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永遠対立関係  作者: P-Rin.
10章 牢獄
62/131

10-1 オウバルA- かわいい子

 「ここが……悪魔の城……」

「そうだよ、アルル。皆が君の帰還を待ってるんだ」


  カーターはアルルの肩に手をやると、門を通るように促した。真っ赤な地面に真っ赤な空。全ての先端が鋭くとんがっている黒い城の中へと2人は入っていった。入口には門番役の2人の悪魔が居た。悪魔と言えど、見た目は人間そのもので整った顔立ちをしていた。

  長い長い廊下を歩き続け、また大きな扉の前に立ち止まった。


「この先にアルトゥール様が居るよ。あまりの美しさに心を奪われないでね」


  カーターが少し笑いながら言って、その扉を押して開いた。玉座に座るアルトゥールは頬杖をついて居眠りをしていた。アルルの姿を目で捉えるとすぐに目を見開いた。


「……ナターシャ……?」

「え……?」

「……いや、すまん。よくお越しくださった、アルル・フェアリー」


 いつの間にかアルトゥールの前に用意されていた椅子に座るよう手で示された。アルルは言われた通りにし、初めて正面から悪魔王の姿を肉眼で見た。赤い目と目が合うと思わずドキッと胸が高鳴った。


「カーターと良くしてくれていると聞いているが」

「ええ。こちらこそ」

「貴方は非常に優秀な魔術士だ。是非、我々のグループに所属して貰いたい。基本的にグループの人間は自分の身は自分で守ることが原則だがね」

「そう、ありがとう」


  アルトゥールの背後にはガラスケースの中に入った大きな石があった。その石の表面に一瞬天使の姿が写ったような気がした。それがナターシャの石であることにアルルはすぐに気づいた。カーターは後ろにやっていた手を思わず握りしめた。同時に、アルルの様子に気付いて耳元でささやいた。


「どうした、アルル」


  いいえ、とカーターの問いに首を横に振った。戦いや旅でお疲れだろう、とアルトゥールが言うとカーターはアルルの背に手をやって部屋を出た。

  中は豪華に飾られている悪魔界の城のスイートルームもまた凄いものだった。一人用とは思えない広さだ。アルルの住む宿舎の部屋の3倍の広さはあった。室内には浴室もあり、バスタブが置かれていた。


「お風呂がある!」

  「しばらくの間はここで過ごせるから、お風呂も入っていいよ……あ、アルルさえ良ければ一緒に―」


  アルルが訝しげな顔をしてカーターのことを見た。カーターは少し慌てて気にしないで、と言った。早く全てを自分のものにしたい。そんな衝動に駆られてカーターはアルルを抱き寄せた。


「どうしたの?」

「ずっと一緒に居よう、アルル」


  途端に室内は2人の息と絡み合う舌の音だけが響いた。あっという間にアルルはベッドに横になり、カーターの頬を両手で挟んだ。


「ここに監視カメラとか盗聴器があったらどうするの?」

「どうもしないさ。俺とアルルはもうアルトゥール様公認の仲だ……君も望むだろ?」

「……ええ」

「ゆっくりこれからのことを考えよう。それにここにも長くはいられない。別世界と悪魔界は時間の流れが違うんだ。ここに居るとあっという間に年をとってしまうよ」

「なぜ?」

「ここの1日は向こうの3日間みたいなもんだからね」

  「じゃあゆっくり過ごせるのは今だけなの?」


 カーターはうなずく。アルルは起き上がると、カーターの両頬に手をやりその目を見つめる。それだけで心がいっぱいになるカーターは、ごくりと唾を飲む。その時、ふいにドアがノックされた。


 「待ってて」


 カーターがドアを開けると、洋服と食べ物を抱えたラファウルが居た。ラファウルはテーブルの上に荷物を置く。


 「お菓子を作ったから2人で食べて、カーター。あとそれは、パジャマね」

 「ホテルみたいなもてなしじゃん……」

 「やあ、アルル。やっぱり君だったんだね。僕のこと、覚えてる」

 「ええと……」


 アルルはその白髪の少年を見て、氷原を思い浮かべていた。そうだ、異界に居た旅人さんだ。なぜ異界に行ったんだっけ?その時、いきなり激しい頭痛に襲われ、アルルは頭を抱えた。


 「ううっ……」

 「アルル!どうしたの、大丈夫!ごめん、ウル、もう平気だからさ、ありがとう」

 「わ、分かった、失礼するよ」


 バタンと半ば乱暴な音を立てて扉が閉まった。アルルは何かを思い出そうとしたのだろう。アルルの背中をさすりながら、カーターは思った。深呼吸をすると、アルルは顔を上げた。


 「はあ、びっくりした。変な汗かいちゃったわ」

 「シャワーでも浴びたら?さっぱりするかも」

 「せっかくならお風呂がいいわね。後から入ってくれば?」


 少しいたずらっぽそうな顔でアルルは言う。これをいわゆる調子が狂うというのだろう。返事の言葉が喉に突っかかってしまうのだ。アルルは返事を待たずに脱衣所に行き、その服を普通に脱ぐ。彼女の下着と、女性らしくも引き締まった体があらわになる。


 「そんなにまじまじと見ないでったら」


 2人は浴槽につかる。入浴剤のおかげでもこもこと白い泡が泡立っていた。カーターは背中と首元に少し目立つ傷跡が無数にあった。それにアルルが目をやっていることに気付くと、わざとらしくカーターは言った。


 「そんなにまじまじと見ないでったら」

 「ふふ、ごめん。戦いの傷跡……とか?」

 「うーん、まあある意味そうかも?」


 意味深な回答をしたために、あまり触れるべきではなかったのか、とアルルは少し気まずくなった。浴槽はポカポカと温かい。気持ちよさそうにカーターは目をつぶっている。長い睫毛がより目立ち、みずみずしい肌、一瞬女性なのかと思ってしまう綺麗な顔立ち。少し長い茶髪が、湯気で濡れている。何か違和感をこの数分アルルは感じていた。

 そうだ、この人は手を出してこないのだ。裸なのに。


 「どうしたの?お風呂ぬるい?」

 「いや……むしろ熱いくらいだわ」

 「……あ、分かった!!」

 「……」

 「……イケナイこと、しちゃう?」

 「あっ」



 「ああっ」

 「何だよ変な声出して……ああー!!俺がせっかく作ったスープを!!こういう時にアスカが居ればなあ、液体を固めてくれるのに」

 「ごめん、手元がすべって。俺が拭くから大丈夫」

 「当たり前だ!」


 レンは貰った布巾でテーブルを拭いた。レンが暴走して1人で勝手に行動しないように、とツバサはしばらくの間レンを自分の部屋に居候させていたのだ。レンが目覚めてからまだ1日しか経っておらず、回復には多少時間がかかっていた。


 「やはりアルルの天術のダメージはでかいんだな……」

 「ああ……」

 「ていうか、どうしたの。変な顔して」

 「いや、なんか嫌な予感がな」

 「というと?」

 「アルル、カーターに何か変なことされてないだろうか」


 顔をしかめるレンに、うーん、とツバサは口を曲げた。


 「まあ、回答は難しいけど、とりあえず洗脳とかそういう意味では既に変なことはしてる。でも、多分あいつアルルのこと好きだから物理的に暴力振るったりとかはしていないだろうから、何もしてなさそう」

 「それもそうなんだけど。というかそれは俺も全くの同感さ」

 「……あ。手出してるか否かって話?」


 少し気まずそうにレンはうなずいた。確かに想像もしたくないような話だ。とは言え、今の状況的にありえないこともない話ではある。2人が向かった先はレギオン1だろうと予想はしていたが、カーターのアジト、もしくはホテルなんかに居る可能性も十分にあるだろう。


 「無いことは、無さそうだよなあ」

 「や、やっぱそうだよな……それだって立派な傷だ!そう思わないか!」

 「ああ、思う。とにかく想像するのはやめとけ、苦しいだけだ」

 「それなら、あ、明日には出発しよう、ツバサ。俺は今まで寝すぎたよ」

 「……レンってもしかして童貞?」

 「何でこの流れでそんな話になるんだよ!関係無いだろ!」


 レンは途端に頬が赤くなる。笑いそうになるのを堪えて、ツバサは前髪に向かって息を吹いた。それと同時にレンが少し元気になっていることに安心した。


 「ま、俺はそれが聞けて"安心"したよ」

 「何で?!」

 「レンが"元気"そうだからさ」

 「今結局何の話してるんだ?」

 「そんなに恥ずかしそうに赤くならないでよ〜ボーイズトークだろ?お前、まだアルルとヤッてないんでしょ?だから変に気が気じゃないんだろ」

 「ヤッてないなんて誰が言ったんだよ」

 「まあ俺ももしベティがさらわれたら這ってでも突撃しに行くけどね……え?」


 沈黙が流れる。レンが自分を落ち着かせるためか、ハコを取りだし火を点けようとする。すぐにツバサは止めろ、と手で制した。それを見てレンは新たに注いだスープを口にした。


 「とりあえず俺の家はハコ禁止だ。ちょっと待ってさっきなんて言った?」

 「だから、ヤッてないなんて誰が言ったんだよ」

 「それってつまりヤッたってこと?」

 「……そういうことだね」

 「知らなかった!」

 「言ってないからな!」

 「へ、いつ?!」

 「何でそんなことまで言わなくちゃいけないんだよ!」

 「俺はリーダーとして、恋バナの管理もしないといけないのだよ」

 「この報告恋バナの類に入らないだろ。今だから言うけど、レイナと俺が云々の1件よりは前からだ」

 「だ、だから、何か君たちそんなに気まずくなさそうだったのね」


 納得、とツバサは1人でうなずき1人で満足した。ということは、実質童貞に近いのはレンよりも自分なのである。それに気付いてツバサは引き笑いをした。


 「どうしたの今度はキモい笑い方しだしたけど」

 「いやあ、童貞はどちらかと言うと俺の方だったんだと気付いたんだ。悲しいかな」

 「ふーん」

 「あの子は天然記念物みたいで、俺はそんなすぐに手は出せないよ……」

 「童貞に近いとか言っても、どうせ4ヶ月かそこらしか経ってないんだろ」

 「な、なんでそんな的確に当ててく―」

 「お邪魔しまーす!」


 ノックも無しにドアをバンと開けたのは、ベティだった。反射的に2人はびくっとして、何事も無かったかのようにスープに手をつける。


 「うちのレストランからの差し入れよ!レンは食べて精力付けなさい!」


 ベティがそう元気に叫んだ時、ツバサはスープが気管に入り、むせて咳き込んだ。胸を叩きながら、グッと親指を立ててベティに見せる。


 「何か私タイミング悪かった感じ?もしかして」

 「いや、ゲホッ、ナイス、タイミング、過ぎてゲホゲホ」

 「ちょっとツバサ大丈夫?」

 「平気平気。変なとこに入っただけだよスープが」

 「ベティ、急で悪いが明日にでも俺はレギオン1に行きたいと考えてるんだけど……どうかな」

 「レン、あなた分かってる?悪魔界の敵陣に行く時は、考え無しに行っても死ぬだけよ。この前の要塞は人間しか居なかったけど、今回の相手は悪魔。まずは作戦を考えるべきだと思うの」

 「やっぱりベティは頭脳派だな……」


 その後、協力してくれるルークとリッチェルを呼び、5人で速攻で悪魔城襲撃作戦会議を行なった。


 ↑レギオン1


※カーターの過去回 かわいい子

 「んんーー!!」


 目をつぶりながら、カーターが声を漏らした。ポタリと、首元に溶けたアイスがこぼれる。それを見て、アルルも慌てて溶けかけたアイスを舌で受け止めた。シンプルなバニラの冷たい甘みが口の中に広がる。


 「いやー、一度やってみたかったんだよねえ。お風呂に入りながらアイスを食べる!めっちゃイケないことだよね」


 つい別のことを想像してしまったアルルは、何だか拍子抜けしてしまい恥ずかしくなっていた。アイスを口に含ませながら、カーターは言う。


 「もしかしてエッチなこと考えてたの?」

 「否定はしないわ……だって私達異性同士で今もこうやって裸でいるのよ」

 「そうだね。俺もアルルの体は綺麗だと思うよ」


 急に恥ずかしくなりアルルは泡まみれの浴槽に肩まで沈んだ。勿論アイスはギリギリ持っている。くすくすとカーターはおかしそうに笑う。


 「俺ね、あんまり"そういうこと"が好きじゃないんだ」

 「そうだったの」

 「最大の愛情表現なんて言うよね、ひとつになりたいってよく言うよね。でも俺は怖く感じるんだ。だって自分の急所を他人の中へ預けるなんて、快楽を感じることの何倍も怖いことだよ……アルル、知ってる?セックスをしてる時ってさ、1番人を殺すの簡単なんだよ」

 「そんなこと、私は考えたことも無いわ」

 「"男も女も"そうだ。いく時がいちばん逝きやすいってね。笑えないけど。少なくとも俺が"今まで見てきた人達"はみんなそうだった」

 「ごめんなさい、何だか思い出したくないことを思い出させてしまったみたいで」

 「じゃあ聞いてくれる?俺がどう生きてきたか、あと何で君のことがこんなにも好きなのか」

 「ええ、貴方の話を聞かせて」


 カーターは、内容に対してあまりにも軽い口ぶりで話し始めた。それは、アルルには到底想像できないようなひどく残酷な話だった。

 20年前に、カーターは別世界で産まれた。母がサングスターで、父は普通の魔術士だった。サングスターの美貌を持つ母は、ことある事に男に言い寄られ、同時に多くの人と関係を持つような遊び人だった。男たちから貢がられるものだけで生計は十分に立てられた。そのため、母は魔術士として依頼を承ることも無かった。

 カーターはその母の血を継いだだけあって、幼い頃はほぼ見た目が少女だった。

 そんなある日、母の男の1人にカーターは目をつけられ、犯された。


 「確か6歳か7歳くらいだったかな。童貞より先に処女が無くなってしまったわけだ。それを知って、あの女は何故か俺に対して嫉妬した。俺はあの人の息子じゃなくなった。ただの商売道具になったんだ」


 カーターは母に売られた。父とはとっくに絶縁しており、行方も分からなかった。母の言うことをとにかく聞くしか無かった。毎日毎日、男も女も自分の体を求めてやってくる。最中には何も考えなかった。ただ、"大きくなったら"母を殺そうとだけ決めていた。母を殺すために、まずは魔術をしっかり覚えていこうと思った。まともに学校にも行けなかったカーターは、相手をした魔術士達から基礎魔術を教わった。そしてそこで初めて本能魔術の話を知った。


 "君のような可愛い子は、きっと本能魔術も可愛いものだよ"

 "花術とか、木術とかね。花や植物を操る魔術士は華やかだ。時にはモンスターも作るけどね。君が発動している様子が目に浮かぶよ"


 何も知らない魔術士達は、何でも知っているかのような口ぶりで得意げに話していた。もしも本当にそれが本能魔術になったら母は殺せるだろうか?そうか、ツルでぐるぐる巻きにしてしまえばいいんだ。早く目覚めないかな、本能魔術。

 そういうことは、忘れた時に唐突に訪れるものだった。その日は過激な行為をしてくる相手で、カーターは床に押し付けられ頭を乱暴に掴まれていた。意識が一瞬朦朧とする。苦しいからやめてくれ、とダメ元で呻いた。その時視界に、蛇が見えた。蛇が絡みついてくる。


 あ。これ。


 それは一瞬の事だった。覆いかぶさっていた男が、声にならない声を出して後ろに倒れた。紫のような、黒いような色のドロドロが男の顔面を埋め尽くしていた。

 あ、こいつは死んだんだ。直感的にカーターはそう思った。男のローブのポケットを探り、持っている分の金を取るとカーターは部屋を後にした。

 初めはものの試しだった。自分の魔術に慣れるための訓練だと考えた。何人かは殺した。何人かにはかわされて、殴られた。これは毒術だ、とある日の魔術士に教えてもらった。それを何回か続けているうちに気付いた。

 絶頂を迎える時に魔術を発動させると、必ず死ぬ。

 皆皆、簡単に死ぬ。そして、母を手にかけるのは1番簡単だった。カーターは母の後ろに突っ立って、毒術を発動させただけだった。母はもう、魔術士としての感覚をすっかり失っていたのだ。


 「あの人が居なくなってから、俺の人生はようやく始まったんだ」


 カーターは13歳にして、王宮公認団体に所属し、1人の魔術士として依頼を受け始めた。幸運なことに魔術の扱い方には才能があったのかもしれない。ある程度のことは、難なくこなすことができていた。お金は今まで稼いだものがたくさんあった。魔術を使うことが楽しかった。時には人助けもした。いじめられているフェアリーの天使を助けたこともあった。同い年くらいの少女と仲良くなったこともあった。

 そしてカーターはアルルを見かけた。それはほぼ一目惚れだった。声をかけようと思った。この辺に住んでるの?とか、何でもいいからたわいも無い話をして見たかった。でも、自分よりも先に声をかけた少年が居た。

 青い髪の少年。彼はその子のことをアルル、と呼んだ。2人はずっと前から知り合いみたいで親しくて、彼がアルルに向ける眼差しは間違いなく恋愛感情のそれだった。これ以上、関わろうとするのはやめようと思った。


 「その後、俺はアルトゥール様に声をかけられて、サングスターの殺し屋グループに誘われたんだ。その時に初めて、俺たちの歴史を知ったけど、なんて"アツい"話なんだ!って思った」


 それからの日々もまた楽しかった。面倒見の良い先輩に出会って、グレイの魔術士達を襲って、充実した日々を送った。そして、カーターはまたアルルと一方的に再会した。

 何も知らないアルルは、既にレン・グレイと行動を共にしていた。まず、血族的に意味不明だった。次に、単純に嫌だった。しかし、レン・グレイは思っていたより何倍もしぶとくて、殺せなかった。同じ一族のツバサが殺すと言うが、彼は一向に行動に起こさない。カーターは気が気でなかった。レンの話をカーターは敢えてここで出さなかった。


 「俺はアルルを守りたいだけなんだ。誰にも狙われない、安全な場所で」


 カーターはアルルの両手を、両手で握りしめる。アルルの右手から、アイスが無くなった棒が浴槽に落ちる。

 正直、アルルはよく分からなくなっていた。何かを忘れているような気もする。でも目の前にいるカーターのことも放っておけず、できることなら理解したかった。

 手が震えていた。震えていたのはカーターだった。感情がいっぱいになったのか、彼は何故か目に涙を浮かべていた。その艶やかな髪を抱きしめてあげたかった。しかし、それをしてしまったら、何か、もう後戻りができないような気がした。アルルはその不安が払拭できず、何も出来なかった。

 ただ一言、声をかけることしかできなかった。


 「泣かないで、カーター。私は、平気だから」


 ↓悪魔王と黒術士


  ツバサ、ベティ、レン、ルーク、リッチェルの5人はレギオン1の城門付近までやってきた。幸運なことに門番役の悪魔が立っていなく、入口までは無人だった。

 入ってからは作戦通りで、とツバサは一同に確認するように言った。それに続いてルークが指揮を取る。


「ここはアルトゥールの城だ。とにかく覚えておいて欲しいのは、俺とツバサ、それからフェアリーのリッチェルはおそらく誰にも追われないし生きて帰れると思う。問題のベティとレンは、変身魔法を使ってツバサに化けて侵入、忘れずに」


  ルーク、ツバサ、リッチェルは見られてもおそらく大丈夫。ならそれを上手く利用すればいいという作戦だ。


「ある意味俺とリッチェルで、アルトゥールを先に惹き付ける」


  ルークの指示に従い、ベティとレンは変身魔法を発動させた。ツバサが3人になった。不意に1人のツバサが少しおろおろとし始めた。


「どうした、俺……って、お前どこからその乳―」

「見ないで最悪!!」


  ツバサの声でそう叫び、同時に誰かは胸元を両手で抑えた。ローブに盛り上がるようにある胸は、顔はツバサだとしても女性を象徴してしまっている(おまけにベティよりもリッチェルよりも大きい)。


「中の人、誰?」

「中の人とか言わないでよ!ベティよ!」

「……オネエが胸元に風船か何か入れて恥ずかしがってるみたいな光景だな」

「そんな言い方無いでしょ!」


  ベティがまたもぞもぞとし始めた。もぞもぞする動きも外見では男がやっているだけで、はっきり言って気持ち悪い。リッチェルがどうしたの、と尋ねる。


「な、なんか、……足元っていうか、下の方っていうか、"無かったものがあるような"感じがして、凄い違和感が」

「そ、それ以上は私は聞かないから」

「無かったものがある?それなら俺も自分の体でベティみたいな大きい胸が欲しかったなぁ、疑似体験ってやつ?」

「疑似体験なんてしなくてよろしい」


  おい、とルークが声をかけ一同はすぐに話をやめ注目した。

  5人は堂々と門の向こうへと入っていった。悪魔の城は真ん中に大きな広場があり、そこから上を見上げると上階の廊下を拝むことができた。上階の悪魔達は冷静な様子で柵の塀を越えて5人の元へ飛び降りてきた。


「玉座は階段を2つ上ったところだ!豪華な扉が目印だぞ!」


  ルークと思われる声が下から聞こえた。ツバサ達3人は悪魔の集団と正面からはちあわせてしまった。悪魔達は一瞬おろおろとし始めた。


「おいっこいつら同じ顔をしてやがるぞ!」

「いや待て1番左の奴だけ胸がデカい!女か?!」


  ベティが途端に走り出してその場から逃げだしてしまった。悪魔達はニヤリとするとその後を追いかけてしまった。大きく揺れる胸のせいで走りにくい。悪魔達が追いかけてきていることに気づくとベティはツバサの声で悲鳴をあげた。


「誰か助けてよー!!やめてー!来ないでー!」

「うわっあいつまさかただのオネエじゃねえか?!声が男じゃん!」

「多分胸に風船入れているだけなんだ!」

「私オネエじゃないけど酷い!何この屈辱!!」


  ベティが囮になっているうちにツバサとレンは階段を見つけて上がり始めた。ベティは走ることを一旦中断し、雷の攻撃を悪魔達に食らわせた。変身魔法を解けないように気をつけなければならなかった為にいつものように力が入らなかった。


「ツバサ」

「何だ」

「ベティの援護をしなくて良いのか?」

「ベティなら大丈夫そうだけど」


  そう言われてふとレンが柵から下を覗くと、悪魔が黒焦げになって山積みになっていた。レンは思わず引きつった顔で笑ってしまった。

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