10-4 偽りの記憶
レンはため息をついて壁に背中をつけた。そのすぐ隣にベティも腰かけ、2人とも考え込むように唸った。魔術も使えず、廊下にでても看守の魔法がかかっている。それ以前にこの格子とコンクリートの壁を破壊しなければならない。天井にも格子とコンクリートがある。
「はぁ、壁も壊さず廊下に出ないで脱獄する方法……」
「ツバサはちゃんとアルルに会えたかしら」
「……ツバサ」
ベティの独り言に反応した低い声はレンではなかった。声の主は左側の囚人、床に倒れている魔術士だった。魔術士はのそのそと起き上がると2人側の格子の近くに腰かけた。ローブのフードを外し、青い髪の中年男性の顔が現れた。顔は疲れきっていたが、その瞳はまだ若く輝いているように見えた。
「……ツバサというのは、君達の友達か?」
「……ツバサは俺達のチームメンバーなんです」
レンがそう答えると、少し間を置いた後魔術士はまた尋ねた。
「その魔術士の、名字は何ていう」
「名字、ですか……?」
レンとベティは顔を見合わせたが、今度はベティが答えた。
「サングスターです。ツバサ・サングスター」
「そうか……そうだったのか……」
魔術士は壁にもたれて座り、うつむいていた。心配になりベティとレンが左側の格子に手をかけると、その魔術士が涙を流していることに気づいた。
「貴方は、もしかしてツバサの……」
「私はカーティス。ツバサの父親だ」
その瞬間、2人は同時に提案した。
「脱獄しましょう!」
レンとベティはそれぞれの名を名乗り、格子越しにカーティスと力強く握手を交わした。簡単にここへやってきた事情を話し終えた後、何か脱獄できる手段は無いかという結論に至った。
「確かにここの廊下はレン君の言う通り、看守の悪魔による厄介な魔法がかかっている。だからこのコンクリートを突破した所ですぐに捕まってしまうだろう」
「廊下を通らなきゃ良いんなら、天井を壊すって言うのはどう?」
「それは危険だな。このコンクリートが落下してきて潰されたら終わりだぞ。それにあのダストシュートで落下してきた距離を昇っていくのは無理があるよ。ダストシュートのところでも魔術は使えなかったし」
すると右側からドシンドシンと音がした。さっきの悪魔が足を踏み鳴らしているのだ。ほんの少しだけ床にヒビが入っている。
「あ」
レンが何かを思いついたように声を上げた。そしてカーティスの方を見て言った。
「ここの"下"って何かありますか?」
「"下"?前、看守達がもう一つ地下があるとか話していたのは聞いたことがある。何でも宝が納められているとか何とかで、レーザーが張り巡らされているとか。本当なのか嘘なのか分からないが」
「行けるかも」
「行くってそのもう一つの地下に?どうやって行くのよ、こんな所から」
「俺達はずっと見落としてたんだよ」
レンはそう気取ったように言うと、床を指さして見せた。そしてようやくベティは"見落としていたこと"に気づいた。
「あー!!」
「床には格子が無い。防術壁も無い。そして"下"には地下があるんだ。ということは」
「床を魔術でぶっ壊せば脱獄できる!!」
カーティスは2人のやり取りを聞きながら唖然としていた。我に返るとすぐに作戦に耳を傾けた。
「俺達が破壊した後、看守にバレるまで大して時間も無いと思います。まあ最低20秒とか」
「分かった。必ずやり遂げよう……向こうの悪魔の彼女も一緒に行くのかい?」
「……私も、一緒に、行きたい」
女悪魔は少しなら魔術は使えると言い、計画は実行された。レンとベティは魔術を発動させ、それぞれが床に向かって一撃攻撃をした。
「永遠乃圧!!」
「大稲妻!!」
床に大きな亀裂が入り、真っ暗な穴が現れた。ふと右側を見ると既に女悪魔は穴の中へと姿を消していた。カーティスも穴を開けたところで、その穴の中へ飛び込んだ。
「ベティ、俺に捕まっていて。岩か何か落ちてきたら危ない。暗いとこはよく動けるから」
「う、うん、分かった」
ベティがレンにぴったりくっつくと、レンはベティの腰に手をやり魔術を発動させた。闇のミストが2人を包み、真っ暗な穴の中へと飛び込んだ。
落下している間、上の方から声がした。
「脱獄者だ!さっきの魔術士共だぞ!」
「おい!グレイの悪魔がいねえ!カーティス・サングスターも居ないぞ!これはまずい!」
「アルトゥール様にバレたら一大事だ!」
穴はどこまでもどこまでも続き全く終わりが見えない。落ちている間、レンはどこかからワイヤーのような音を耳にした。
「エレベーター?」
「レン!何か前方に見えるわよ!」
2人の足が地面に着いた時、そこは地下の天井裏だと分かった。向こうから誰かが走ってくる。
「カーティスさん」
「2人とも何とかたどり着いたようだな。無事で良かった」
「多分ここの地下の中に上へと繋がるエレベーターがあると思います。それを探しましょう」
「……何でレンはそんなに冷静なの……さっきまで牢獄に囚われていたのに……」
「牢獄は慣れてるから」
レンのその一言でカーティスの顔つきが少し暗くなった。すると今度は足音がして、女悪魔がやってきた。
「君も降りてこれたんだな」
「うん。……私、名前が無いの。だから、何か、名前を、つけて」
「……右側の牢屋に居たからミギーとかどうだ?」
「……ありがとう」
「……ルーク、何で裏切ったんだ」
「裏切ったつもりは無い。サングスターだってことは前から白状していただろ。俺がグループの人間でもおかしくはない」
「……ッチ」
「……レンとベティはオウバルCの牢獄に居るよ。あそこはある意味"安全な"場所だから安心してくれよ」
「お前の言葉なんてもう何も信じたくない」
ツバサは両腕を縛られたまま、ルークの後に続いて歩いた。1つのドアの前に立ち止まると、ルークはここだとつぶやいた。ドアを開けようとした時、中から悲鳴声がした。それはリッチェルの声だった。ルークが咄嗟に勢いよく開けると、リッチェルの口を押さえつけるカーターの姿があった。
「カーター!!」
「……ルーク先輩、申し訳ない」
カーターは乱暴にリッチェルの顔を離した。その一部始終を黙って見ていたのか、アルルが近くのソファに座っていた。ツバサはアルルの近くに駆け寄った。肩を揺さぶろうとしたが、自分の両腕は自由でないことに気づいた。
「アルル!しっかりしろ、アルル!思い出せ、色んな事!俺達が2人でチーム結成をしたあの日から!全部思い出せよ!」
「そう、ずっとツバサと2人っきりだったんだよね。私は友達が居なくて、ツバサしか居なくて……」
そう思い出すように語るアルルの目はどこか遠くを見つめている。それを見てリッチェルがルークに叫んだ。
「見てよルーク!この人が、カーターが、アルルをあんな風にさせたんだよ!これが元々の形なんて私は信じないから!」
「ああ、うるさい。ちょっと黙っててくれない?」
「ルーク、さっきいつでも私の味方って言ったよね?ルークだって本当は分かってるんでしょ?アルルはこの男に操られているってこと」
カーターの手が少し震え始める。それに気づいたのはツバサだった。カーターはリッチェルの口を今すぐにでも封じようとしていたが、ルークがいるせいで行動できないのだ。ルークの方がカーターよりも立場が上なんだ。そうツバサは察した。
「……アルル、お願いがあるんだけど俺のこのロープ解いてくれない?」
「……解いたらカーターのことを傷つけるでしょ?だから解きたくない」
「傷つけたりなんかしないよ。リッチェルと手を組んでも俺はこの状況だと2対3の2の方だ。アルルとルークとカーターなんて、流石に敵わない。フルボッコにされて終わりだよ」
「そう。……じゃあ、はい」
アルルは魔術を発動させ、ルークの影術を無効化にさせた。ありがとう、と礼を言うとアルルは少し微笑んだ。
「なあアルル、もう1回さっきの話の続き聞かせて。アルルは友達が居なくて、俺しか居なくて、それから?」
「それから……?でも、私はアースで出会ったの。もう一度再会する約束をした。そしてようやく私はカーターに出会えたの」
「違う」
「え?」
「……アルルが探していたのはカーターじゃないよ。アルルがずっと会いたがっていたのはレンだ」




