10-2 悪魔王と黒術士
ツバサ達3人の姿が見えなくなったところで、ルークはリッチェルについてくるように言った。
「ちょっ、ちょっとルーク!本当に大丈夫なの?!」
「大丈夫だから」
「う、うん……」
するとルークはリッチェルの手を引いて走り出した。始めに目に入った部屋のドアを勢いよく開けようとしたが、何か魔術がかけられており、びくともしなかった。というのもつかの間、ルークは瞬時に魔術を解くとドアを開けた。
そこには、クッキーを食べているアルルが居た。アルルは唖然とした顔で、ルークとリッチェルのことを見る。すると、すぐにカーターが横から顔を出した。
「ルーク?!てか何でこんなタイミング悪い時に入ってくるの?!」
「カーターこそ何やってんだ?!仕事放棄してこんなところで」
「か、カーターって確かツバサが言ってた変なちゃらんぽらんの人?」
「は、ツバサが俺のことをちゃらんぽらんって言ってたのー?」
少し面倒くさい状況になってきたことを感知したルークはまあまあ、と2人をたしなめた。リッチェルを安心させるも、カーターはまだ不機嫌そうな顔をしていた。いつもニコニコとしているカーターがご機嫌斜めなのもそれはそれで面倒くさいということをルークはよく知っていた。
「カーターは味方だ。リッチェルはここで待っててくれ。俺はやる事があるから」
「……リッチェルなの?」
「……アルル?!」
クッキーを口にしながら呑気に声をかけてくるアルルに、リッチェルはぎょっとした。まさか、誘拐されても馴染んでしまうタイプの人間なのだろうか。
「え、アルル、何でそんな普通にして……」
「カーター、リッチェルのこと頼む。まじで俺はもう行かないと」
「良いけど、何かあったの?悪魔達が騒がしくしているのには気づいたけどさ」
「アルルのことを取り返しにレン達が来たんだ」
「えっまじで?!レン・グレイが来たの?!わざわざアルトゥール様のいる敵陣に来るなんて、肝が座ってんね相変わらず」
カーターとルークのやり取りを黙って聞いていたリッチェルはルークの選んだ言葉に胸騒ぎがした。思わずルークのローブを掴み、リッチェルは叫んだ。
「どういうこと?!私達だってレンやツバサと一緒にアルルを助けに来たんじゃない!説明してよルーク!」
「ごめん、本当にもう俺はやる事があるんだ。必ず戻ってくるから。ちゃんと説明する。俺はリッチェルの味方だよ、いつだって……じゃあ、カーターよろしくな」
「はーい……」
「ルーク!!待ってよ!」
ルークは影と化して部屋から消えてしまった。部屋から出ようとするリッチェルの腕をカーターは掴んで首を振って見せた。リッチェルは腕を振り払うと、アルルのベッドの元へ行った。
「ねえ、どうしちゃったの、アルル。一緒に帰ろうね、絶対。皆が迎えに来たんだよ、ツバサもレンもベティも……私だって」
「……何で迎えに来たの?ここまでわざわざ」
「そうだよ、リッチェルちゃん。君もルークのことが好きだろ?アルルと俺は幸せになるの、これから。今までの腐った過去はお互い忘れてさ」
カーターは椅子に座ってリッチェルの様子を伺いながら落ち着いた声で言った。その顔には満面の笑みが浮かんでいた。リッチェルは彼の言葉を無視するとアルルの目を真っ直ぐに見た。
「アルル、思い出しなよ。皆のこと、チームの皆のこと忘れちゃったの?レンはどうするの?レンをまた一人ぼっちにするの?」
「……なぁ、あんまり変なこと言ってアルルのことを混乱させないでくれない?ただでさえ俺今ちょっと機嫌悪いんだよね。いくらルークの彼女でも、許せることと許せないことってあるからさ。これ以上変なこと言ったら君のこと力尽くで止めるよ」
リッチェルの背後に座っていたカーターの顔から笑みが消えていた。この人は味方なんかじゃない。そうリッチェルはこの瞬間確信した。
その頃ツバサ達3人も魔法を解き、ルークに言われた豪華な扉の前までやって来ていた。扉へ手をやる前にツバサが深呼吸をした。その時レンが口を開いた。
「本当に、行くんだよな」
「今更引き返せるかよ。ここまで手下フルボッコにしてボスの顔を拝みに行かないんじゃ俺達ただの荒らし屋で終わるぜ?それに元々、アルルを見つけてお前が"取り戻す"って作戦だ」
「もう行くしか無いの?以外と罠だったりしない?玉座は空っぽとか。そもそも玉座すら無くて、拳銃が私達の方向いてて即連射攻撃とか」
「わかった、じゃあその可能性を配慮して行こう。レンの闇ミストは?あ、それだと連射の時逃げるの難しいな」
「本当に連射なんてあるのかよ」
「知るかっ!!」
ツバサはその勢いでドアを押してしまった。ドアは簡単に全開で開いた。3人はすぐに真ん中の玉座に座るアルトゥールに視線が行った。しかしそれこそまさに罠だった。アルトゥールは馬鹿にするように鼻で侵入者のことをあざ笑った。
その瞬間だった。レンがいきなり床に転がり込んで何かの攻撃から逃げた。ベティが悲鳴を上げた。ベティの首元には誰かの腕があったが、それよりも先にベティの姿が影のように真っ黒になり消えた。
「ベティ?!」
ツバサがそう叫んだ時、今度はレンが舌打ちをした。
「くそっ!」
ベティと同じようにレンの姿も真っ黒になるとあっという間に消えた。その場にはツバサだけ取り残された。ツバサが呆然としていると、隣に誰かがいきなり現れた。
「アルトゥール様、ご無沙汰です。レン・グレイとベティ・アケロイドはオウバルCへ送りました」
「ご苦労だった、また会えて嬉しいよ、ルーク」
ツバサは何も声が出なかった。目の前で頭を下げている見慣れた背中に対して何も言葉が出なかった。ルークは笑っていなかった。まっすぐとこちらを見て、しっかりとした声で言った。
「ごめんな、ツバサ。言うのが遅くなって。俺、"殺し屋グループ"の幹部なんだ」
「……幹部を通り越してルークはトップを争うほどの実力者だがね」
そう満足げにアルトゥールは付け加えた。鼓動が速まるのを落ち着かせて、ツバサはその場で深呼吸をした。いきなり襲いかかりでもしない限り、この場では一命を取り遂げることが出来るはずだ。しかし目の前にアルトゥールという悪魔王がいる限り、ツバサは落ち着かずにはいられなかった。
悪戯っぽそうなアルトゥールの顔を見ると父カーティスのことが頭に浮かぶ。
「アルルを取り返しに来たんだ。アルルはどこにいるんだ?」
「……アルル・フェアリーなら、カーターと一緒にいると思うが。私達サングスターはフェアリーと手を組むのはやめることにしたんだが、アルルは優秀な魔術士だ。グレイを倒すにあたって頼もしい戦力になる。だから特別に組織の一員に―」
「勝手なことをするな」
気づいた時にはアルトゥールの言葉を遮ってツバサは怒鳴っていた。拳を握りしめ、必死に魔術を発動させないように気持ちを堪えた。
「ツバサ、アルトゥール様の話は最後まで聞け」
ルークの冷たく聞こえる声が隣から突き刺さった。ルークがどんな顔で自分のことを見ているのか知ることが怖くなった。アルトゥールは構わん、とルークに一言言った。ツバサはアルトゥールのことだけを正面からまっすぐと見た。
「アルルが入りたいって言ったのか?」
「彼女は承諾した。カーターと今後も一緒に居ることにも、彼女にとってはそれが最善の方法だ。私達も彼女を殺しはしない」
「そう。でも悪いけどアルルは俺達にとっても必要なんだ」
「じゃあツバサ・サングスター。お前も私達の組織の一員になるか?それに仲間の雷術士も。私の手下達を随分やってくれたみたいだからな。お手並みは拝見させてもらったようなものだ」
「……残念ですがお断りします。俺達が所属してもアルルはカーターと一緒に居るんでしょ?それだと意味がないです」
「じゃあ何を望むんだお前は」
場に沈黙が流れる。ツバサはかつてないほど手汗をかいていた。悪魔王の存在感はとてつもなく、目の前にしているだけで心臓がバクバクだった。いつどこかから殺されてもおかしくない。隣に立つルークももはや信用できなくなった。
レンやベティのことも心配だ。オウバルCへ送ったと言っていたが、確かオウバルCは世界最大の牢獄だったはずだ。オウバルC―地下牢―にはもしかしたらカーティスがいるかもしれない。この悪魔王に体を奪われ、散々痛めつけられた父が。ツバサは唇を噛んだ。
「どうした、ツバサよ」
「……レンを、アルルに会わせてやってくれ。それから……俺の」
「お前の何だ?」
「俺の父さんを、解放しろ」
「……お前の父親?」
アルトゥールはルークの方を見たが、ルークは首をかしげて見せた。思い当たらないとでも言いたげなアルトゥールに向かってツバサは少し怒りがこもった声で言った。
「……知らばっくれるな。俺の父親、カーティス・サングスターだよ。ずっとあんた達が監禁してるんだろ。父さんの体も乗っ取ったんだ。要塞にいたカーティスは父さんじゃなく中身はアルトゥール、様だろ?それから、母さんが死んだ時、俺とアスカをぶったのはお前だ」
「カーティス……カーティスってまだ生きていたか?看守に連絡してみろ」
アルトゥールの態度に我慢していた気持ちが押さえきれなくなりツバサはアルトゥールに掴みかかろうとした。しかしルークの素早い魔術がツバサの体を捕らえて、あっという間にぐるぐる巻にされ両手の自由が奪われた。悔しいことにルークの魔術は強力で全く解くことが出来なかった。
「ツバサよ。悪いが、お前の望みは叶えられそうにない。少し城の中を巡ったら帰ると良い。理由は簡単だ。レン・グレイは我々の敵だ。奴は仲間を何人も殺したアサシンだ。そんな奴をアルル・フェアリーに会わせる訳にはいかない。それから父親のことも。何で私達が同じ一族のカーティスを監禁しているかわかるか?カーティスはフェアリーを捨ててアース人と恋に落ちた。そしてグループにも入らず何一つ貢献しなかった。それどころか悪影響ばかり与えた男なんだよ。これは罰ってやつだ……わかったな?ツバサ、お前ならわかるだろう?」
「……」
「お前には妹が居るだろう?アスカだったか?彼女の為にもお前は生きのびた方が良い」
「嘘つけ!そんなこと言って、アスカのことを無理やり悪魔化させたくせに!ふざけんな!俺はいくらお前がご先祖さまでも一生ついて行こうとは思わねえよ!アルルを連れて帰ってやる、絶対にな」
「……そのうちアルルはお前の命も狙い始めるかもな。滑稽なことだ。頭を冷やせ、ツバサ。ルーク、そのまま連れていけ。アルルくらいになら会わせても良いだろう、どうせ何も事は変わらないと思うが」




