき、ベティは胸を手で隠すと言った。
「私の下着が無いんだけど」
「下着?ああ、風呂場に干してあるよ」
「誰が干したの?!」
「俺以外に誰がいるんだよ!まだ乾いていないと思うよ。ついでにベティの洋服全部洗っといたよ」
「そしたら私の着るものがなくなるじゃない!あんた馬鹿なの?!」
「確かに!!あ、でも俺のローブがあるよ!……裸ローブエロ……でもそれはそれで良い。俺の部屋の中でなら……本当に着るのか」
ベティは一回り大きいツバサのローブをまとい、上手い具合に胸の形を隠した。そしてツバサが用意してくれた温かいココアを口にして、ほっと息をついた。その時ローブの背中の辺りに使用済みのモノがくっついていることにツバサは気づき、特に何も言わず取るとすぐにくず箱に投げ捨てた。
「いつになったら乾くの?いっそのこと外に干せない?」
「外に女物の下着なんか干してたら俺が捕まっちまうよ、それか隣人に盗まれる」
「隣人……そうだ、隣人に聞こえてたのかな、ああ恥ずかしい死にたい……」
急に赤くなり両手で顔を隠すベティに、結構聞こえていたと思う、とまでは言えなかった。敢えてお互い様だ、とツバサは言った。
「アスカに下着借りに行くという手もあるわね」
「やめろよあいつのこと傷つけるだけだろ」
「そうだよね、兄の事情なんて知りたくないよね」
「違うよ、アスカの下着なんてベティには小さくて入らないよ」
「そういうこと?!」
「ベティ、体大丈夫?」
黙ってベティはうなずいた。最中にも、何度も大丈夫かと聞かれた記憶がうっすらとある。ベティは1つ、昨夜を通して体感したことがあった。
こう見えてツバサ・サングスターは根は優しい男である。思い出すだけで恥ずかしくなり、ベティは慌てて話題を変えた。
「……そろそろ仕事に行かないとね」
「ああ、そうだな……何か面白そうな依頼探しとくわー」
「ツバサが選ぶ仕事っていつもろくなもの無いわよね。迷いの森探検とか、砂浜の水着観察とか……あ、私は別に水着観察はしてないけど」
「ベティが選ぶのもカフェのお手伝いとか、魔法道具屋の倉庫大掃除とか、最早ただのアルバイトじゃん。何かこう……魔術士らしい仕事がしたいんだよ」
「そう?皆ちょっとは安全な仕事がしたいとは思わないの?次はアルルに選ばせたら?」
「駄目だ。アルルはいつも直す系の仕事しか選ばない。ハネハネの修理、訓練所の備品の修理、壊れた看板の修理……俺達は修理屋じゃねえ」
「じゃあレンは?」
「お前……レンがどう考えても一番ヤバイだろ。レンは報酬額しかいつも見てない。いっつも"首"に賞金がかかっている奴の依頼書ばっかり持ってくる。裏商売人の身柄拘束とか、巨大ダコ捕獲とか……」
「でも全部何とかこなしてたわよね。タコも商売人もレンがずるずる足を引っ張って道を歩いた記憶があるわ」
もうちょっとまともな奴が居ればいいのに。ツバサがそう呟くと、ベティはそんな彼を見て呆れたようにため息をついた。
結局、ツバサが次の依頼を決めた。いつの間にか集合場所となっている高校のカフェテリアで、約3週間ぶりにチームメンバーは集まった。久しぶりだ何だという挨拶は全く無く、ツバサがテーブルの上に依頼書をバンと置いた。
「次の依頼はこれだ!非公認依頼!レクタングル王宮、大資料館の秘密資料室に住みつく"おしゃべり百科事典"の捕獲!」
「その百科事典、この前別の依頼書でも見たぞ!というかそれ、今大人気の賞金首だ!国王自らが捕獲を命令しているけれど、誰も捕まえられていない。口が軽すぎて何でも喋っちゃうらしいんだ……国の裏の情報とかな。今は確か200万くらいかけられてる気がする」
「この報酬額、400万だぜ。でも、凄い沢山注意書きとアドバイスが書いてあるんだ。まず……この依頼は非公認の為、国にバレると大変なことになります。罰金800万の支払いを要求される可能性がありますので、その点はご了承ください……マイナスじゃん!成功してもバレたらマイナス400万!」
その他にもツラツラと色々な注意書きが書かれていた。競争率が高くなる依頼の為、資料館は人が多くなること。その為、開館前に行き予め職員から入室許可カードを一枚奪い、資料館を休館にするべきだということ。秘密資料室の入口は地図上には書かれていなく、資料館の中から自力で探すこと。秘密資料室内には動作感知器が張り巡らされているため、赤外線センサーに触れないようにすること。
「……大丈夫なの、これ」
「アルル、俺達のチーム名忘れたのか?オセロだぞ!」
「だから何なのよ!何か嫌な予感しかしないんだけど、この依頼……」
「そりゃ非公認だからな。ちゃんと皆それぞれ準備するんだぞ。懐中電灯忘れるなよ!ベティはセンサーを何とかする機械をニアに頼んで作ってもらってくれ」
「そんな簡単に行く話なのかしら」
数ある依頼の中でこれを手にしたことも、ある意味1つの運命だったのかもしれない、と一同は後に思うのだった。




