9-3 あの子を守るためなら - 正しい向きへ
カーターはルークと再会し、ツバサにじゃがいもを投げつけた数時間前、別の人物とも再会を果たしていた。1人でハネハネを飛ばし、"殺し屋グループ"の要塞へと向かった。ツバサ達の襲撃のせいでかなり建物は崩れていたが、本部はしっかり生きていた。屋上にある庭へ降り立つと、隅のベンチに座っていた人が駆け寄った。
「カーター!!」
「まあそう大きい声を出さないでよ、ウル。中に薬品庫がある。ちょっとそこで試して欲しい錬金術があって」
「分かった」
ラファウルはにこにこしながら、カーターについて要塞の中へ入っていった。2人が入ったのは、様々な薬品が収納されている広い部屋だった。びっしりと棚があり、ビンが敷き詰められている。全て魔術によって位置が固定され、よっぽどの事がない限り倒れることはなさそうだった。
部屋の中央にはテーブルがあり、カーターはテーブルに向かって座った。ラファウルも向かい合って座った。本題だ、とカーターはローブから写真を取りだしすべらせる。
「俺の愛しのこの子についてなんだけどね」
「あ、ああ……この子は」
カーターがずっと恋焦がれている赤毛のフェアリーの少女だ。以前にも写真を見せてもらったことはある。しかしどこかでこの子に会った、とラファウルは思った。その様子をカーターは見逃さなかった。
「ウル、この子と会ったことがあるの?写真を見せたことはあるよね」
「うん、最近どこかで……あ。異界だよ」
「え?異界に来たの?そんなわけ……」
「確か、若いカップルで来てて、みんなで話をしたんだ」
「カップルの男ってもしかして、レン・グレイか?」
「いや、名前までは……僕は女の子の方に会ったんだ。確か、こんな感じだった。フェアリーという雰囲気があったから存在自体はよく覚えてる」
「この子はアルル」
「そう……アルルだ。思いだしたよ」
顎に手をやり、カーターは何か考え込んでいた。異界にフェアリーが来るとまずいのだろうか。ラファウルにはよく分からなかった。
「おそらくレン・グレイとアルルが行ったんだろうね……一体何のために」
「タンポポさんの小屋に長いこと滞在していてね。かなり気に入られているようだった。……というか男の方がグレイって、そんなことがあるのかい?」
「それはそれは……ああ、グレイの可能性がある。おかしいよねー。ま、ウルは今後も異界での任務を続けてくれ。で、今回頼みたいことは、アルルをちゃんと"フェアリー"の魔術士に戻してもらいたいんだ」
「と、言うと?」
カーターの依頼は言葉の通りだった。アルルをフェアリーの魔術士に"正しく"戻してほしい。レン・グレイという魔術士がアルルを連れ回しているせいで、アルルの身に危険が及ぶ可能性があると。またカーターは言った。アルルも含め、他の身近にいる魔術士もレンに騙されている。カーターは実際にレンと対面した時、邪悪な魔術をしっかり感じ取っていた。これに気付いていないアルルやその仲間はどうかしている、と。
「グレイ一族もそうなんだが、俺たちサングスターも悪魔の血が入っているせいで、理性を失うというか気が立つ時というのがあるでしょう?その性質を使って、アルルを正しく戻して欲しいんだ。ウルはフェアリーの天使だから、ウルの血で何かできるんじゃないかと思って」
純血の悪魔や天使というのは、基本的に忠誠心が非常に強い。そのためふとしたタイミングや、何かのショックがきっかけで、その過剰な忠誠心が理性を無くして魔術士の行動に現れることがある。特にサングスターよりもグレイの一族は忠誠心が強く、"理性を無くして"戦うことが多いとされていた。
「つまりは、フェアリーの純血をアルルに与えることで、アルルが"グレイを消そう"と行動し、サングスターの味方になるのでは、ということだね」
「まあ簡単に言えばそんな感じだね。実はアルルが居るチームには、ツバサっていうサングスターの子もいる。その子はレン・グレイを殺すと言っていたけど、俺はもうアルルのことが心配で心配で気が気じゃないんだ」
「その気持ちは僕も分かるよ、カーター。好きな人が元気に生きていることは大事だからね」
「結論から聞きたいんだけど、まずこの方法は可能?」
「……可能だよ。ただし、懸念点がある。僕の血をアルルに注入した場合、要は今までの記憶の書き換えが起こる。彼女から見た、世界の見え方っていうのが変わるんだ。でも、そのグレイと一緒に行動した記憶があまりにも膨大だと、アルルへのダメージも比例する。そこは睡眠薬と鎮痛効果のあるもので何とかなるかもだけど……」
「まあ確かに、アルルが苦しむのは俺もあまり見たくないな」
「問題は、目覚めたあとだね。正直、これはアルルをフェアリーの魔術士に正しく戻すきっかけ、引き金でしかない。その後はカーターのサポートが重要になってくる」
「できることは何でもやる。あの子を守るためなら」
カーターの目つきは真剣だった。ラファウルは、彼のために自身の血を少し抜き、薬を調合した。これでアルルが目を覚ませば、カーターは幸せになる。同じフェアリーの魔術士―アルルも幸せになる。その仲間も幸せになる。そしたら、もうカーターに会えなくなってしまうんだろうか。いいや、カーターが幸せならば僕も幸せになれるじゃないか。
薬は完成した。その薬を注射器に入れて、カーターはローブのポケットにしまった。足早に薬品庫を後にして、先輩とお茶の約束をしていてね、と思い出したように口にする。少し寂しい気持ちがあったが、ラファウルも早足で後について行き見送ることにした。
「ウル、ありがとう。アルルが目覚めたら、悪魔城へ連れていこうと思ってるんだ。そん時はまた連絡する。きっと上手くいくから、先に悪魔城に行って待機していてよ」
「ああ、分かった。君なら絶対上手くいくよ。吉報を待ってるね」
笑顔で手を大きく振りながら、ハネハネに乗ってレクタングルの方へ帰っていく。彼が見えなくなるまで、ラファウルは手を振り続けた。愛する人のためにここまで一生懸命になれる彼が愛おしい。つくづくラファウルはそう思った。
※ここから 正しい向きへ
「うーん、やっぱよく読めないなぁ……ここの部分だけ」
アルルはナターシャの絵があるメモ書きを睨みつけながら唸った。ベッドに寝転がりながら足をバタバタさせる。
「確かにレンの言った通りこの天使を復活させてどうするのって感じよね……でもアルトゥール王は寂しくて仕方がないんだろうし……今でも会いたいんだろうなぁ、ナターシャに。私がレンのことを探していた時と似てる……あ、でもアルトゥールは自分の近くにナターシャの石があるもんね」
自分の一族は本当にはた迷惑な一族だ。ふとリアから聞かされた話を思い出す。アルルは本当はツバサと結ばれるはずだった。実際にアルルはレンと出会うまでは別世界に帰省してツバサと一緒に過ごすことが唯一の幸せで、自分を笑わせてくれるツバサに対して特別な感情を抱いていたことがあった。それも一族の"呪い"だと言うのか?素直な恋心ではないのか?
ツバサとレンはこれからだってきっと色々なところで対立をしてしまうかもしれない。それの元凶は自分にあるのもまた事実だ。
アルルは仰向けになって呟いた。
「レンがいけないのよ。レンが良い男過ぎるから私……」
アルルは自分で言って何だか恥ずかしくなった。その時ドアが叩かれ、無駄にアルルはびくっとした。どうせツバサだろうと思いながらアルルはベッドから起き上がり、本もそのまま放り出したままドアへ向かった。
ドアを開けると、知らない顔でアルルは一瞬目を見開いた。優しそうに微笑んでいる青年だった。アルルは作り笑いをしながら来客に尋ねた。一応警戒をしつつ相手の様子を探るが、魔術は発動していなかった。
「ええっと……どなた?それからどんなご用で?」
「アルルちゃんも俺のこと覚えていないのか……存在感無くなったのかなぁ、俺。俺はカーター、ほら要塞でツバサと……」
「……そうだった、かな?要塞……?私に何か……」
「君、本物のアルルだよね?」
「え、ええ……」
アルルは自然と後ずさりをして、ドアを閉めようと手を伸ばした。咄嗟にその手をガシッとカーターに掴まれ、アルルは悲鳴を上げた。
「そんなに怖がらないでよ。何も怖いことしないからさ、俺」
カーターの背中で部屋のドアが閉まる。アルルは掴まれた腕を振り払おうとしたが、びくともしなかった。片方の手でカーターはアルルの髪を撫でる。
「綺麗な赤毛。俺はアルルのことを助けに来たんだよ」
アルルはカーターのことを睨みつけた。しかしカーターの表情は変わらず微笑んだままだ。そして魔術も発動していない。今なら魔術を発動させてしまえばいくらでもこの男を追い返すことが出来る。でもアルルにはどうすることもできなかった。恐怖で体が動かない。助けを呼ぶことすらできない。
「だからね、もう安心して。全部全部、正しい向きへ戻せるよ」
「正しい向きって……何を言って」
抵抗することもできないままアルルは体を引き寄せられた。気づくと顔にはカーターの肩があって、洗剤のいい香りがした。カーターはアルルの頭に手をやり静かに言った。
「大丈夫、ちょっと眠くなるだけだから……」
アルルはカーターの腕の中で眠りに落ちた。カーターはその体をぎゅっと抱きしめた。
「俺が守ってあげるよ、アルル」
母はサークル帝国の女帝だった。幼い頃から、城での生活しか知らなかった。窮屈だなんて思っていたけれど、かなり恵まれた環境だったと今では思う。母は多くのことを語らなかった。ただ、フェアリー家の血筋は貴重であると、かなり少なくなっていると言っていた。
ある日突然、聞かされる。サングスターと恋に落ちる呪いがある、と。グレイは私たちの敵であり、命を狙っている、と。
ずっと一緒にいてくれた存在。ツバサ・サングスター。彼のことなら何でも知っている。私のことを守ってくれるの。と聞いた。彼はボロボロの状態で言った。
"……本当に決まってるだろ"
私には彼がいれば十分だったのかもしれない。でも、彼はいつからか、あの子とよく笑うようになった。ベティ・アケロイド。実はずっと芯が強い少女。私によく抱きついてきて、誰よりもチームが好きな少女。
1人じゃないのに、何か寂しい。何でだろう。誰かが私を覗き込む。私よりも背が高い、貴方は誰だっけ。
"……ルル?"
優しそうな顔をして、私を見る貴方。レン・"グレイ"。
――グレイ?
何故?何故?何故?何故貴方はここにいる?
彼はツバサを抱きしめた。その手は血で濡れている。
駄目、駄目、騙されては。ツバサは彼の背中を掴む。
いけない、いけないわ。
彼はベティと話しながら歩く。ベティは彼に勉強を教える。駄目、駄目。それ以上関わったら。
まだ私を見ている貴方。貴方は私に手を差し出す。
"君が死ねばいい"
どうして、私が?死ぬべきなのは、私じゃない。
死ぬべきなのは、――・グレイ、貴方でしょう。
"君がいなくなれば、皆幸せになれるのに"
死ねない。私はまだ死ねない。
グレイなんかに負けたりしない。貴方みたいな暗殺者に、私は負けたりなんかしない。
私は仲間のために必ず勝ってみせる。私は差し出された手を振り払った。貴方は無表情で私を見つめたまま消えていく。
今度は、茶髪の知らない少年が居る。楽しそうに駆け回っている。
"―ル!見て見て!"
この子のことを知らないはずなのに、何故かこの子が愛おしい。魔術を見せてくるその子。蛇がその子の周りにくるくると絡みつく。くすぐったそうにその子は笑う。
"これが僕の魔術の相棒!これならさ!"敵"を殺すのなんて簡単だよね!"
注射されてから約5分後、アルルは目を覚ました。気付くと自分のベッドの中にいた。ぼーっとする頭で辺りを見回すが、いつも通りの自分の部屋だった。ソファにはカーターが座っていた。ああ、さっき見た少年はカーターだったのだ。
「カーター」
「おはよ、アルル。随分難しそうな本を読んでたみたいだけど、これアルルは読めるの?」
いつの間にかテーブルに移動している本をカーターは指さしていた。アルルはうなずくと、カーターの隣に座ってその本を手に取った。そしてメモ書きを見て思い出す。
「読めるよ。でもこのメモ書きが途中から読みづらくなってて……ナターシャの石、カーターは知ってる?」
「もちろん。だってアルトゥール様が大事にしているものだからね」
「そうだったね……この読みづらいところ、ちょうどナターシャの封印を解く方法が書いてあるところなの!もう私悔しくて」
「それにしてもアルルが古代魔法語読めるなんてね。俺には絵文字にしか見えないよ」
「でも頑張ってみるね」
「うん……あのさ、アルルの知り合いにさ、レンって魔術士居るでしょ?」
「うん」
アルルはメモ書きを睨みつけながらうなずいた。カーターはアルルの方を見たまま言った。
「あいつの弱点、君の魔術なんだよ。気づいてた?」
「……知らなかった」
「いつ殺すの?あいつのこと」
「……」
いつ殺す?アルルは眉をひそめてカーターの方を向いた。今まで考えたことが無かったことだ。いいや、私は消すタイミングをずっと見計らっていたのではないか。その様子を見てカーターは笑った。アルルは抱えていた不安を吐露した。
「あの人、私よりも強いかもしれない。そしたら私は負けちゃうでしょ。だから少し怖いの。情けないよね」
「そんなことないって。俺が手伝ってあげるよ!一緒に戦おうよ!名案じゃない?これ!!」
「で、でも……私……何か」
アルルがチラチラと視線を泳がせた。迷いがある。戸惑っている。カーターはすぐにそう気づいた。どう考えてもアルルはレンと過ごしてきた時間が長すぎる。カーターは少し慎重になりながらアルルの答えを待った。
「でも……」
「うん」
「もしも、カーターが死んじゃったら……私、怖い」
「……俺そんな簡単に死なないよ!生命力凄いからさ。でも、心配してくれてありがとね」
「私のこと、もう1人にしないでね。ずっと寂しかったんだよ」
「もちろん。もう大丈夫さ」
カーターの手がアルルの右頬に触れる。アルルは微笑み、静かに目を閉じた。
カーターはアルルの唇に優しくキスをした。




