12-4 覚悟
「レン!レン・グレイ!長い集会はやっとお開きになったの?ねえ!もう私あなたから近況報告を聞きたくてうずうずしていたのよ」
興奮したような声とは裏腹に、堕天使ナターシャは目を閉じたままふわふわと頭上に浮かんでいた。貴方を復活させる気はない、とレンが言うとナターシャの声色が少し変化した。
「なぜ?」
「あんたのことを信用できない。それに、俺にはアルルを殺すことなんてできない」
「信用できないって……平和にしてあげるって話?」
「そうだ。俺は一応グレイの血を引いている人間だ。あんただって黒の女王のことを憎んでいるんだろう。だから、信用できないんだ。女王が謝られただけで許してくれるとは俺には思えないんだ。それにあんたがグレイの一族を全滅させるっていう可能性もある」
「ほら出た。結局あんたはグレイの味方なんだか私の味方なんだか分からない」
ナターシャの笑い声が空間に響き渡った。くるくるとナターシャは体を回転させると、レンの目の前に接近した。もちろん瞳は閉じたままだ。
「あんたは利用したのよ。自分の都合の良いように!私が与えた情報を都合良く黒の女王に伝えて、黒の女王までも利用して、グレイ一族皆の思考をフェアリーを守ることに変えたのよ!黒の女王は私やアルトゥール達程頭の回転が速くないの。だから、あんたは利用したのよ!私の前では嘘はつけないわよ」
「利用なんかしていない、俺は……」
「そうかしら。面白い男ね、結末が楽しみだわ。これはフェアリーとしてでも何でもなく、私個人として言わせてもらうけど、アルトゥールを甘く見ないでちょうだい。アルトゥールは必ず私を助けに来る。そのためだったら何でもする。もし仲間の魔術士がフェアリーのことを守ろうとすれば平気で殺す。あの人はそういう悪魔よ。私はそういう真っ直ぐなところが好きなの」
「今思ったよ。あんたのことは絶対に復活させない。あんたを復活させても幸せになんかなれない。今よりもっと絶望を味わうだけだ」
「レン、貴方は自分で切り開いたんだ。心変わりして私を復活させたいと思っても困難になった。貴方は意味がわからない。真ん中に立って周りの奴らを良いように利用しているだけ。チームメンバーのことまでもね。貴方は本当の悪魔なんじゃない?それから、私と貴方似たもの同士って前に言ったけど、一つだけ違うところがあるわ」
ふふふ、とナターシャは笑うと、その片目だけが開いた。金色の瞳で姿を捉えられた途端、レンは体を抑えた。震えが止まらない。恐ろしいほどの威厳さに膝をついた。
「貴方には覚悟というものが無いのよ。アルルを殺す覚悟。仲間を捨てる覚悟。覚悟が無ければ何も世界は変わらないわ。私はアルトゥールと愛し合う為に仲間を捨てて、大天使という名前も捨てたわ。それが私と貴方の決定的な違いよ」
設計書と機械を見比べながら雷神ニアは頭をかいた。魔術士達からうるさいうるさいと文句飛び交っていた魔法マイクを何とかしようと手を出したはいいものの、分からなくなってしまった。
「参ったね……魔法マイクがないと本当に"ただの"魔術士みたいになっちまうじゃないか……一体俺は何のためにこんなことを……誇り高き子孫ベティなら、修理方法が分かるかもしれぬ」
ちょうどその時、来客を知らせるベルが鳴った。ニアは修理の手を止めて玄関先へと向かった。そこには死んだような顔をしたベティが立っていた。
「……ベティじゃないか。いらっしゃい!……何かビリビリするやつ食べていくかい?ベロが明日までビリビリ痙攣しちゃうくらいの」
「……うん」
大げさに言ったつもりがことごとくベティにスルーされてしまった。ベティは椅子に座り、テーブルに向かった。何も喋ろうとしない。ニアは特大冷蔵庫を開けて、中身を漁った。ケーキを見つけると、魔術で手元まで引き寄せた。ふとテーブルに居るベティに目をやると、魔法マイクの方をじっと見つめていた。
「その魔法マイクね、皆から苦情が殺到するから、自力で直そうと思ったんだよ。でも分かんなくなっちゃって。いやあ参ったよ」
ニアがケーキに雷術をかけると、ケーキから火花が軽く散った。ベティはやはり何も言わない。ニアはケーキを持っていきながら聞いた。
「直してくれたりするか?」
「……できるかな、私に機械の修理なんて。ケーキ……こんな大きいの食べられないよ」
「俺も……いや、私も一緒に食べよう。こんな感じの設計書なんだ」
ビリビリケーキを食べながらベティは設計書に目をやった。ニアは隣で子孫のことを見つめながら、家出でもしてきたのだろう、と思った。
「ベティよ、また誰かにいじめられたか」
「違うよ……何か、分かんなくなっちゃって。私ただの足手まといなのかなってさ。重いよね、私……それにツバサもやっぱり私なんかよりフェアリーの女の子が良いんだよ。そっちの方が可愛いし……一族とか呪いとかそういうの全部どっかに投げたくなっちゃうけど、そんなことできないし……」
「婿殿が何か酷いことをしたのか?!」
「分かんない。でも会ってくれないし、どうでも良くなっちゃったんだよ、きっと」
「ほう……そんなことをするような男には見えなかったがな。きっと会えないのは何か事情があったんだろう。婿殿は良い男だぞ!ご先祖様がこう仰っているのだ!嘘はつかん!」
「そうだと……良いけど」
うつむくベティの頭をぽんぽんとニアは叩いた。するとニアはケーキを一口頬張り、ベティの方を向いて言った。
「過去に辛いことがあった男だろう、婿殿は。彼は他人の"苦しみ"っていうのをよく分かる男だ……そして、誰よりも助けたいと思っている。だからな、たまに周りが見えなくなってしまう時もあるのさ。そこでだ、ベティのような強く理性的な女が婿殿には必要なのだ。婿殿が突っ走り過ぎた時や、道を間違えてしまった時、平手打ちをしてでも方向転換をしてあげられるかどうかだ」
「……え?」
「ベティも、婿殿に助けられた一人なんだろう?男が責任を持って守る、というようなしきたりがある所は多いようだが、守られているのなら守ってあげなきゃならん。だから、あの婿殿のことを守ってあげなさい。……という話は前もしたような気がするが。その前に婿殿が"美女"と面会している話とか、ベティが思っていることはちゃんと言葉にして伝えるんだよ」
「……ツバサを目の前にしたら正気じゃなくなるかもしれない。爆発しちゃうかも」
「それはそれで良いのでは。正面からぶつかって行けば、相手も正面からぶつかってくるだろう。婿殿は怒ると怖そうだなぁ」
「ツバサは怒るとめんどくさいよ、ネチネチ」
「ネチネチしているのは本気怒りじゃない気がするけどな……」
「でも私から会いに行くのは嫌だなぁ……チリフの伝言でつい大嫌いとか言っちゃったし」
それは結構刺さるな、とニアは苦笑いをした。少しずつベティの口数が増え始め、ニアは安堵をついた。




