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第8話 おらが村ファランクス

 薄暗い部屋のなかで、男は美女たちを侍らせ、酒を飲んでいた。女たちは露出の高い服装で、男のために酒を酌み、楽器を奏で、尻を振りながら踊る。男は目尻が垂れ下がり、自身の体型と似た、締まりのない表情を浮かべている。すると突然、息を切らした若い男が、現れてその男のそばに寄る。


 「お楽しみのところ、申し訳ありませんが、ご報告がございます!カイル様率いるキャラバンが、北東のエルフの村にて消息を絶ち、今回、奴隷の仕入れができませんでした!」


 男は唖然としたのち、みるみる怒り表情を浮かべ、手に持っていた杯を、報告をした男に投げつける。女たちが悲鳴をあげ、場の奮起を作り出していた音楽が止む。


 「性奴隷(エルフ)の癖して、儂らニールズ商会に、刃向かうとは、舐められたものだな。おい!うちの用心棒をその村に派遣せよ。男どもを皆殺したら、女どもは犯してすぐに売り飛ばせ。我々にたてついたことを、地獄で後悔させてやる!」 


「仰せの通りに、ニールズ様。」


 ニールズは不敵な笑みを浮かべ、男を見送ると、また先ほどのだらしない顔で、横の女の胸に顔を埋めた。



 訓練を始めて数週間。アレクシオスは確かな手応えを感じていた。エルフの男たちは以前よりもたくましくなった。(ホプリス)(ドリュ)の扱いはまだまだだが、強い結束力を持っている。すぐにでも強靭な自衛団ができるだろう。戦闘訓練をしている自衛団のエルフたちに向かって、アレクシオスは声をかける。

 

 「よし!今日の訓練はこれまで!皆の者ご苦労であった!」


 お礼を言って、解散する面々。最近では訓練終了後、自主的に稽古をつけて欲しいと申し出る者も少なくない。今日も複数名の若いエルフたちが、アレクシオスのもとにやってきた。


「アレクシオスさん、今日もよろしくおねがいします。」


「よし、今日は複数人相手との戦い方を教えよう、まとめてかかってきなさい。楯と木剣を持ったらすぐに始めよう。」


 4人のエルフたちは木剣でアレクシオスに斬りかかる。その斬撃を楯で受け止めると、楯を振り上げ4人を弾き飛ばし、一人に強烈な蹴りを入れる。そのままの勢いで、もう二人を立て続けに木剣で打つと、最後の一人は楯の側面で打った。そして蹴られた男が一度立ち向かってくるも、すぐさま木剣でその身を打たれ、地面に倒れた。


「もうおしまいか?さあ、剣を取れ!楯を構えろ!相手は待ってはくれない!武器だけに頼るな。全身を武器にしてかかってこい!」


「はい!おねがいします!」

 

 広場には男たちの声と、木剣がぶつかる音が響き渡っていた。男たちは息を切らし、フラフラの状態でやっと立っている状態にもかかわらず、アレクシオスは息ひとつ弾ませていない。4人が降参すると、稽古は終わりになった。疲れて地面に寝転がる4人にアレクシオスは語りかける。


 「動きは良くなっている。だが、まだ武器に頼りすぎている部分がある。もっと体のすべてを使うのだ。槍や楯、剣に拳。蹴り、そして投げ。己が持つものすべてを武器として使うことだ。」


 「はい!ありがとうございます!また明日もよろしくおねがいします!」

 

 4人はフラフラと立ち上がり、広場を後にした。そんな若者たちの背中を見て、ふと、自分の若い頃を思い出す。同年代や年長者たちとの共同生活の中で、私は兵士として育てられた。その暮らしと、背中に幾度となく打たれた鞭が、今の私を作っていると言っても過言ではない。あの若者たちは、かつての私なのだ。


 一人、黄昏ていると、突如、村の半鐘が鳴り響く。しばらくして、伝達役が大声を張り上げる。


「馬車だ!ニールズ商会の馬車がこちらへ向かっている!自警団は武装して、広場に集合せよ!」


 村の若い衆は、日頃の訓練通り、鎧兜をまとい、槍と大きな楯を持って、広場にわらわらと集合し始めた。アレクシオスも急いで家に戻り支度をした。自衛団の面々が全員集まると、村長のマルクが挨拶をする。


 「諸君!今、我々は再びあの憎き盗賊団の脅威にさらされようとしている!まためそめそと泣いて、姉を、妹を、母親をあの畜生どもに差し出すのか。もう泣くのは嫌だ。我々は力を持ってして、己を護り、隣人を護り、村を護るのだ!いざ進め!『楯』たちよ!」


 鬨の声を上げ、アレクシオス率いる自衛団たちは村の入り口へと行進していった。その勇ましい姿に子供達は手を振り、娘たちは花びらを撒いて勇者たちを讃え、無事を祈った。


 3つの関所を超えて、一行は村の入り口に布陣した。アレクシオスは、エルフたちを4列横隊に整列させる。そして号令とともに楯を体の前に構え、槍を真上に立てて待機する。しばらくすると

目の前に馬車が止まる。中から大柄なナイフを持った小男が出てくる。


 「おや、おやぁ?随分手荒な歓迎ですねぇ?鎧なんて着ちゃってさ。田吾作が兵士の真似事か?笑えるねぇ。ところで、カイルという男を知らないか?ほら、鉄砲を持った伊達男さ。お前らの村に行ったところで消えちまった。」


 アレクシオスは大声で嗤う。相手を見下すように、嘲るように。


 「ああ、あの伊達男か。知っているとも。今そこに、骸が晒してあるだろ?あれが奴さ。死に様をお前にも見せてやりたかった。小便を漏らし、涙と鼻水にまみれた顔で命乞いをする、無様な姿を!」


 小男のこめかみに青筋がくっきりと浮かび、怒りで震えている。奴はこちらの挑発に完全に乗せられている。思惑通りだ。小男は怒りをあらわにし、怒鳴る。


 「よくもカイルをッ!!お前たちは怒らせた…。この俺、『メッタ斬りのドリー』を。ニールズ商会を怒らせた!!野郎ども、出番だ!相手はだいたい100人と多いが、ただの田吾作だ、雑魚だ!こいつら全員皆殺しだ!そして、エルフの娘どもを掻っさらい、売り払ってしまえ!」


 ドリーの一声で、馬車の中から50人くらいの男たちが現れて、こちらに突っ込んでくる。刀身に反りがある大きな剣で武装をしているが、エルフたちは不思議と恐怖を感じなかった。アレクシオス殿がいる限り、隣が持っている楯がある限り、俺たちは負けない。


 槍の射程に入ったその時、アレクシオスは合図を出す。槍の壁が現れ、次々と盗賊たちを突き殺していく。たとえ、一列目が突き漏らしとしても、斬撃は一列目の楯や兜に弾かれ、2列目の槍がそれを捉える。ドリーの手下たちは怯み、後退する。


「な、なにをやっている!莫迦どもが!横からだ、横から攻めろ!あの、のろまどもの脇腹を、突き刺してやれ!」


 手下たちは、アレクシオスたちの横に回って攻撃を再開する。だが横に回ったところで、その判断が間違いだったことに気づく。楯を持った者の後ろに、剣を抜いた者たちが隠れていたのだ。前列の兵士たちより、一回り小さい楯を持った彼らは、素早い動きで盗賊たちを囲み、次々と倒していった。手下たちは全滅し、その場に残ったのは、ドリーただ一人だった。


 「あ、ああ、なんてことだ。俺の手下たちが…エルフごときにやられるなんて。お、おい、お前らの大将はどこのどいつだ!1対1で勝負しねぇか?そいつさえ、ぶっ殺しちまえば、俺の勝ちだ!へへ、どうだい?腰抜けども、悪くねぇ提案だろ?」


 アレクシオスは戦列を抜けると、ドリーの前に立ちはだかる。深紅のマントが風に揺れる。


 「いいだろう受けて立つ。私はアレクシオス。この村の用心棒だ。ドリーよ、我が首はここにある。来りて、取れ(モーロン・ラベ)!」


 「へへ、そうこなくっちゃなあ、旦那ぁ。」

 

 ドリーは舌なめずりをすると、ナイフを構える。アレクシオスも槍を地面に刺し、剣を抜いた。

しばしの沈黙の後、先に動いたのはドリーだった。ナイフを振り回し、斬りつけようとするが、ひらりひらりとかわされる。当たらないことに少し焦りを見せた時、アレクシオスの剣の柄が、ドリーの顔面にめり込んだ。鼻血を吹き出しながら地面に倒れるドリー。


 「どうした、ドリー?もう降参か?情けない。」


 煽られてヤケになったドリーは、腰だめにナイフを両手で握り、アレクシオス目がけて突進する。だが、その喉を捉えた刃が、彼に届くことはなかった。悲鳴をあげ、その場に崩れるドリー。大地に彼の腕だったものが、ぼとりと落ちる。


 「あ…あああ!俺の腕が!俺の腕ぇ!な、なぁ、アレクシオスの旦那ぁ、降参だ。俺の負けだ!だから命だけは、取らないでくれぇ!この通りだ。もうあんたらの村は襲わねぇ!俺らのボスにもちゃんと言っておく。だからお願いだ!なぁ!」


 アレクシオスはドリーの元に歩み寄る。だが剣を収める気配はない。


 「わかった。お前にはメッセンジャーになってもらうとしよう。」

 

 そう言うと、ドリーの首を刎ねた。血しぶきがあがり、首を失った胴体が大地に伏す。そして、刎ねた首を掴むと馬車の方へ歩き出す。御者は震えながら命乞いをし、自分は雇われただけだと言っている。その御者にドリーの生首を渡すと、ニールズ商会に届けろと伝え、馬車を行かせた。


 馬車が見えなくなると、エルフたちとアレクシオスは勝鬨の声を上げた。我々は盗賊団に勝ったのだ。自らの力で撃退することができたのだ!怪我をしたものはいたが、かすり傷程度のもので、死者は誰一人でなかった。まさしく完全勝利であった。


 勇者たちは、転がる亡骸を片付けると、踵を返し、村を凱旋する。村を守り、勇ましく戦った戦士たちを村人は大いに讃え、その日は広場で、飲めや歌えやの大宴会が執り行われた。

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