12-5 忘れるな
"神様の世界!"
「ん?」
「どうしたの?」
何か聞こえたような気がした。するとまた声が聞こえた。ツバサの声だった。
"胡散臭い雷神ニア様がいる世界だ!神界!神界!繋がれ!開け!"
ツバサはその時自力で神界へと繋がるワープの扉を呼び出していた。神の子孫でもないツバサには、神界のワープの扉を呼び出すのは困難なことだった。おまけにその時別世界は天気が崩れ、雨風が凄かった。
嵐のような夜に、ようやくワープの扉は金色に染まり始めた。
「会いに行く必要はないよ、ベティ。婿殿はここへやってくる」
「……え」
ベティが顔を上げた時だった。家の中のベルが鳴った。噂をすれば、とニアは立ち上がった。ニアが玄関に行くと、全身びしょ濡れのツバサが居た。
「そっちは雨だったのか?」
「雨って言うよりもとんでもない土砂降りだ……」
家に入ってすぐツバサはくしゃみをした。雷関係の発明機と、ぽたぽたと垂れる水とで感電という言葉が浮かび、一瞬ツバサは鳥肌が立った。ニアは玄関先に変わった形の特大ドライヤーを持ってくると、それを稼働した。
「あっつ!まじあっつ!止めて!火傷する本当!」
「しかし乾いただろう?」
「うん、ありがとう。さて本題です、神様。ベティは居る?」
「勿論だ!」
「やっぱり。他の仲間にも協力してもらって探したけど、全く見つからなかった。俺とベティだけが知ってる場所、で思いついたんだよね。ここってチリフ呼べないんだよね……まあでもアルル達もあの嵐じゃ流石にもう帰ってるかな……」
ツバサは安心しきったようにべらべらと喋り出した。やれやれ、と胸を撫で下ろし中へと入っていった。
ベティは座ったままじっとツバサのことを見つめた。しばらく沈黙が流れたが、ツバサが口火を切った。
「もう心配したよ、ベティ。ごめんな、最近何だかたるんでたって言うかさ……仕事行く気無くて。ゴロゴロしてたから、明日からは働きに行こう、またいつも通りさ」
「リッチェルは」
「え、何でリッチェルが出てくるの……?ああ、もしかしてリッチェルと図書館に居るの知ってたの?何だよ、いつもみたいにいきなり登場してくれれば良かったのに」
「リッチェルとは何も無いってこと?」
「今まで通り。ただ、ルークが亡くなってから元気なさそうだったから。呼ばれたら会いに行ってただけ」
しかしベティはまだ悶々としていた。椅子に座ったまま動かないベティを不審に思い、ツバサは真面目な顔になった。
「言いたいことあるなら言えよ」
「……前にお城でアルルから一族の話を教えてもらった時、私リア女帝に言われたのよ。"関係の無いベティ"って。その時は私だって関係者ですとかさらって返せたけど、牢獄の一件があってから分からなくなった。レンやツバサのお父さんには迷惑かけたし、それに私みたいな普通の奴がさチームにいる意味なんてあるのかな。偶然なのか必然なのか分からないけど、アルルもレンもツバサも何かしらで繋がりがあってさ。私今まで仲間とか友達とか居なかったし、実の姉からは見放されてきて、おまけに親殺しの娘で。だから羨ましく思っているのかもしれないけど、だけど」
思っていることを口に出せば出すほど、唇が震え始める。ベティは立ち上がってツバサの元へ行った。そしてツバサのローブを両手で掴んで叫んだ。
「私、チームの中でも孤立しているような気持ちになるの!私は皆みたいに強くない。皆の役に立てない。私はニアの子孫ではあるけど……そういうのじゃないの。何か違うの。それに、本当に私は弱い人間なの。命懸けで戦える自信なんて無い。アルルともレンともツバサとも話していると、たまに自分のことが情けなく感じるの!私、チームを抜けた方がいいのかな。そしたら本当に天涯孤独だよね。誰からも必要とされないし、私はやっぱり"独り"になる。"独り"になる運命なのかな。ごめんね、ツバサ。重いことばっか言って。でも私はこういう人間なの。こんな自分が今でも大っ嫌い。いつか皆から見放されるんじゃないかってどこかで怖がってる。嫌で嫌でたまらない、こんな自分が」
「……」
「だから、だからね、私本当に嬉しかったの。ツバサがチームに勧誘してくれた時。ツバサは私を助けてくれるんだって。明るいところへ連れていってくれるって。だけど……こんなのってないよね。悪魔王と戦うなんて怖すぎるよ。誰かが死んじゃうところも見たくない。アルルがまたおかしくなるのも嫌、レンがまた豹変してアルルやツバサを殺そうとするのも見たくない。怖いの、怖いんだよ……」
「ベティ」
自分のローブを掴むベティの両手をツバサは掴んだ。いつになく真面目な顔のツバサに、ベティはもう何も発する言葉が無かった。
「ベティは、チームの皆のことが大好きなんだな。多分メンバーの中で一番チームを大切に思ってくれてるんじゃないかな。確かに俺達は宿命なのか偶然なのか、"一族"が沢山集まってしまった。だから、皆それぞれが辛い思いや苦しい思いをすることになる。普通のチームよりもね。俺も、怖いんだよ。この間、レンがアルルに攻撃をされた後のこと覚えているだろ?俺も絶対あんな風になっちゃうと思う。だけどさ、何でそんな状態になっていたレンが復活したんだと思う?」
「それは……」
「俺達が居たからだ。ベティは俺達のチームに必要不可欠な存在だ。前にも俺、言ったよね。理性を失って感情的に狂った時や、何か道を間違えてしまった時、それを叩き起こすことが出来る人が必要なんだ。それは仲間じゃないといけない。それから、ベティは自分のことが嫌いで弱いって言ったけど、それは俺も同じだ。俺も自分のことが嫌いだし、全然強くなんかない。弱い。自分のことを嫌いだって思うのはベティの勝手だ」
「……」
「……でもいくらお前が嫌いだって言っても、そんなお前のことを好きでいる奴が沢山居る。そのことを忘れるな」
ベティの両目に涙が溜まっていた。ベティは握られている両手を握り返してすすり泣いた。2人の両手にぽたぽたとベティの雫がこぼれた。そしてゆっくり顔を上げると泣きながら笑顔を見せた。
「……ツバサにだって、沢山居るよ。ツバサのことが大好きな人」
少し遠くからその様子を見ていたニアは感心しきったようにうなずいた。たった今、我を失っていたベティをツバサが目覚めさせたのだな。良い仲間に出会えて良かったな、我が子孫よ。
ベティはツバサの胸に顔をうずめた。ツバサはその体を優しく抱きしめた。震える声でベティは言った。
「私のこと、これからも守って。私も、ツバサのことをこれからも守ってあげる」
「……ありがとう、ベティ」
2人は抱き合ったまま、互いの目を見つめ合うと自然とゆっくり目を閉じて口づけをした。優しい思いが込められたキスだった。唇を離すとベティは少し恥ずかしそうに俯いた。ツバサがふと振り向くとすぐ後ろにニアが立っていた。
「ムードぶち壊しだな神様!」
「婿殿、仕方ないがベティのことをよろしく頼むぞ」
「仕方ないがって何だよ」
「私はベティの味方、そして少ない家族の一人だ。私は神だからお前達を俯瞰することくらいしか出来ないが、絶体絶命のピンチが訪れた時は……助けてやるからな。ふふふ……もう夜も遅い。今日は帰りたまえ!」
「おいまた俺の部屋に飛ばす気か?!」
ワープする瞬間、ニアは笑顔で手を振った。ベティも振り返した。
やはり2人はツバサのベッドの上に落下した。ツバサは相変わらず下敷きになり、軽く目を回した。時刻はまた深夜で、ベッドの近くにおいてあるランプだけが灯っていた。




