第7話 用心棒と研究者
とある昼下がり、自衛団の訓練を終え、アリッサの家に戻ったアレクシオスは、盗賊団から奪った戦利品の中から、単筒を手に取ると、しげしげと眺めた。この鉄砲とかいう飛び道具に興味があった。どのような仕組みでこの鉛の弾を飛ばすのか、どれほどの威力があるのかを知りたかったのだ。あの盗賊ども、胸当てすらつけていなかった。となると、この鉄砲とやらは、よほど強力な武器なのであろう。しかしこの未知なる鉄の筒の扱い方さえ知らぬ。アレクシオスが頭を悩ませていると、奥から盆を持ったアリッサが入ってきた。
「アレクさん、ハーブティーがはいりましたよ。木苺のパイもどうぞ。ってなにをやっているんですか?鉄砲なんか眺めて?」
不思議そうな顔をするアリッサは、ティーポットからお茶をカップに注ぐと、焼きたてのパイと共にアレクシオスに差し出す。今まで見たこともない液体と、木苺を練り込んだパイとやらを、をおそるおそる口にする。甘い。なんだこれは!熟れたイチジクのように甘い。今まで食べたことのない味だ。表面はさくさくとして香ばしく、中から木苺の甘さがひろがる。このハーブティーと呼ばれた、香草を乾燥させて、湯で戻した汁もなかなかだ。少し渋みを感じるが、このパイとやらとの相性は抜群だ。
美味しそうに木苺のパイを頬張り、ハーブティーを啜るアレクシオスを見て、アリッサは素朴な疑問をぶつける。
「アレクさん、本当に美味しそうに食べますよね。今まで、どんなものを食べてたの?」
アレクシオスは、質素なスパルタの食事について話す。豚の血のスープ(ブラックスープ)のことを話すと,アリッサの顔がなぜかひきつる。なぜだ?美味くて栄養も豊富なのだが…。少し顔色が悪くなったアリッサを見て、アレクシオスは、話題を戻す。
「ああ、実はこの鉄砲とやらがどんな武器であるのか、もっと知りたいのだ。アリッサ、知らぬか?」
「いいえ、何もわかりません。なにせ人間族の武器ですから…そうだ!あの人なら知ってるかもしれない。隣の村に人間族の研究をしているダークエルフがいるという噂を聞いたことがあります。その人なら、鉄砲について知っているかも!」
アレクシオスはアリッサとともに、そのダークエルフに会いに行くことにした。静閑な森の中を進む。やさしい木漏れ日が差し、小鳥のさえずりと、小川のせせらぎが心地よい。しばらく歩くと、大きな湖が見えたので、一旦休憩を取ることにした。背負っていた荷物を置き、大きな岩のそばに腰を下ろす。澄んだ湖をながめながら、アリッサが持ってきたパンを頬張っていると、木陰から、アレクシオスの膝から下よりも背の低い小さな人間が一人、またひとりと現れて、物珍しそうにこちらを見ている。
「あら、小人族のみなさん!こんにちは。」
すると、彼らの中から一番の年寄りが、アリッサに近づく。
「おや、エルフの村の巫女様ではありませぬか。あと、隣の獣のようなお方はどなたかな?」
「彼はアレクシオスよ、私の村の用心棒。決して悪い人ではないわ。」
「そうであったのか、これはこれは、アレクシオス殿。儂はこの村の長老であるタンブルだ。逞しい体をしておるな。ほほ、まるで大木のようじゃ。」
すると興味津々なホビットたちは、アレクシオスの周りに集まる。するとお近づきの印なのか、木苺や、花を差し出す。それを受け取ると、ホビットたちは嬉しそうな顔をした。そしてアレクシオスを囲んで踊りだした。かなり友好的で、愉快な民族のようだ。
ホビットたちと別れ、森の中を歩くと、小一時間ほどで、ダークエルフたちの住む村へ着いた。青みのかかった白い髪に、赤い瞳。褐色の肌以外は、エルフ族とさほど変わらない。
その学者について村人に尋ねると、彼女は、少し離れた丘の上にある小さな小屋に住んでいるという。村人たちは彼女を『変わり者の女狐』と呼んでいる。二人は教えられた小屋へ行き、扉を叩く。
「は~い、どなたかしら?」
扉を開けたのは、青みがかかった長い髪を邪魔にならぬよう纏め、眼鏡をかけた年増の女だった。ぷっくりとした唇に、艶黒子が、艶かしい。
「あら、隣の村の巫女様が、屈強な人間族の男を連れて、こんなところまで何の御用かしら?ここは連れ込み宿ではないのよ?」
アリッサは、煙が出そうなほどに、顔を真っ赤にし、モジモジとしだす。それを尻目にアレクシオスは口を開く。
「私の名は、アレクシオス。隣のエルフの村で世話になっている用心棒だ。あなたが人間族の研究をしている学者なのか?」
「ええ、そうよ。私はノーシス。人間族について研究をしている者よ。あなた、人間族よね?なぜエルフの村の用心棒に?立ち話もなんですから、上がってくださいな。」
二人はノーシスの自宅兼研究所に上がり込んだ。あたりには書物が散乱し、机の上は、何やらよくわからぬ器具と、大量の書物で散らかっている。その中から、ノーシスは来客用の座卓と椅子を発掘すると、濡れた布で拭き、状況に唖然とする二人を座るように促す。
アレクシオスは椅子に腰掛け、これまでのことを話す。スパルタの兵として、テルモピュライでペルシアと戦っていたこと、気が付いたら見知らぬ森の中で倒れていて、アリッサに介抱されたことなど、なるべく簡潔に事細かく話す。一通り話すと、ノーシスが口を開く。
「状況は分かったけれど、わからないことだらけだわ。私の知る限り、スパルタという国も、ペルシア帝国という国も、知らないし、存在したこともないわ。」
アレクシオスは耳を疑った、ペルシア帝国はともかく、我がラケダイモーンも存在しないとは。では、一体ここはどこなのだ?混乱するアレクシオスに、子供に言い聞かせるような口調でノーシスは諭す。
「つまり貴方は、転移魔法か何かに巻き込まれて、こちらの世界に連れてこられた、異世界の人間族なのよ、きっと。」
アレクシオスは大声を上げて笑った。なかなか面白い冗談だ。しかし、彼女の顔は冗談を言っているようには見えない。ここは彼女の発言を信じるほかはなさそうだ。
「いや、これは失礼した、ノーシス殿。さっそくだが本題に入らせてもらう。今日ここに来たのは他でもない。これの使い方を教えて欲しいのだ。」
机の上に所持した単筒を置くと、ノーシスの目の色が変わる。学者としての血がたぎるのか、少々興奮しているようだ。
「これは、鉄砲ね!人間族たちが近頃発明した武器よ。これはどこで手に入れたの?私も実物を見るのは初めてよ!ええと、扱い方は…たしかこの本に書いてあったはずよ!こうしてはいられない、早速試してみましょう。ここじゃ危ないですから、室外へ出ましょう!」
嬉々として実験の準備を始めるノーシスは、新しい玩具を手に入れた子供のようだ。そんな彼女の勢いに押されて、外に出る二人。この女、かなりの変わり者だ。村人たちが『変わり者の女狐』と呼んでいるのも納得がいく。
しばらくすると実験の準備が整った。標的の案山子には薄い金属の板でできた鎧がかぶせてあり、設置された卓の上には鉛の弾、そして黒い砂のようなものが入った袋がおいてある。本をめくり、咳払い一つしたノーシスは、アレクシオスに指示を出す。
「さて、アレクシオスさん。私の指示通りに、操作してくださいね。まずその袋に入った火薬と弾を、その木の棒で筒の中に押し込んでください。そして、火薬をそこのくぼみに入れて縄に火をつけます。火縄のついた金具を押し上げたら、その出っ張りを指で引いてください。」
言われた通り操作を行い、引き金を引く。乾いた音と煙を上げるや否や、案山子に着せた金属の鎧には、穴が空いていた。なんと恐ろしい武器なのか、想像以上の威力だ。アリッサに至っては驚いて、腰を抜かしてしまっている。一発放つのに時間はかかるが、操作も簡単だ。少し訓練しただけで、歴戦の強者や、獰猛な獣たちを、いとも簡単に屠ることができるだろう。ちらりとノーシスの方をみると、わなわなと震えている。すると彼女は顔を上げ、アレクシオスの方を向く。
「なんて武器なの!素晴らしいわ!アレクシオスさん、この銃、私に預けてくださらない?もっともっと調べてみたいの。いいわよね?」
アレクシオスは単筒をノーシス渡す。小躍りするノーシスを横目に、腰を抜かして立てなくなってしまっているアリッサを立ち上がらせる。そして礼を言うと、ノーシス宅を後にする。もう日はすっかり暮れてしまっている。森を歩くのは危険だと判断し、村で宿を探すと、二人は休むことにした。歩き疲れてしまったのか、アリッサはすぐに寝台に倒れこむようにして、眠ってしまった。
窓から星々を眺めながら、アレクシオスは故郷スパルタにおいてきた妻、エトナのことを想う。もう私はスパルタには帰れぬかもしれぬ。どうか良き人と結ばれ、良き子を産み、私やレオニダス王の無念を晴らしてくれと、溢れんばかりの星々に願うのであった。