7-8 魔術士の涙
今回の話で7章は終わりです。
レンは尋ねた時、ツバサが泣いていることに気づいた。ツバサは左手でレンが近づくのを止め、顔を逸らした。
「もう本当に、危ないとこだった。まじで、死ぬとこだった。昔は、死んでもいいって、何回も思ってた。こんなに死ぬのが怖いって思ったの、初めてなんだ」
2人ともどうしたの、と遠くからアルルが呼んでいた。レンは先に行っててくれ、と伝えた。
「……俺も凄くそう思うようになった。皆に出会って、チームに入ってからな」
「もっと泣かせるようなこと言うな」
「そんな気で言ったんじゃないよ?」
まだ顔を腕で隠したままのツバサの背中をレンは力強く叩いた。
「しっかりしろよ。ガキみたいだぞ?」
「うるさい」
ツバサの片目だけが見えた。黒い瞳が潤んで涙が溜まっていた。レンはツバサを置いてアルル達の向かった方に少し歩いた。ふと後ろを振り向くとツバサがびしょ濡れのハーフパンツのポケットに両手を入れて歩いてくるのが見えた。レンはそれを見て少し笑った。
「人の顔見てニヤニヤしてんじゃねーよ!」
「蹴るなよ砂つくだろうが!」
隣に駆け寄ってきたツバサはレンのことを軽く足で蹴った。こんな日がいつまでも続くんだろうか。いや、続くと良い。言葉には出さずに心の中でレンは呟いた。
4人を乗せたハネハネがサークル帝国の城の前に着陸した時、ハネハネから降りたのはアルルだけだった。アルル以外の3人はアルルに労いの言葉をかけた。そして、帰ろう、とツバサがレンとベティに言い出した時アルルは叫んだ。
「あのね!」
「ん、どうした?」
「……私、仕事なんかしてないの。お城で緊急業務なんて、本当は嘘なの……」
アルルが小さな声でそう告白すると、3人は顔を見合わせた。するとツバサがレンの方を見ながら言った。
「おいレン、何かやましいことしたのか」
「何で俺」
「レンのせいじゃないよ!……皆は何も悪くないから。というよりもむしろ……いや、何でもない。私ね、皆に話さないといけないことがあるの。明日のお昼、お城に来てもらえない?」
ツバサとレンはすぐに承知したが、ベティが少し困ったような顔をした。
「そ、その話って明日じゃないと駄目かな?というか私もいた方が良い?」
アルルはしばらく間を置いた後に、ベティにも聞いてほしい、と答えた。
「別に明日じゃなくても大丈夫。だけどなるべく早くに話したいの」
「……明後日とかは駄目?」
「私は大丈夫よ。2人は?」
するとまたツバサとレンはさっき同様黙ってうなずいた。約束をした後、アルルはまっすぐ城内へ入っていった。ツバサ達はハネハネを飛ばした。ツバサが運転する1台のハネハネに後の2人も乗った。
「ベティ、明日何かあるのか?」
「うん。ちょっと外せない用事がね」
「そっか……てか、アルルの話って何だろうな?あのいつになく深刻そうな顔。……あ、リアおばさんに政略結婚させられるとか?」
「ええ……政略結婚?リッチェルじゃなくてアルルが皇女になるとか?」
「でもリッチェルは皇女を外されるようなことしてないし、アルルも皇女になる程のことしてないぜ」
「た、確かに……」
最初にレンの家の前にハネハネは着陸した。レンが、ハネハネから降りた時、ベティが駆け寄って軽くハグをした。
「本当に今日はありがとう。また明後日ね」
レンは少し気恥ずかしそうな顔をして、手を振った。ベティがハネハネに戻ると、ツバサは何も言わずエンジンをかけた。
「何よ、何でそんな機嫌悪そうな顔してるの?」
「別に~ベティっていい子ちゃんだなって思っただけだよ」
「何だか嫌味っぽい言い方だなあ」
「ベティ、あの、氷迷宮で言った、あれは遺言だから、俺が死ぬ時にもう1回聞いてくれて―」
するとベティはおかしそうに声を上げて笑った。
「遺言ってどんだけ待つつもりなのよ」
「遺言だから、死ぬまでかも」
ベティのレストランの近くにハネハネを止める。恥ずかしくてベティの方を見ることができない。するとベティは急にツバサのローブのフードを被せた。その肩に手を置いて引き寄せると、ツバサの唇に自分の唇を重ねた。唇を離すと、ベティは震えるような小声で言った。
「私も好き」
「……え、え……ええ」
「じゃあね!!」
ベティは走って帰っていく。ツバサは自分の顔が熱いことに気付く。
「お、俺いまベティとチューした??とにかく、一旦家に帰らなきゃ」
ツバサはベティと別れた後、まっすぐ宿舎に帰った。そして部屋のドアを開けるとぎょっとした。
「だから何でいつも勝手に入ってるんだよ!!しかもこのタイミングで!」
「……お兄……うう……お兄ちゃ……」
「……へ?」
「お兄ちゃーーーん!!!」
「おいおいおい待て待て!!」
アスカが飛びついてきて、ツバサは床に背中をぶつけた。ツバサを下敷きにしたまま、アスカはおいおいと泣き始めた。
「ごめんなさい!!ごめんなさい!!私、お父さんに会えると思ったら気が気でなくなっちゃって」
ツバサは一度アスカを落ち着かせ、(自分のことも落ち着かせ)椅子に座らせるとその肩に手を置いて聞いた。
「あいつに何された?どこまで覚えてる?」
「あんまり覚えてな……」
途端にアスカは耳を塞ぎ、顔つきが変わった。
「……真っ暗な部屋に入れられて、魔術は使えなくなった。体の中を貫くような感覚がして、知らない魔術が体の中に入り込んできて、それで、私、お父さんに言われたの」
「……何て言われたんだ?」
「……レン・グレイを殺すのがお前の役目だ、って。ねえ、あの人ってやっぱり敵なの?何で殺さなきゃいけないの?……でも殺しちゃ駄目だよね」
「いや落ち着けって。レンは敵じゃない、味方だ」
アスカは安心したような顔をした。でも、とツバサは付け加えるように低い声で言った。
「ある意味あいつは俺達の敵なのかもしれない……だけど、アスカ、信じてくれないか、レンのこと」
「……え、う、うん……?」
「何でレンがサングスターに狙われているのかはわかんないけど……。レンがチームに入る前、レンのことを追っていたのは俺達の、サングスターの奴らだったのかもしれない」
「でもそれってやっぱり、レンは敵なのかもよ。母さんと姉さん達を殺したのは、レンの仲間なんだよ、きっと」
母親のことを出されてツバサは唇を噛んだ。しばらくしてからツバサは口を開いた。
「ああ、レンの仲間なのかもしれないな。それでも、俺はレンの味方で居たい」
「……じゃあ私もお兄ちゃんのこと、信じるから」
アスカは真剣な顔で兄のことをじっと見つめた。明後日からアルルから伝えられる話がこれらのことに大きく関係するなど、ツバサは予想もしていなかった。
ましてや、アルルが関わっているなどとは。
次回は明日22時過ぎに投稿予定です。




