12-3 レンの企み
アルルが家に訪ねてくる前、レンは眠ろうとすればいつも夢に引き込まれていた。牢獄の一件は、レン達の犯行ということまでは耳に入っていないものの、同じ一族の仲間が仲間を殺したという話は伝えられていた。あの時、その場で犠牲になってしまったのはルークだけだった。
ルークは殺し屋グループの幹部に属していたようで、その中でもトップに近い地位に居たらしい。そのこともあり、サングスターやアルトゥールに対する考え方がまた変化しつつあった。
「レン・グレイ」
名を呼ばれて振り向くと、青い眼帯の魔術士が立っていた。どこかで見覚えがあるように感じた。しかしレンは自力で思い出すことはできなかった。
「俺はアレンだ。かつて異界で、お前とアルルという女の命を狙ったことがある。まあ、ジュリ達に妨害されてしまったが……こんなことを言うのはおかしいが、俺はもうお前を殺さないことにした」
「……確かアレン、君は俺のことを"裏切り者"だと言っていたよな。アルルを連れているから。なぜ標的を俺から外したんだ?女王の命令か?」
いいや、とアレンは首を横に振った。レンのイメージしていた人物像と彼は違っているように感じた。
「俺個人での判断だ。元々俺は女王に命じられて、レンの監視を務めていた。女王は家族を大切にするが、その代わりに裏切り者は徹底的に排除だ。フェアリーは敵だ。だからレンはある意味一族の"裏切り者"ではあるが、俺はまだそのことを報告していない。それに、俺は立ち向かうべき相手がはっきりと目に見えたんだ。これからは一族としても、魔術士としても、力を貸していきたい」
「それはありがたい、アレン。和解できて良かった」
レンはアレンの差し出した手を握り、力強く握手を交わした。するといつの間にか隣にジュリが立っていた。
「アレン何かあったのかい?勝手にライバル視していたレンと和解するなんてね、しかもあんたから。らしくないじゃないか。何か、変なことでも企んでいるのかい」
「俺を疑っているのか、ジュリ」
「当たり前だろ。一度はレンとアルルの命を狙った男だ。警戒しないはずが無いじゃないか。まああいにく私は異界人なのでね、あんまりあてにしないでくれよ。レン」
「ジュリ、何だか久しぶりだな。タンポポやカノンは元気にしてる?」
「おかげさまで」
すると今度は遠くからレンさーん、と叫ぶ声がした。その声を聞いて少しアレンが顔をしかめた。予想通り氷術士のスズナが駆けてきたのだ。
「レンさん、お役に立てず申し訳ございません!」
「いや、別に何も頼んでないし……」
「いえいえ。……んー、やっぱりアレンさんこの間見た時と何か変わりましたね」
「眼帯を新しくしたんでしょ。青の眼帯になってるよ……って、何で青い眼帯の話であんたは顔が赤くなってるんだよ」
「なぜですか?」
「……女か」
ジュリはアレンの背中を叩いた。うるさい、とアレンは女子軍をあしらうとレンにまた向き直った。
「何か策があるような顔をしているが。何かあるのか」
「ああ。ものすごい情報を取得したんだ。上手く行けば、フェアリー……アルルの命がグレイから狙われなくなるかもしれないんだ」
「……そうか。しかしフェアリーのことも、黒の女王は酷く憎んでいる。あの女王を説得できるほどの情報なのか?」
「サングスターの弱点を逆手に取ったんだよ。サングスターというよりもアルトゥールの弱点だけどね」
「アルトゥールの弱点だと?!どういうことだ」
「……これから皆の前で話そうと思う」
レンが挙手をすると、すぐに黒の女王は気づいた。それがレンであることを捉えた時、一瞬困ったような顔をしたが、レンに魔術をかけて体を浮かばせた。
「レン、今度は一体何だい」
「アルトゥールが大切に保管しているものがあるでしょう。ナターシャの石だ。アルトゥールはナターシャを復活させることを心から望んでいるはずだ」
「そんなことは!そんなことはあってはならない!あの忌々しい堕天使を復活させてしまったら、我々は悪魔界から追放されてしまう!あいつは不幸しか生まないのだ!」
「私ももちろん復活など望んでいません」
いきなり口調と声色を変えたレンに、一同は目を丸くして注目した。黒の女王もレンの黒い瞳を見つめたが、そこから何一つ読み取ることができなかった。この魔術士が何を考えているのか全く分からない。
「続けて」
「はい。私は先日、そのナターシャを復活させる方法を入手しました。それは新暦書という、古代魔法語で書かれた書物にありました」
「その話の証拠となるものは」
レンは魔術を発動させると、メモ用紙のコピーを黒い光線で作り出し黒の女王の前へ移動させた。古代魔法語を読むことができる黒の女王はその文を表情を変えずに目で追って読んだ。
「フェアリーの血をナターシャの石に与える。ナターシャの復活には"生贄"が必要、ということです。この情報はおそらく手下によってアルトゥールに伝わりました。アルトゥールは復活させるためなら、今まで守ってきたフェアリーのことなど簡単に殺すでしょう」
「要するに、我々グレイの一族が、フェアリーの一族を守らなければナターシャは復活してしまう、ということか。アルトゥールに伝わった、という話はどこから?」
「私はこの間、オウバルCに捕らえられました。その時、サングスターのある魔術士が封印を解く方法をアルトゥールに伝えると言ったそうです。私は仲間から聞いたのですが」
「オウバルCに……そこからよく生還したものだ……しかしなぜフェアリーが生贄になるという話をお前や仲間達にする必要があったんだ?」
「彼は私がグレイの一族であるということを知っていたようです。私達にとってナターシャの復活はあってはならないこと。脅してきたんでしょう」
違う。この闇術士にとってナターシャの復活などどうでも良いことなのだ。レンの演説を聞きながらアレンはつくづくそう思って唇をかんだ。そのサングスターの魔術士もレンがアルル・フェアリーと一緒に居ることを知っているから、アルルの命を狙うという意味で脅しをかけたのだ。
「アルル……?」
どこかその名前に引っかかり、アレンは首をかしげた。その呟きを耳にしたジュリは黙ってアレンの方を向いた。
"私とお兄ちゃんのある意味初めての友達だよ。アルルって言うの"
アスカの言葉を思い出した。アスカも兄もサングスターの魔術士だった。サングスターがフェアリーと知り合っているのは自然なことだ。しかし、そのアルルという女はレンと一緒にいた。ということはレンはツバサと面識があるのかもしれない。
「まさか……」
「どうしたんだ、アレン。さっきからぶつぶつ何か言っているけど」
横からジュリが口を挟んできた。その声すらアレンの耳には届かなかった。レン・グレイは何を企んでいる?本当は誰の味方なんだ?レンは昔からアレンにとって"謎"な存在だった。
レンがまだアサシンとして活動していた時、何度もレジスタンスメンバーにスカウトをしたものだ。アレンもそういう事情で何回か会ったことがあったが、彼は暗闇の中で素早く敵の命を奪っていただけだった。感情を表に出さず、心の中で復讐心が煮えたぎっているような魔術士だったのだ。
「我が家族よ!聞いてくれ!レンの話が本当なのだとしたら、これは一大事だ!ナターシャの復活を防ぐため、フェアリーの魔術士を全力で守れ!良いな?」
黒の女王の呼びかけに一族は歓声を上げた。良かったな、とジュリがぼそりと呟いた。アレンは複雑な気持ちになった。これではますますサングスターが敵視されてしまうことになる。アスカが危ないかもしれない。アスカのことを考えるとキリがないが、しばらく会いに行くことも難しいだろう。
レンは魔術が解かれ、地面に着地した。その時レンの口角が微かに上がったことをアレンは見逃さなかった。レンはアレンに気がつくとすぐに声をかけた。
「黒の女王のオーラにはまだ慣れないね。心臓を引き抜かれるかと思ったよ」
「……レン、1つ聞いておきたいことがある」
「何だ?」
「お前、ツバサ・サングスターを知っているよな?」
夢はそこで終わったが、レンはまた別の空間へと飛ばされた。何も無い真っ白の世界だった。しかしそこには前も来たことがあった。




