11-9 月光の夜
決行の夜。深夜にアレンは目覚め、ソファから起き上がった。簡単な置き手紙をして、アレンは深呼吸をした。静かに立とうとするが、足が震えた。ベッドでアスカは眠っている。胸が苦しくなった。
この少女に出会って自分の名字を初めて恨んだ。普通の家に生まれていれば、こんな気持ちをしなくて済んだのに。玄関の鏡に映る青い眼帯にそっと触れて、扉の取っ手に手をかけた時だった。
「アレン」
寝ているはずのアスカの声がした。おそるおそる振り向くと、アスカは背中を向けたまま震える声で言った。
「アレンはもう行っちゃうんでしょ。どっか遠くへ行くんでしょ」
「……」
無言で去ろうとするとアスカの声が追いかけてくるように大きくなった。
「サングスター。私はアスカ・サングスターだよ。アレンは何て名字?」
「……っ!!」
「私はアレンのことをもっと知りたい。それだけなの。私はアレンを信じているから。私のことを……殺したりなんかしないって」
アレンは玄関の扉を開いた。そしてしっかりとした声で言った。
「……俺もアスカのことを信じている。俺の名字は……グレイだ。俺は、アレン・グレイだ」
「アレン!」
アスカは飛び起きて玄関の方に目をやったが、もう誰も居なかった。テーブルに置かれている置き手紙に気づき、すぐに目を通した。
"さよなら。またいつか会いたい。死ぬ前には必ず アレン・グレイ"
「……初めから私に名字を教えるつもりで……」
どっとアスカの両目から涙が溢れ出して、裸足のまま部屋から飛び出した。まだ自分は子どものままなのかもしれない。そうアスカは走りながら思った。
旅立った人を追いかけてしまう衝動的な行動。できることなら引き止めたい。普通だったら追いかけたりしないのかもしれない。
しかし、アスカにとっては自分で作った初めての仲間であり、友達であり、そして好きになった人だった。アレンの背中を見つけ、アスカは叫んだ。
「絶対だよ!!」
その声にアレンは驚いて振り向いた。早歩きでアスカに近づくとひしとその体を抱きしめた。突然のことにアスカの体は固まった。
「絶対だ。絶対に会おう」
アレンが体を離すと、アスカはあることに気づいた。青い眼帯の下から涙が零れていた。もちろん右目からも一筋だけ涙が流れていた。
2人はじっと互いを見つめあった。胸が高鳴った。アスカはドキドキしながら瞳を閉じたが、アレンの声で瞳を開いた。
「それは、次の機会に」
自然と発してしまった言葉にアレンは自分で恥ずかしくなった。慣れない手つきでアスカの頭を抱くと、その額に優しくキスを落とした。今夜の月も青白く輝いていた。初めてアスカの部屋で目を覚ましたあの日の空に似ていた。
こんな夜は本来の魔術が使える。アレンは魔術を発動させると、藍色の光が集まりだしたその両手で姉から貰ったネックレスに触れた。ネックレスはみるみる藍色に染まりだし、白い石までもがアレンの光線と同じ色に変化した。
アレンは貰ってから一度も外したことがなかったネックレスを首から外して、アスカにつけてあげた。アスカは藍色のペンダントトップを見つめた。
「アスカのお守りだ。……俺、青は嫌いだとこの前言ったが、少し訂正をする」
アレンは少し目線をずらした。早くこの場から立ち去りたい。そんな衝動に駆られたが、一生懸命自分が思ったことを伝えた。
「この眼帯の……アスカの作る青が好きだ」
半分照れながらアレンは自然と笑顔になった。それを見ながら泣き笑いしてアスカは答えた。
「ありがとう。でも次に会う時には、誤魔化さないでね。私もアレンの光線の色が好きだよ」




