9-4 この人は、ずっと前から - 父の手紙
新話 この人は、ずっと前から
翌日。レンは暇潰しに訓練所で活動した後、一休みをしようと"吸憩所"へ行った。いわゆるハコを吸う場所はである。
吸憩所には、まばらにしか人が居なかったが、見知った顔が1人いることに気付いた。金髪のその青年は顔を上げると、少し気まずそうな顔をして小さく声をかけてきた。
「レン、だよな。ここで会うのは初めてだな……」
「ああ、そうだね、ルーク」
レンは少し間を空けて、ルークの隣に腰かけた。ルークと2人だけで会話をしたことは無かった。ツバサと仲が良い印象だけがあった。ルークは煙を吐き出すと、こちらを見ずに聞いた。
「昨日だか、レン図書館に来てたよな?」
「行ったよ」
「あの紐で縛られた本、借りれたってまじ?」
「アルルがね。それにアルル、古代魔法語も読めたし」
「……一体何者なんだあの少女は……じゃなくて、あの本さ、本来なら持ち出し禁止なんだよ。だから上の人にバレる前に早急にお返し願いたい」
「そう言われてもアルル、今日は留守にしててさ」
「うぇえ?!まじで?!」
今まで聞いたこともないくらいにルークは声を上げた。一瞬周りの人がこちらの方に注目した。ルークは声のボリュームを下げてレンに尋ねた。
「レン、彼女の彼氏だろ。合鍵とか持ってないのか」
「……持ってないです、すみません」
「まあ、もうしょうがないよ。すぐに返してって伝えてもらえる?」
「うん、もちろん。本当申し訳ない」
沈黙が流れる。レンはずっとルークのことをどこか不思議な人だと思っていた。ツバサがやけに振り回していて、気に入っていたイメージがあった。 初めて知り合ったのは、確か狩人事件だったが、ちゃんと関わったのはリッチェルがアースに誘拐された一件の時だ。その時から優秀な影術士だということはわかっていた。同時に、彼はただ者ではないとも思った。
「あのさ」
一瞬、ルークは沈黙が耐えられない人間なのか、とレンは思った。しかし、話題を探し出したような口ぶりではなかった。
「今更なんだけど、あの時リッチェルを助けてくれて、ありがとう。アースで魔術ぶっぱなして怪我したせいで、ちゃんと御礼言えてなかったと思ってさ」
「いいや、とんでもないよ。リッチェルを助けるために皆でアースに行ったんだし、当然だよ」
「あの時な、リッチェルは誘拐された後何をされたか、ショックで記憶が無いって言ってたけど。実は一つだけ覚えてることがあって、俺にだけ教えてくれたんだ」
「……」
「悪魔を見た、って」
思わず手に力が入り、レンの持っていたハコがぐしゃっと潰れた。気づいたらルークがこちらをじっと見ていた。鳥肌が立った。ルークから魔力は感じない。彼はこちらを見たまま言った。
「その話を聞く前から、祈祷師によってリッチェルはちゃんと検査をしてもらっていた。何にも異常は無かったし、"俺が予想していたような"魔術的攻撃も受けていなかった。何より、レンが無事に助けてくれたことが最終的な結果だ。だから、"レンには"感謝してる」
「…ルーク、君は」
「あんたはツバサと違ってそこまで馬鹿じゃないだろ。レンは確かにチームオセロの一員で、優れた闇術士だ。ただそれだけ」
そこでルークは少し微笑んだ。この人は、ずっと前から全て知っているのだ。でも、"知っている"ということを表面上では認めていない。認めてしまえば、何か行動を起こさないといけない人だから。そうだとしたら、どうして?どうしてそこまでチームオセロに執着する?その答えは割と直ぐに分かった。
「チームオセロって言えばさ、もうアルルと勝手に家出するとかやめた方がいいと思うぞ」
「な、なんで急にその話を……」
「2人が居なかった時、ツバサまじで寂しがってたんだぞ。カフェテリアに俺とリッチェルまで呼び出されて、俺にチームに入ってくれとか言ってきて」
「ツバサめんどくさいからな、俺が言える立場じゃないけど」
「おっしゃる通りめんどい。だけどあいつ、俺の弟に何か似てるんだよね。こう、振り回してくる感じとか」
「弟って言うけどルーク何歳なの?」
「俺は21」
「そうだったんだ。俺よりも2つ上だ」
「ちょうど弟とツバサは同じ歳で。生きてたらあんな感じだったのかなって」
「そっか……」
ルークが2本目のハコに火をつけた時、吸憩所の透明な扉がノックされた。ふと出口の方を向くと、ベティが手を振っていた。レンが自分を指さすと、ベティは大袈裟に頷いた。
「ルーク、じゃあ、また」
黙ってルークは片手を上げた。レンはベティと話しながら歩いていった。ハコを吸わないとやっていられない。つくづくルークはそう思った。
違いに暇人だったベティとレンは依頼書が貼り出されているボードの場所に向かいながら話していた。
「レンがルークと一緒に居るなんて、珍しいわね」
「たまたま遭遇しただけだけどね。……そろそろ仕事もしないとな」
「それね……でもツバサが帰ってきてから決めるのが良いかしらね」
「ツバサどっか行ってるのか?」
「うん。何かお父さんの事で何たらって。アスカと一緒にイイナ村まで」
「イイナ村?!なかなか遠出だな……」
「今日はアルルと一緒じゃなかったの?」
「ああ。何か留守みたいで。宿舎は訪ねたんだけど」
「そう……そういえば歴史書は読んだの?昨日は行けなくてごめんね」
「歴史書はやっぱり古代魔法語で書かれていてね、紐で縛られた禁書みたいなやつでさ。アルルが何かその封印解くわ古代魔法語は読めるわで……今はアルルが持ってるけど。まあ大まかな内容はアルルが話してくれた通りだった。ナターシャの絵も見させてもらった」
「私もその本見てみたい。レン、合鍵とか持ってないの?」
「さっきもそれルークに聞かれた。持ってないよー」
ベティは残念そうな顔をした。その後も、2人はアルルあてにチリフの呼び出しをしてみたが応答は無かった。何か急用があるのかもしれない、という結論になり2人は訓練所を後にした。
※ここから 父の手紙
ツバサとアスカがイイナ村に着いたのはちょうど正午だった。空腹に耐えながら手紙に書いてある住所を参考に村の人々に聞いては歩き、聞いては歩きを繰り返した。イイナ村の建物はどれも形が似たものばかりで、道もくねくねと入り組んでいた。
ようやくたどり着いた目的地は本当に小屋のような小さな家だった。もうずっと放置されているのか、草のツルが壁に巻きついていた。ドアの鍵は壊されたようで、かかっていなかった。
「開けるぞ」
「うん」
音を立ててドアは開いた。部屋の中は散らかっていた。というよりも荒らされていた。町の住人が金目のものを盗みに来たのだろう。机の上も壁も床も紙と本だらけだった。
「ここが……お父さんが使っていた家?」
「あっ」
ツバサは机の上に置いてある五通の手紙を見つけた。今手にしている便箋と同じ筆跡で、名前が書いてある。家族の名前が一つずつ。
"ツバサへ"
ツバサはその手紙を手にしたが、開けて読むのは何故か怖かった。アスカはすぐに封を切り、隅の方へ座ってその便箋を開いた。試しにツバサは机の引き出しを開けてみた。レンが前に食べていた携帯食料が数個転がって奥から出てきた。もう片方の引き出しを開ける。
「何だ?」
分厚い本。いや、アルバムだった。これは自分の家族のアルバム?そんなものがあったんだ。アルバムを開いた。その手は震えていた。
幼い頃の兄や姉。それから若い母。兄も姉も母の連れ子だったが、2人ともツバサやアスカによくしてくれた。そして父カーティスも写真の中で笑っていた。パラパラとめくっていくうちに、幼い自分が現れた。兄達と楽しそうに笑っている自分。母に抱きついている自分。父に頭を撫でられて恥ずかしそうに照れている自分。そしてアスカが写真に現れた。
皆、幸せだったんだ。そうだ、俺達は幸せだった。ずっとずっと、幸せだったんだ。
次のページを開いた時、ツバサははっとした。アルバムに収められていない写真がそのまま散らばって挟まっていた。手で隠しているのか写真半分が黒くなって写っている自分の写真もあった。ツバサはその写真を裏返して、いつのものかを見た。
「五年前……」
それから後の写真は無い。何故?何故?どうしてあの日、一瞬にしてすべてが壊れたんだ。どうして父さんは俺のことをぶって、二度と帰ってこなかったんだ?
アスカの鼻をすする音がした。全部この手紙に書いてあるのだ。ツバサは封を切った。
"まずはお前に謝ろう、ツバサ。ごめんな"
「何なんだこの始まり方は……」
今度は声に出さずにその手紙を読んだ。
"お前は私の初めての子どもだった。だから色々なことを思っていて、文章でまとめるのはとても難しい。この手紙を読む日まで、お前は私にも分からないくらいの辛い思いをしてきただろう。
お前が小さい頃、私達の一族、サングスターについて少し話したことがあると思う。私達には悪魔の血が流れているということ、それからフェアリーという一族の人間以外を愛しにくいというおかしな呪いがかかっていること。私も結ばれる相手が勝手に決められていた。でも、私は母さんと駆け落ちをして結婚した。相手の女性は急遽別の男と結ばれることになった。
私はある意味最低な男なのかもしれない。だから、せめても最低な父親にだけはなりたくなかったんだ。私はどんな父親だったかな?良い父親だっただろうか?もしそう思ってくれたら私は嬉しい。さっきも書いた通り、私は最低な男なんだ。だからいずれ、私はグループの奴らに捕まえられ、今のこの幸せを奪われてしまうと思う。なかなか家に帰れなかったのはお前達を危険な目に遭わせたくなかったからだ。サングスターの頭となる悪魔王アルトゥールは、魂で肉体を乗っ取ることが出来る悪魔だ。もしかしたら私はお前達の元へ帰ることがあるかもしれない。でも、それは本当は私の体を乗っ取ったアルトゥールという可能性もある。
だから、お前達にアルトゥールと私の見分け方を三つ教えよう。一つ目、私は殺し屋グループには所属していない。二つ目、お前達のことを殴らない。三つ目、お前達に対して暴言を吐いたり罵声を浴びたりしない。
恐怖の記憶というものは印象づきやすく、その数分の出来事が何年も積み上げてきた幸せな思い出を簡単に忘れさせてしまうものだ。一度皆で作った思い出、それは絶対に消えないものだ。ただ、思い出すのが難しいだけで。
悲しいこと、辛いことばかりじゃない。幸せだと感じることは今までだって、これからだって、たくさんある。まだまだいくらでも作っていける。だから、ツバサは生きたいように生きて欲しい。お前は誰よりも強い私のたった1人の息子だ。ずっとお前のことを愛している、ツバサ。大きくなって成長したお前を、もう一度この目で見たかったよ。カーティス"
ポロッと便箋に涙が零れ、文字が滲んだ。ツバサは片手で両目を覆った。ボロボロと止まらない涙が零れていく。
「父さん」
俺も、もう一度会いたい。"父さん"に会いたい。"父さん"は"父さん"だった。俺はあの家に生まれて幸せだった。皆でご飯を食べている時が楽しかった。そうだった。思い出せなかっただけなんだ。本当のこと、忘れてしまっていたんだ。
「……お兄ちゃん」
いつの間にか泣き顔のアスカが隣にいた。ツバサはアスカを抱き寄せて、また涙を流した。
「父さん、ありがとう」
とても大切なこと、教えてくれてありがとう。6年も経ってしまったけれど、ちゃんと届いたよ。
その日、2人は部屋の中を片付けて夜を迎えた。




